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405 その糸に導かれ ①

「……なんだこれは」



 いくつかの(ゲート)を通り抜け、Aランク冒険者であるミブナがたどり着いたのは、薄暗い森の中。

 そこには、あまりにも残酷な光景が広がっていた。


 地面に転がるのは、血を吐き、横たわる無数の冒険者たち。生きている者もいるが、殆どが瀕死、あるいはすでに息絶えていた。

 そして、立っている冒険者と対峙しているのもまた、冒険者であろう者たち。

 恐らく、仲間同士なのだろうか。攻撃している少女たちの顔は、涙と鮮血でぐちゃぐちゃになっていた。

 中には、生気(せいき)を失っている者までいた。


 一見すれば、何が起きているのか理解できないだろう。だが、ミブナには見えていた。少女たちにまとわりつく、不気味な糸が。そして、それらの糸を操り、木々の上から覗いている者の姿まで。



「とりあえず、まずは彼女たちからだな」



 ミブナは腰に納めた剣を抜くと、背を低くするように構える。そして、地面を蹴ると、一瞬のうちに一人の少女の元まで移動。少女の身体を縛るかのように巻き付いている糸に向かって、剣を振るった。

 だが、


(……固いな)


 手応えは確かにあった。間違いなくミブナは、全ての糸を捉え、その全てを断ち切るつもりでいた。

 だが、一本たりとも切れる様子は無く、むしろ糸は剣を滑らせ、そのままミブナは少女を追い越してしまった。

 とはいえ、数秒にも満たない速度でミブナが行った行動は、糸を伝って確かに黒幕へと届いたようで、木の上から落ちたりはしなかったものの、かなり強烈に引っ張られかけていた。

 それに加え、少女の方も強く糸を引っ張られたからか、他の冒険者たちとの距離が開いていた。


(強度だけじゃない。しなりもかなり良い。上質、なんて言葉が生ぬるく思えるような糸だな。だが……)


()()()()なら、なにも問題ないな」



 そう言うと、ミブナは踵を返し、再び少女の元へと駆ける。そして、先ほどと同じように、全ての糸を捉えた。



「〝強化(ブースト)波斬(スラッシュ)〟」



 その瞬間、強烈な斬撃が糸を襲う。さらに、その斬撃を後押しするかのように、ミブナの持つ剣が食い込んでいく。

 そして今度こそ、少女の糸が全て断ち切られたのだった。



「イルカ!大丈夫か!?」

「……ぁ、ぅぁ……」



 身体を操っていた糸が切り落とされ、緊張の糸がほどけたかのように地面へとへたり込む少女に、先ほどまで対峙していた少年たちが駆け寄っていく。

 恐らく彼らは、同じパーティーなのだろう。糸に操られ、本気で殺しに来ている少女と向き合い続け、ずっと耐え続けてきたのだろうと、ミブナは思った。

 そして同時に、どれだけ悪質なことをしているのかと、黒幕に対して負の感情を抱いた。

 見れば、その黒幕は動揺していた。自分の糸が切られるとは思ってもいなかったのだろう。その困惑した表情は、ミブナには全て見えていた。



「っと、彼女たちの解放が先だ」



 そう言うと、ミブナは黒幕から目を離し、未だ操られたままの少女たちに向かっていく。そして同じように、糸を断ち切っていった。

 そうして、五分と経たずして、一人を残し、他の少女たちを全員糸から解放してみせたのだった。



「最後は、君だけだ」



 最後に残されたのは、生気を失っていた少女のうちの一人。

 恐らく、早くに操られ、横たわる者たちの多くを斬らされた者の一人であろうことは、少女の身体を染め上げるかのようにべたりと付いた血の量と、渇ききった涙の後から察することができた。

 ミブナは、地面を蹴る。一刻も早く、彼女を救うために。だがその瞬間、無数の糸が彼女の元へと飛来していき、彼女にさらに絡まっていく。

 そして、少女はミブナの剣を、真正面から受け止めたのだった。


(……動きが変わった?)


 ミブナは感じた違和感を確かめるべく、さらに攻撃を仕掛けてみる。すると少女は、その全てに完璧に対応してみせた。



「なるほど、糸の本数と、操る精度は比例しているのか」



 ミブナはまだ、この場所に来てからほんの少ししか経っていなかったが、よくよく思い出せば、彼女たちの動きは単調なものだった。

 だが、今目の前にいる少女は違う。明らかに、ミブナの動きに合わせて防御をしてきた。

 その違いは、少女に絡み付く糸の本数。それさえ分かれば、後は糸を斬るだけだった。

 とはいえ、あまり悠長なことはしていられないのも事実。

 というのも、もし仮に、別の少女を操っていた糸を、すぐ他の少女に絡ませることができるのなら、とっくにやっているだろう。

 だが、相手はそれをこれまでやってこず、今になってやり始めた。それ即ち、操るための糸を準備するには、相応の時間が必要になる。そう考えるのが自然だろう。

 であるならば、黒幕はその準備ができ次第、次々に少女に糸を絡ませてくる可能性がある。もしそうなってしまった時、ミブナに対応できるのだろうか?

 だからこそミブナは、次の糸が飛んでくる前に、少女の糸を全て断ち切らなければならなくなったのだ。



「上等だ。そうでなくては」



 ミブナは少女に向かって剣を振るう。当然少女は、それを完璧に受け止めた。

 ……一瞬とはいえ、つばぜり会えば分かってしまう。少女にはもう、戦えるだけの力は殆ど残っていないと。それなのに糸は、少女に戦いを強制している。

 ミブナは冷静でありながら、その内、怒りをあらわにしていた。なんの罪もない少女を使って、このような惨劇を起こしただけでなく、戦えなくなってもなお、戦わせていることに。

 故にミブナは、剣を弾いて距離を取った後、再び少女に向かっていく。当然少女は、ミブナの剣を受け止めようと、構えを取る。


 だが、ミブナは剣を抜かず、その勢いのまま少女に突進を食らわせた。

 少女の身体が、大きく揺らぎ、宙に浮く。黒幕のことだ。そこからのリカバリーも容易いだろう。だが、一瞬だけ、少女の操作が途絶えた。その一瞬が、ミブナが欲していたものだった。



「〝強化(ブースト)波斬(スラッシュ)〟」



 ミブナが飛び上がり、少女に絡み付く糸を全て斬る。糸から解放され、自由になった少女の表情は戻らない。しかし、どこか安堵しているかのような雰囲気を感じとることができた。

 だが、これで終わりではない。ミブナは糸を断ち切った勢いのまま、もう一発波斬(スラッシュ)を放つ。

 その斬撃は、枝という枝を斬りながら飛んで行く。その直線上に居た黒幕は、その斬撃を食らうまいと飛び上がり、地面に着地すると同時に、ついにその正体を公の場に晒した。



「〝見え〟てはいたが、やはりアラクネだったか」

「……ははっ、なんじゃあそれは」



 ようやく姿を現したアラクネ―ベイシアは、まるで理不尽なものに出会ってしまったかのように、逆に笑ってしまっていた。

 一方のミブナは冷静であり、背後でベイシアの姿を見て恐怖している冒険者たちとは違う態度を見せていた。



「妾の糸を容易く斬ったうえ、こちらに攻撃してきたじゃと……?お主、一体何者じゃ……?」

「残念だが、モンスターに名乗る名前など無―ッ!」



 ミブナが答え終わるより先に、死角からベイシアが仕掛ける。だがミブナは、死角から飛んできた糸を軽々と見切ると、瞬く間に全ての糸を斬り落とす。

 それを見たベイシアは、余計に歪んだ笑みを浮かべる他無かった。



「お主、今のも反応するか……」

「……糸による人体支配、モンスター特有の本能は薄く、不意打ちも仕掛ける知性もある……なるほど。過去に一度アラクネを斬ったことがあったが、その時の個体とはだいぶ違うようだな」

「――ッ!」



 今度は、ミブナが仕掛けに行く。それを見たベイシアは、すぐさま指先から糸を出すと、ミブナを引き裂くように飛ばしていく。

 だが、それらの糸がミブナに届く事はなく、直前でミブナの剣によって、一瞬で斬り落とされていく。

 しかし、ベイシアもそこで終わらない。すぐさま後方へと飛ぶと、いくつかの糸球を取り出し、ミブナに向かって投げる。

 その糸球は、空中で展開され、一つの大きな蜘蛛の巣となってミブナを襲う。


 それでも、ミブナには届かない。



「〝強化(ブースト)波斬(スラッシュ)〟」



 ミブナはもはや何度目かの構えを取ると、今度は向かっていかず、その場でしっかりと踏み込み、そのまま斬撃として放つ。

 放たれた斬撃は、容易く蜘蛛の巣たちを引き裂いていき、引き裂かれた蜘蛛の巣の糸は、ベチャベチャという音をたてながら地面に落ちていった。


(……こやつ、妾が粘着性を高めた糸を放ったのを見て、その場からの攻撃に切り替えおった!?先の発言といい、こやつ、どこまで見えておるんじゃ……!?)


 ベイシアが思考の沼に嵌まっていくのとは対照的に、ミブナは次から次へと攻撃を仕掛けていく。

 だからこそ、ベイシアは気がつくのが遅れてしまった。ミブナの本当の狙いに。



「な……ッ!?」



 ベイシアが後方に飛び、地面に着地しようとしたその時、地面に落ちていた太い枝を踏んでしまい、バランスを崩し、転んでしまう。

 それは、攻撃の最中、ミブナが放った斬撃によって地面に切り落とされていたもの。それらはベイシアが転んでしまった場所に固まっており、平坦に近かった地面とは異なった、凸凹が激しく、かつ不安定で踏ん張りの効かない足場となっていた。


 そんな隙を、ミブナが見逃す訳もなく。

 ミブナは間髪いれず、波斬(スラッシュ)を放つ。ベイシアもそれには気づいたが、転んですぐの体勢では、どうすることもできない。

 なんとかすぐに動かせる左手を使い、糸による防御を試みるも、効果は薄く。

 そのままベイシアは、波斬(スラッシュ)の直撃を食らってしまった。



「ぐ……ッ!」



 ベイシアの左腕に、痛々しい斬られた後が残る。

 直前に放った糸で、ほんの僅かではあるが軌道が逸れたことで、致命傷こそ避けられたものの、暫く左腕は使い物にならないだろう。

 それに、未だベイシアが居る場所は、大小様々な枝が散乱しているエリア。おまけに、今の衝撃で一部崩れたのか、ベイシアの足の一本に大きな枝が乗っかってしまっており、すぐには動けない状態になってしまっていた。

 早めに抜け出したいとは思っていても、ミブナはもうすぐそこまで迫っており、下手に動けばまた斬られる。


 ―万事休す。


 ベイシアの頭の中に、そんな言葉が浮かんでくる。ベイシアは咄嗟に否定したものの、目の前に居るのは、ケインと勇者を除けば、初めて現れた、明確に自分を〝殺せる〟であろう存在。

 そんな死が、目前に迫ってきているのを感じていた。



「終わりだな、アラクネ」

「はっ……さっきからアラクネアラクネと……妾には、ご主人から賜ったベイシアという名がある」

「知らん。今から倒されるだけのモンスターの名前など、覚える意味もない」



 ミブナは、確実にベイシアにトドメを刺すべく剣を構える。名前の有無はどうでもよいと思っているが、それ以上にベイシアという個体そのものを、この短時間で危険視したからだ。

 そして、いざその剣を振るおうとしたその時―暗闇が、二人を覆った。


 元よりこの場所は、空からの光がほとんど通っていないため、かなり薄暗い。そのため、たかが暗くなった程度は、なにも不思議なことではない。

 が、今この場においては、その限りではなかった。


 ベイシアは、大きく目を見開き、驚きをあらわにした。その視線はミブナではなく、その背後に向けられていた。

 そして、ミブナもまた、背後にナニカが現れたのを感じ取っていた。殺意や敵意は感じない。だがそれ以上に、不気味な気配が、ミブナの背中に酷く突き刺さってきていた。



「……誰だ、私の背後に立つのは……っ!?」



 ベイシアのことを最大限に警戒しつつも、ミブナは背後に現れた者の姿を見るべく振り返る。そして、その姿を見た途端、ミブナもまた、その目を見開いた。


 そこに居たのは、巨大な人影。

 ただし、それは人ではない。全てがツギハギでありながら人の形をしているだけの、巨大な人形であった。

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