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404 信仰という名の偶像 ③

「嘘だ……嘘だ嘘だ……そんなこと、そんなこと、あるわけが……ッ!」



 イルミスの宣言(ことば)を聞いてもなお、ザザドは否定の言葉を繰り返す。

 だが、どれだけ否定を繰り返しても、目の前にイルミスが居る事実は変わらず、彼女の口から語られたことも、嘘偽りのないものであると、否応なしに理解させられてしまう。

 そうした一人問答の中で、ザザドの心は、さらに歪んでいった。その変化を、イルミスも感じ取っていた。



「……そうだ。オレは悪くない。悪いのは、オレの心を弄んだ聖龍の野郎だ……!」



 イルミスは人間を愛している。だからこそ、人間の良いところも、悪いところも、直にその身で触れてきた。

 だから分かった。ザザドが自身に向ける心は今、親愛から()()に反転してしまったのだと。



「許さん……許さねぇ……許さねぇぞ聖龍ッ!オレがどれだけテメェのことを信仰し(おもっ)ていたと思っているんだ!それなのに、テメェはァッ!」

「……分かりませんよ。何度聞いたとしても」



 イルミスは、ザザドの拳を受け止めながら、もの悲しげな表情を浮かべた。

 蛙化現象、というものがある。

 元々好意を向けていた相手から好意を向けられたり、その相手の些細な行動によって、生理的嫌悪感や不快感を感じたり、急激に熱が冷めてしまう……というものだ。

 今のザザドの状態はまさしくそれであり、また、元々の気持ちが強すぎたが故に、その憎悪は異常なまでに膨れ上がっていた。



「死ね!死ねよ!死んでくれ!テメェなんか王じゃねぇ!だから死ねよ!死んでオレが無駄に過ごした時間を返しやがれッ!」

「……」



 先ほどまでの彼はそこにはおらず、ただ支離滅裂な罵倒を繰り返す。

 それでもイルミスは、ザザドから目をそらすことなく、彼の攻撃も罵倒も怒りも、全て受け止め続けた。


 自身の感情に揺らぎ、狂い、挙げ句憎悪へと変わったザザド。

 自らの思いに葛藤しながらも、自身の道を定めたイルミス。

 どちらの意志が強いのかは、誰の目から見ても明らかだった。



「――ッ、……!?」



 ただ闇雲に拳を振っていたザザドの隙を突くように、イルミスの強烈な(カウンター)が、ザザドの鳩尾に綺麗に入る。

 普段のザザドであれば、防げた攻撃だったのかもしれない。だが、冷静さを欠いた今、それを防ぐことは出来なかった。


 一瞬、ザザドの息が止まる。

 絶妙な力加減で打ち込まれた一撃は、ザザドの身体を吹っ飛ばすことは無い。振り上げた拳も下ろすことなく、ザザドは地面に膝をつき、そのまま倒れ込む。

 四肢に力が入らない。視界が歪む。息の仕方を忘れてしまったかのように、息が上手く出来ない。ザザドの意識は、その一撃だけで、すでに飛びそうになっていた。

 そんな、地面に横たわるザザドを、イルミスは変わらず、じっと見つめていた。



「……もう、何度も言ったはずです。貴方の中の理想(わたし)現実(わたし)は別物である、と。ですが貴方は、貴方自身が作った理想(うわべ)だけを見て、中身(わたし)を見ようともしなかった。そして、理想と現実の差を受け入れられず、そうやって怒り、憎しみに変換した……

 あえて、突き放すような言い方をさせていただきます。所詮、貴方の信仰というものは、その程度のものでしかなかったのです」

「……ッ!」



 必死になってイルミスを睨むザザドだったが、イルミスが向ける目は何一つ変わらない。

 そして、ザザドもまた―変わらない。

 一度膨らみ、反転した憎しみは、もう二度と戻らない。

 たとえ、もう一度イルミスのことを想うことができたとしても、もう二度と、同じにはなれない。


 傷つけられた心について、傷つけた側は無関心なように。

 愛する者に一度抱いた不信感を、一生拭えないように。


 もう二度と戻らない。戻れない。ザザド自身が言ってしまったように。

 そんな溝が、できてしまっていた。



「貴方がわたしを龍王でないと言うのなら、それでも構いません。信仰を辞めるというのも、好きにしてください。ですが、間違ってはいけません。わたしは、貴方を裏切ってなどいません。自分勝手に想像し、自分勝手に崇拝し、自分勝手に絶望したのは、貴方自身なのです」

「――ざ……け―ッ」

「……そうやって、地団駄を踏み続けている以上、貴方は決して、前に進むことはできません」

「――ッ!?」



 瞬間、イルミスの雰囲気が変わる。

 ザザドも、二体の龍王も、この場に居る全ての者が、思わず息を飲む。


 イルミスの背後に現れるは、魔力で造られた黄金のドラゴン。

 イルミスの瞳は紅く輝き、たなびくように広がる髪もまた、紅く染まっていく。

 その姿は正しく、王そのものであった。


 そして、その姿を最も間近で見ていたザザドもまた、理解した。否、理解してしまった。

 彼がどれだけ憎んでも、彼女はもう変わらないことを。

 彼がどれだけ怒ろうと、彼女は自らを曲げたりはしないことを。

 彼がどれだけ否定しても、彼女は間違いなく王であることを。


 そしてもう一つ。ザザドが最後の最後まで、気づけなかったことがある。

『裏切り者を許しはしない』

 それは、ザザドが作り上げた、偶像の言葉。

 偽善を唄い、矛盾を抱えた言葉の一部分。

 そう、ザザドは裏切ったのだ。自分勝手な理由で、勝手に作り上げた偶像を裏切り、憎しみに走った。

 その結果が、これだ。イルミス自身は、裏切られたとは微塵も思っていない。だが、この光景はまさしく―裏切り者を粛清する王、その構図であった。



「〝龍帝(バハムート)〟」



 集いし魔力が、無数の光となって放たれる。全てを焼き焦がさんとするかのように。

 全ての竜人たちは絶望した。ここで自分たちは終わるのだと。王の怒りを勝ったが故に、未来を失ったのだと。


 だが、そうはならなかった。

 光が大地を焦がすより先に、魔力が霧散し消えていく。イルミスが、龍帝(バハムート)を途中で無理矢理打ち消したのだ。

 その結果、誰一人として傷つくようなことはなかった。イルミスの側で、完全に気を失ったザザドを含め、全員が。



「お願い、されましたからね。可能なら、誰も殺さないで欲しい、と。それに……この場所は、ただ借り受けた場所ですから」



 そう言いながら見せたイルミスの微笑みは、とても恐ろしく―それ以上に、美しいものであった。

本来なら、前話でイルミス回は終わりのつもりでしたが、もう一話だけ追加しました。

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