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403 信仰という名の偶像 ②

 ガイメルディ、エルルメント。

 二体の龍王の登場に、言葉を失うザザドたち。中には涙を流す者までいた。

 だが、ザザドはここが戦場であることを思い出すと、恐れ多くも二体に声をかけた。



「地龍様、煌龍様、このような場所ではありますが、お会いできて光栄に思います。ですが、今事態は急を有しているのです。今世界は、再び崩壊の危機を迎えているのです!どうか、どうかそのお力をお貸しくださいませんか!?」



 ザザドが必死そうな表情を作りながら、二体に語りかける。その内容や必死さ自体に嘘はない。だが、二体の協力を得られれば―という、欲にも似た考えも僅かながらに存在していた。

 だが、彼らが出した答えは、ザザドの予想していないものだった。



「すまんが、それは無理な話じゃな。わしらはもう、戦えぬのだ。それに、仮に戦えたとしても、こやつとは戦いたくはないのでな」

「んなっ……!?」



 予想だにしていなかった答えに、思わず困惑の声を洩らすザザド。

 もう戦えない、それだけならまだしも、あの龍王が、一人の女性との戦闘を避けようとしていることに、ザザドは酷いショックを受けた。

 憧れが、理想が、少しずつ壊れていくような音が、ザザドの心の中に響き始めていた。



「元々、わしと煌龍は、あの戦いは静観するつもりだった。だが、一体の龍がわしらの元に現れ、手を貸して欲しいと頼んできたのだよ。そん時はまぁー驚いた驚いた。なんせ、わしらの元に来たのは、あの〝暴れ白龍〟だったからの」

「暴れ、白龍……?」

「ガイメルディさん、その呼び名は……」

「む?別に隠しているわけではなかろう?」

「それはそうですけれど……今はその、は、恥ずかしいので……」

「はっはっは!そうかそうか、昔はよく自称していたが、今となっては恥ずかしいのか!やはり、人間たちと関わって最も変わったのはお前さんのようだな、()()

「――は?」



 その瞬間、ザザドの思考が真っ白に染まった。

 ザザドが聖龍を信仰するようになったのは、その生き様の美しさにあった。

 誰よりも人類を思い、誰よりも相手を思う。一見すれば、矛盾しているようなその生き様に、強く心を惹かれたのだ。

 しかし、強く惹かれすぎたが故なのか、徐々にザザドの中の聖龍の(イメージ)は歪み始め、いつしか全てを愛し、悪を憎むという矛盾した偶像(イメージ)へと変わっていったのだった。


 だからこそ、ザザドは彼女こそが聖龍(イルミスガルド)であると聞いた時、それを受け入れられなかった。

 自分が裏切り者と罵った相手が、裏切り者だと断じて殴りかかっていた相手が、自身の信仰を語った相手が、そして、その信仰を真正面から否定した相手が。

 その全てが、自身の敬愛する聖龍であるということを、ザザドは認めたくなかった。否定して欲しかった。

 だが、誰一人として、それを否定する者は居なかった。むしろ、その事実を受け入れてしまった者たちから次々と、戦意を奪われていっていた。



「……ありえない。そんなハズが無い!聖龍様は高貴なる王!我々を敵に回すような真似などするハズが――」

「……貴方の信仰(それ)は、貴方が描いた偶像であると、お教えしたはずですよ」

「――ッ!」



 ザザドがどれだけ異を唱えようとしても、聖龍(ほんにん)がそれを否定する。

 どれだけの思いを伝えても、彼女(イルミス)には届かない。

 そこにあるのは、ザザドにはもう覆しようのない現実でしかないのだ。



「わたしは、人間という種を愛しています。ただ本能のままに荒れていたわたしを変えてくれた優しさを持つ、彼らを。その思いは、今なお変わることはありません。

 ……ですが、()のわたしは違います。わたしは、知ってしまったのです。恋というものを。敬愛ではなく、親愛というものを。

 そんな彼は、全てを捨てる覚悟で、たった一人の少女を助けようとしているのです。その覚悟に、わたしも答えたい。そう、思うようになってしまったのです」

「……やめろ。やめろ、やめてくれ……っ!」



 崩れていく。ザザドの理想が、信仰が、偶像が、何もかもが崩れていく。

 イルミスが言葉を紡ぐたび、ザザドの全て(これまで)を塗り潰し、否定していく。

 そして、その言葉は同時に、イルミスを龍王の一体から、一人の女性へと変えていった。



「だからわたしは、貴方たちの前に立っているのです。龍王としてではなく、イルミスガルドという、一人の恋する愚者(わたし)として」



 *



「……おや、変なことに巻き込まれたかと思えば、聖龍ではないか」

「貴方たちは……」



 いくつかの入り口を抜けた先、イルミスを待っていたのは二体のドラゴン。イルミスと同じ、龍王に数えられる二体、ガイメルディとエルルメントであった。



「……そうですか。この入り口は、貴方たちの住み処に繋がってしまったのですね」

「繋がった……嗚呼、なるほど。どうりで、そこら中から変な魔力を感じるわけね」



 エルルメントは空を見上げる。そこには、まるで二体を閉じ込めるかのように、魔力でできた膜が、洞穴の吹き抜けを閉じていた。



「それで、貴方がここに来た理由ですが……先ほどの声が、関係しているのでしょう?」

「はい」

「ならば、詳しいことは聞きません。ですが一つだけ、聞かせてください。貴方は今、誰のために戦おうとしているのですか?」

「……私のためです。私が力になりたい彼のために、皆さんのために、私の意思で、戦いに来たのです」



 エルルメントの問いに、一瞬だけ目を瞑った後、イルミスははっきりとそう答えた。

 そんな答えを出したイルミスに対し、二体はどこか優しげな表情を見せる。そして、二体の身体が輝きに包まれたかと思えば、その身体が縮小していき、二人の老人がイルミスの前に立っていた。



「ふふっ……どうやら、二度目の良き出会いがあったようですね」

「らしいな。聖龍よ、おぬしが今、何と戦っておるのかは知らぬ。故に、この場所を貸してやろう」

「……っ!いいんですか?」

「もちろん。だから、見せてみよ。出会いを経て再び変わった、今のおぬしをな」

「……ありがとうございます。ガイメルディさん。エルルメントさん」



 そうしてイルミスは、二人の許しを経て、戦場を得た。

 そして現れたのは、自らを信仰する者。その口から投げ掛けられるのは、自身に向けられた、甘い敬愛の言葉。

 だがそれでも、イルミスは自らを曲げることはなかった。

 その姿を見て、ガイメルディとエルルメントは、再び思うのだった。


 ―嗚呼、彼女は今、本当の意味で、自分の道を歩み始めたのだ、と。

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