398 同じなれど、交わらぬ
―一日前、ケインたちがリアーズに乗り込んでしばらくしてのこと。
自ら選んだ部屋に入り、なにをしようかと考えていたリザイアだったが、不意に部屋の扉がノックされた。
『リザイア様、少々よろしいでしょうか』
「む?あぁティアか、構わないぞ」
『承認。失礼致します』
「うぉっ!?」
ノックは扉の外から聞こえていたため、扉を開けて入ってくるものだと思っていたリザイアだったが、ティアは唐突に、部屋の中心にホログラムとしてその姿を現した。
ちょっとビビったのも、仕方ないだろう。心の中で、ひっそりと自分に言い聞かせるリザイアだった。
「んんっ、それで、我になんの用だ?」
『はい。少々気になったことがございまして、リザイア様の武器を見せていただけないかと』
「ヴァルドレイクをか?それは構わぬが……どうやって見るのだ?」
ティアの言う〝見る〟というのは、手にとって見せてもらう、という意味だと言うことはすぐに分かった。
だが、今目の前にいるティアはホログラム、つまり実態のない映像である。それなのにどうやって……と、疑問に思ったその時、空間が歪んだかと思えば、そこには浮遊する、機械で出来た二対一組の〝手〟が現れていた。
「……これは?」
『回答。こちらは多目的用自立稼働型ユニット、名前は〝イーリス〟。当機の第二、第三の手のようなものだと思っていただければと。では、こちらに武器を』
「分かった」
リザイアは言われた通りにイーリスに二丁を手渡す。するとイーリスは、そのままティアの元まで持っていき、まるで本物の手を動かし、また、そこに居るかのように、様々な角度から見始めたのだ。
(……我にはよく分からんのだが、あのホログラム?とやら、何故か視界があるらしいからな……本当によく分からぬが……)
さすがのリザイア……というか、不抜の旅人の面々は、謎技術の塊であるティアのことはよく分かっていない。
唯一、理解と興奮をあらわにしていたのは、元異界の民であるコダマくらいだった。まぁ、表向きは平然を装っていたが。
それはさておき、ヴァルドレイクの観察が終わったのか、ティアがリザイアと目を合わせた。
『観察完了。リザイア様、ありがとうございました』
「うむ。で、何が気になったというのだ?」
『回答。こちらの武器ですが、恐らく当機の時代に研究されていたもの、その試作品の一つと思われます。また、リザイア様が扱うにあたって、改造を施されたと思われる跡もございます。その結果、本来の出力を出せていないと見受けられます』
「なんだと!?」
リザイアは思わず声を荒げた。
ヴァルドレイクが、ティアの生きた時代の意産物というのも衝撃的だったが、今でも十分なほどの威力を出せていると思っていたのだが、まだ先があるという。
『もしよろしければ、当機の方で調整させて頂くことも可能ですが、どうなされますか?』
「是非頼む!」
『承知致しました』
*
「過剰充填〝黒雷懲罰〟!」
瞬間、全ての音を置き去りにしながら、黒い閃光が戦場を通り過ぎる。
誰の目から見ても、何が起きたのか、何を撃ち出したのか分からない。それは、撃たれたであろうジャンヌでさえも。
――だが異変は、すぐさま訪れた。
「ぃッ、あ、ば――っ!?」
突如襲い来る、耐え難いほどの痛み。ただ傷を負ったのとは訳が違う。その痛みは、身体の内部からも来ていた。
そして、その痛みに苦しんでいるのは、ジャンヌだけではなかった。
ジャンヌの足元にいた剣士の二人、離れた場所で待機していた二人。ジャンヌの仲間の少女たちもまた、同じような状況に陥り、苦しみの声をあげていた。
そんな状況だからだろう。比較的耐えられているジャンヌは、彼女たちの姿を、外側から見ることが出来た。
結論から言えば、少女たちを苦しめていたのは、見たことのない、黒い雷撃だった。
その電撃は、少女たちの身体に帯電しているらしく、どれだけ地面をのたうち回っても、一向に放電する気配がない。
実際、それを見てからジャンヌも剣を地面に突き立てはしたものの、痛みが収まる気配はなかった。
そして、激痛によって地面へと崩れていったジャンヌの元へ、歩いて近づいてくる者がいた。リザイアだ。
「黒雷懲罰。どうだ?貴様らの思想に撃ち込んだ楔の痛みは」
「っは、……!なにが、罪、ですか……ッ!私、たちは、悪くな――ッ!?」
「いいから、黙れ」
それは、ケインたちですら聞いたことのない、ドスの聞いた、酷く低いリザイアの声。
その声と、ヴァルドレイクの銃口を向けられて、ジャンヌは続く言葉を失った。
「もう一度言わせてもらうが、誰がどんな思想を持っていようが、そんなものはどうでもよい。その考えは個人のモノであり、共通認識ではないからな。
だが、貴様らは何もかもを勘違いし、自らの思想こそが絶対であるとした。他者を踏みにじり、他者を否定し、自分の思想を押し付けた。自覚無き悪意を、貴様は振り撒いたのだ」
「なん、ですか、それは……ッ!」
銃口を突きつけられ、未だ収まらぬ激痛を受け、それでも尚、ジャンヌはリザイアを見上げ、睨み付けた。
見上げたリザイアの表情は、どこまでも冷たく、同じ〝人〟を見ているような目をしていなかった。
「他人の考えを否定して、自分を押し付けているというのなら、貴方だってそうでしょう!?私たちを否定して!今も貴方の考えを押し付けている!そこに、なんの違いがあると言うのですか!」
「やはり、分かっていないようだな」
「なにを、ですか……ッ!」
「確かに貴様の言う通り、我も同じだ。他人である貴様の考えを否定し、今もこうして踏みにじっている。だが、我には自覚と覚悟がある。
我は、我の思想で、見知らぬ誰かを傷つけてしまうだろうという自覚がある。我の思想の押し付けで、反撃され、非難され、我自身が傷つけられることに対する覚悟がある。
貴様はどうだ?他人を傷つけている自覚があったか?その結果、反撃を食らう覚悟があったか?」
「……っ」
「我と貴様は同じだが、決して交わることなどない。傷つけている自覚と、傷つけられる覚悟のない貴様とは、絶対にだ」
そうしてリザイアは、銃口を向けるのをやめ、ジャンヌと同じ目線までしゃがみこんだ。
当然ジャンヌは、突然の行為に思わず目でリザイアの行動を追った。一つ一つ、追ってしまった。
サキュバスがその手の行動を取る際に、身体のどこを扱うのか、知らないわけではなかったのに。
「だから私は、貴方を傷つけることを厭わない」
「――ッ!?」
リザイアが、眼帯で隠した右目を見せる。
瞳を失い、何も映すことのない右目に、ジャンヌの視線が奪われる。そしてそれは、リザイアの眼と、真正面から視線が合ってしまう行為であった。
リザイアの左目が、怪しく光る。
次の瞬間、ジャンヌは再び、裸体の男たちに囲まれていた。剣を抜き、立ち上がろうとするも、身体が動く気配がない。そうしている間にも、じわりじわりと、男たちが近づいてきていた。
「ひっ……ぃや……やめ、て……っ!」
どれだけジャンヌが懇願しようと、男たちは止まらない。やがて、完全にジャンヌを包囲し、襲いかかっていった。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
(違う……!これは幻、現実じゃない!それなのに……それなのに……っ!)
「……嗚呼そうだ。それは、現実ではない」
抵抗する間もなく、衣服を全て剥ぎ取られ、簡単に女の尊厳を、代わる代わる奪われていく。
――そんな幻に捕らわれ、奇声を上げながら地面をのたうち回るジャンヌの姿を、リザイアは少し離れた位置で見て、小さく呟いた。
「我の幻影は、ただ幻を見せるだけのスキル。だが、今の貴様は黒雷懲罰によって、常に痛みを伴っている。なにが現実で、どれが幻なのか、今の貴様に区別できまい」
そう、続きを呟きながら、リザイアはジャンヌに背を向け歩きだす。
だが、その道中で、リザイアは胃から急速になにかが上がってくるのを感じた。思わず手で口を押さえ、なんとかソレを胃に戻す。
だが、一度上ってきた異物による違和感と匂いは、リザイアの喉に残っていた。
「ぅっ……ぁぐ、っは……っ!」
リザイアは、他者の人生を傷つけることを覚悟していた。それは間違いない。だが、覚悟するだけと、実際にそれを実行するのとでは訳が違う。
リザイアがジャンヌに撃ち込んだ楔は、間違いなくジャンヌの人生を終わらせる。
黒雷懲罰も幻影も、どちらも時間が立てば効力が弱くなり、やがて霧散していく。しかし、それが何時になるかは、リザイアが込めた魔力次第。
だが、いつかその効力が消えた時、ジャンヌは正気でいられるだろうか。その時が来るまで、あの狂気に耐え続けられるのだろうか。
もし仮に、その時まで耐え抜き、正気でいられたとしても、今日という日は間違いなくジャンヌにとって一生消えない傷となるだろう。
「はぁ……っ、はぁ……っ!駄目……っ、こんな程度で、折れそうになるな、私……!」
サキュバスが故に、そういう行為を行わせることに対して、罪悪感を抱いたことはない。ただしそれは、種族的な思考、という隠れ蓑を纏っていただけに過ぎない。
その隠れ蓑を取っ払い、ただ相手にそれを強制させたのならば、もう、どんな言い訳をしようとも意味を成さない。
これまでやってきた行為は、他人の人生を終わらせてしまうようなものだったのだと、リザイアは強く理解させられてしまったのだった。
だが、それでも――
「この程度の痛みがどうした……!ケインの感じている痛みに比べれば、こんなもの……!」
リザイアは立ち上がり、天を仰ぐ。
その眼に再び、確かな覚悟を宿して。
幻影≪ヴェグナ≫
対象と視線を合わせることで、強烈に作用する幻覚を見せることのできるスキル。
見せる幻覚の内容はある程度は指定できるが、対象の「トラウマ」や「最も恐怖した体験」「心底嫌っているもの」などがベースになって現れる。
また、視線を合わせずとも幻覚を作り出すことは可能と言えば可能であるが、不特定多数に幻覚を見せてしまう他、それが幻覚であると簡単に見分けられてしまう。




