396 嫌悪の偏見 ①
「なん、ですか、これは……」
五人の女性からなる冒険者パーティー「純白の乙女」のリーダーであるジャンヌは、目の前に広がる光景に、思わず吐き気を感じ、口元を押さえずにはいられなかった。
そこにあったのは、その場に居る誰も彼もが肉欲の限りを尽くしている光景。
男は理性と精神のタガが外れ、アンデッドであるかのように、うわごとをつぶやきながら欲望に溺れ、女は気を失っていない者の方が少なく、気絶してなお襲われ続けるという、誰の目から見ても、見ていて気持ちのいいものではない、地獄絵図がそこにはあった。
ましてやそれは、彼女たちにとって、最もおぞましく、見たくも、思い出したくもない光景であった。
「ぁ、ぅぁあぁーっ!」
「――ッ!死ねェェェェェェェッ!!!」
そんな中、ジャンヌたちの姿を見つけた男が、一目散に駆けてきた。当然、服の一つも着ていない真っ裸に加え、目の焦点は合っておらず、口から涎を大量に滴しながら迫り来るという、女性からすれば最低最悪の状況。
その光景に耐えきれず、四人は目を逸らし、目に入らないようにしたが、ただ一人、ジャンヌだけは極力見ないようにしつつ、斬撃を飛ばし、男に触れられる前に真っ二つに切り伏せた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……な、なんなのですかここは……!こんな場所、一秒でも居られるわけがな……」
「……ほぉう?成る程、これはこれは。随分と面白そうな輩が来たではないか」
『――ッ!?』
今すぐこの場を立ち去ろうとしていたジャンヌたちだったが、その話を言い終わるより先に、突如として、あの地獄絵図の中から女の声が聞こえてきた。
ジャンヌたちが嫌々ながらそちらの方を見ると、一人の少女がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
その装いはほとんど最低限の部分しか隠しておらず、そのうえ肉体は豊満という、どう考えても襲われる要素しかないというのに、周囲の男どもは見向きもしない。
それだけで、ジャンヌは理解した。この少女こそが、この惨状の原因であると。
「何者ですか!?」
「何者……そうか知らぬか、ならば答えてやろう!我が名はリザイア!今世に顕現せし闇の覇者、災厄なる悪夢なり!」
「……は、はぁ?闇の……え?何?」
「ふっ……驚きのあまり言葉も出ないか、当然だな」
リザイアがドヤ顔を決めているのに対し、ジャンヌたちは完全に呆けていた。
確かに、高位の騎士なんかは、戦いの前に名乗り出ることがある。が、それはあくまでも形式的な側面が強く、リザイアのように派手な名乗りはしないし、謎のポーズも取らない。
要するに―変人として認識されたのだった。
「んんっ……それで、この惨状は貴方の仕業ですか?」
「いかにも。我らに課された役割は、これより先に行かせぬことと、可能な限り殺すことなく敵を無力化すること。クックック……他の者では全てを完璧には実行できな……いや、一部は絶対に無視するだろうが、我の力であれば造作もないことよ。なぁーはっはっは!」
「そうですか……かわいそうに……」
「……ん?」
負い目を感じることなく、堂々とした態度で自身がここに居る理由を語ったリザイアだったが、それを受けて呟いたジャンヌの言葉に、思わず眉を狭めた。
今の話を聞いて、リザイアが彼女たちの敵であることは理解しただろう。であるならば、「かわいそう」などという言葉は出てこないハズなのだ。
「待て、なぜそこでかわいそうなどという言葉が出てくる?我の話を聞いていなかったのか?我はこの饗宴を引き起こした張本人なのだぞ?」
「えぇそうね。ケイン……と言ったかしら?あの男に脅されて、やりたくもないことを無理矢理やらされているのよね……でも安心して。私たちが、貴方を苦しめる男から助けてあげるから」
「……は?」
ジャンヌが言い放ったその言葉に、リザイアは思わず絶句する。
その内容自体もそうだが、ジャンヌ自身がそれがさも当然であるかのように口にしたことが、なによりもリザイアの気持ちを一気に冷めさせた。
「……はっ!そうでした、脅されているんでしたよね……原因はなんでしょうか……?バレたくない秘密を抱えられてしまった?それとも、家族が人質にされてしまっているのですか?……あっ、ごめんなさい。悪気は無かったんです……でも安心してください。どのような内容であろうと、私たちが貴方を守――」
「もういい」
瞬間、雷が落ちたかのような轟音と共に、ジャンヌの頬を雷弾が掠め通る。
そして、ジャンヌの狭まっていた視界が広がり―冷めた目と共に銃口を向ける、リザイアの姿を見つけてしまった。
「面白そうな輩……と言ったが、撤回しよう。貴様らのようなつまらん輩にかける時間も興味はない。さっさと失せろ」
「な、なにを言って……!私たちはただ、貴方を助けようと――」
「嗚呼、言い忘れていたな。その薄汚い口を閉じろ。反吐が出る」
「なっ……ジャンヌさんは貴方のためを思っ――」
もはや、なにかを言い終わるよりも先に、無言で弾丸を撃ち込むリザイア。
その姿に、ジャンヌは今度こそ理解する。リザイアを救うには、戦う以外の道は残されていないのだと。
「そうですか……わかりました。貴方がそこまで追い詰められているというのなら、私たちも覚悟を決めて、貴方を倒しましょう。そして、必ずや彼の者を打ち倒し、貴方を救ってみせるとお約束しましょう!」
「……だから、その口を閉じろって言ってんだろうがっ!」
リザイアとジャンヌが同時に駆け出す。
そして、雷を纏った二丁電磁銃と銀に輝く剣がぶつかり合った。




