395 勝利条件 ③
「なっ……!?あ、あれは……!」
「バカな、ありえない……!そんなはずは……!」
「だが、あれはどう見ても……」
謎の力によって吹っ飛ばされ、地面に倒れた精霊たち。彼らがなんとか立ち上がって見た光景は、想像すらしていないものだった。
彼らの目に映ったのは、相対する二人の精霊。一人は、彼らを率い、束ねる王たる存在、精霊王。
もう一人は、同胞でありながら、己の使命に反旗を翻した少女、ナーゼ。
そんな、格も立場も違う二人だったが、一つだけ共通している、共通していてはならないものがあった。
二人の背中に顕現し、今なお広がり続けている紋章―世界樹の紋章だった。
「何故だ……!何故貴様が、世界樹を使うことができている……っ!?その力は、代々精霊王に受け継がれてきた力!それを一介の精霊ごときが、何故……!?」
「同じだよ。ボクの世界樹も君と同じように、人から託されたものだ。まぁ、誰に託されたか、に関しては、全然違うけれどね」
「……ありえない。貴様のような輩に託すような馬鹿がいるはずな――」
精霊王が言い終わるよりも先に、精霊王の頬を掠めるように、それが突き出される。
その正体は、ナーゼの足元からいくつも伸びている、先が獣のような、歪な手の形をした蔦。その蔦こそが、先ほど精霊たちを突き飛ばしたものの正体でもあった。
「ボクのことを好き勝手言うのは構わない。でも、何も知らないとはいえ、この力をボクにくれた人のことを悪く言うことは許さない!」
「……っ!貴様ァ!」
「世界樹〝暴拳の樹木〟!」
*
「待て、精霊よ」
「へ?パ、パンドラ様?」
もうすぐそこまで迫り来ているであろう冒険者たちを迎え撃つべく、ゲートを通ろうとしていたナーゼだったが、不意にパンドラに呼び止められる。
何事かと首を傾げつつも、パンドラの元へと向かったナーゼだったが、呼び止めた理由は、ナーゼの想像を遥かに越えてくるものだった。
「えっと、ボクにどんなご用事でしょうか……?」
「うむ、用事と言うほどのものではないのだが、お守り代わりにこれをお前さんにやろうと思っての。ほれ、受け取るがよい」
「へ?あわわっ!?」
パンドラが闇色に美しく輝く、小さな水晶を取り出したかと思うと、そのまま、ナーゼの胸元めがけてふわりと放り投げる。
突然の展開に動けないナーゼを他所に、放り投げられた水晶は、ナーゼの胸元に飛んでいくと、そのまま暖かな光と共に、ナーゼの中へと入り込んでいった。
「え?あ、あの、パンドラ様?さっきの水晶はいったい……」
「うむ。それは世界樹の力を秘めた水晶。と言っても、それはほんのひと欠片。単体では、何かを起こすことも出来ぬものだがの」
「……へ?」
パンドラの言葉を受け、ナーゼは唖然とした表情で固まってしまう。
いくら精霊の使命や掟にたいして興味のないナーゼと言えど、その力がどういったものなのかは理解していた。
「ま、待ってください!?ユ、世界樹って、パンドラ様とアテナ様が初代精霊王様に賜り、精霊王の資格を得た者が次の世代に移る時、代々継承されてきたスキルですよね!?そんなものを、欠片とはいえボクなんかにそんな軽く渡してしまってもいいんですか!?」
「ん?……嗚呼、成る程。今の時代にはそう伝わっておるのか。歴史が勝手に改変されておるとは聞いていたが、だいぶねじ曲がって伝わっておるようだな」
「……え?ち、違うのですか?」
やれやれ、と言わんばかりに頭を抱えるパンドラ。その表情には、隠そうともしていない呆れを見ることができた。
「まず、世界樹を儂とアテナが作り出した、というところは間違っておらぬ。が、名もなき精霊……後の初代精霊王は儂に対しこう言った。『私が欲するのは大地を癒し、守る力であって、罰を与える力ではない』とな。
儂とて、そのような言い方をされるとは思っていなかった。故に、かなりの圧をかけたりもしたのだが……結果として、世界樹から儂の権能の大半を取り除いたものを渡すことになったのだ」
「そんな……」
「ああ、一つ言っておくが、儂への信仰のようなものが無かったわけでは無いぞ?ただ、その者からは信仰されていなかった、それだけのことだ」
なんでもない、もう終わったことだと言い切るパンドラだったが、その表情には、少しばかりの寂しさを感じられた。
「……では、さっきボクが受け取ったのは」
「うむ。その時取り除いた儂の権能、それを結晶化し、保存したもの。とはいえ、先も言うたとおり、それ単体ではなにもできん。その権能は世界樹あってのものであるからの」
「では、どうすれば使えるように……?」
「方法はいくつかある。一つ目は、現精霊王から世界樹を継承すること。しかし……まぁこれは無理であろうな。アテナの話を聞く限り、現精霊王らはすでに、こちらを敵として認識しておるだろうからな。
二つ目は、世界樹とは別の、その欠片のための器を用意すること。だが、欠片と言えど、それは儂が与えようとした権能の塊。相応の器を作るとなれば、今からではあまりにも時間が足りぬ。
そして三つ目にして、おそらく最も現実的な方法。それは、お主自身が世界樹による癒しの効果を受けることだ」
「癒しの効果を、ですか……?」
「うむ。詳細は省くが、世界樹というスキルは、イメージとして、対象に万物を癒す種を植え付け、それらが体内に根を張るように巡り、癒していく……といった感じなのだ。当然、実際に根が張るわけでもないし、人体に影響があるわけでもない。が、その欠片があるのであれば話は違う。
再三言うておるが、それは本来世界樹にあるべきだった力。それ故に、世界樹という力そのものに反応し、真の姿へと戻るべく動き出すであろう。
だが、気をつけるがいい。この方法を取る時は、精霊、お主が自らの身体を激しく傷つけたうえで、相手に治されなければならない。この方法が一番現実的とは言ったが、難易度と危険度に関して言えば、他二つよりも遥かに高い。用心だけはしておくようにな」
「は、はい!」
*
「ぐっ!?なんだこれは……!?世界樹は世界を、母なる自然を守る力!このような力があるハズがない!」
「そうだね、少し前のボクもそう思っていたよ。でも、君のそれも、ボクのこれも、どっちも同じ世界樹だ。それは、君が一番よく分かっているでしょ?」
「ぐ、ぐぬぅ……!」
蔦が纏まり産まれた巨大な拳が、精霊王の持つ剣と衝突し、互いに一歩も引かない押し込みを見せる。
だが、あくまで人である精霊王と、スキルという力そのものであるナーゼの蔦の拳。長引けばどちらが優勢になるかなど、一目瞭然だった。
「っ!皆の者!呆けている場合か!精霊王様をお助けするぞ!」
「「っ!お、おう!」」
次第に押し込まれていく精霊王を見て、ようやく精霊たちが加勢に入ろうと動き出す。
だが、ナーゼが派手に目立っているからこそ、彼らは忘れていた。自分たちが、誰に背を向けているのかを。
「――がっ!?」
「なに――うぐぁっ!?」
「グハッ!?」
「なっ……!?こ、攻撃だと!?」
精霊たちが駆け出したのもつかの間、彼らの背後に何かが突き刺さり、次々と倒れていく。
そして、ひとしきり攻撃が止んだタイミングで、攻撃されなかった一人の精霊が、攻撃された同胞の背中を見て、ハッとした表情を見せ、その方角を――ウィルとビシャヌが居る矢倉の上を見た。
そこで彼が見たのは、無数に作り出される水の刃。それらをビシャヌが凍らせ、氷の刃を産み出していく光景。
そして二人は、なんの躊躇いもなく、その氷刃を射出した。
「お前たち、後ろだ!もう攻撃されている!」
「後ろだと!?がっ……!?」
「っ!だが、軌道さえ分かれば対処など――なぁっ!?」
第二陣とも言うべき氷刃の雨が、精霊たちを襲う。反応が遅れた精霊たちは、なす術なくやられていき、なんとか反応できた者も居たが、今度は、氷刃がただ射出されただけではあり得ないような軌道を描き、精霊たちの身体に突き刺さっていく。
それもそのはず、射出された氷刃は、その表面をビシャヌが凍らせただけであって、あくまでも本質はウィルの水刃。故に、ウィルの水質操作でいくらでも軌道を変えることができるのだ。
それ自体は、距離減衰によって、水刃ですら思ったような威力を出せないことを悔やんでいたウィルに対し、ビシャヌが出した付け焼き刃のような案であった。だが、油断し、不意を突かれた今この場においては、最も凶悪な攻撃であることにかわりは無かった。
そうして、次々と倒れていく精霊たちを横目にしながら、精霊王は完全に押し負け、ついに地面に叩き付けられた。
「グハッ……カッ……!」
「……どうやら、二人が上手くやってくれたようだね……っ!」
「ぐぬぁ……っ、きさ、まぁっ!!」
「悪いけど、ボクもそろそろ限界なんだ。だから、これで決めさせて貰う」
「――っ!ま、待て――」
「世界樹〝暴槍の樹木〟」
巨大な蔦の拳が解かれ、かわりに蔦が纏まり四つの槍となる。そして、精霊王の制止も聞くことなく、槍は精霊王の身体を貫いた。
……ただし、一切の急所を外して。
「が……ぁ……」
「ケインに言われているし、ボク自身もするつもりがないから、君を殺したりはしない。でも少しだけ……眠ってて貰うよ」
そう言って、ナーゼは精霊王の身体から槍を外し、弓を構え、そのまま射る。麻痺を帯びたその矢は無防備な精霊王の身体に刺さり、暫くして、精霊王は気絶し、動かなくなった。
それを確認したと同時に、緊張の糸がほどけたのか、ナーゼはその場に崩れるように倒れ込んでしまった。
「……っ!はぁ……はぁ……っ!こ、これが、世界樹……到底、ボクが平然と扱えるような代物じゃあないや……でも、これで」
ナーゼは、まともに動かせられなくなった身体を動かし、二人の方を見る。
そこには、倒れ込むナーゼの姿を見て慌てつつも、無事であることを安堵するウィルとビシャヌの姿があった。
「……うん。ボクたちの、勝ちだ」




