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394 勝利条件②

「おりゃあ!」

「ぐほぁっ!?」

「とりゃあ!」

「が――っ!?」



 巨大化した蔦を身体に巻き付け、ナーゼが精霊たちに次々と殴りかかっていく。その動きは、戦闘を生業とする者たちから見れば素人同然、動きも単調で誰を狙っているのかも一目瞭然だった。

 だが、ひたすらに()()

 例え、どれだけ完璧に防御ができたとしても、二度三度と追撃を食らえば、それだけで盾は使い物にならなくなり、突破される。

 人数に物を言わせて進行を遅らせてはいるものの、突破されるのは時間の問題だった。



「~~~♪」

「~~~♪」

「ぐ、っ!また身体が、重……ぐはっ!?」



 さらに、ナーゼの進行を後押しするかのように、彼女の後方から二つの歌が響き渡る。

 一つは、ビシャヌの歌う魅惑の歌。その歌によって、精霊たちはまるで水の中にいるような重苦しさを感じていた。

 もう一つは、ウィルの詩姫(ディーバ)。ただ一人のために歌うその歌は、ナーゼのみを魅惑の歌の呪縛から解き放ち、逆に軽やかに動けるようにしつつ、その()()を抑える役割を担っていた。



「くっ……だったら植物(こっち)から近づいて……!」

「っ!?おいバカやめろ!」



 青年の静止も聞かぬ間に、一人の精霊が植物の中に入り込み、そのまま植物を伝って近づこうと試みる。

 が、近づかれるよりも早く、ナーゼは自身に巻き付く蔦の一部を地面に突きつけると、次の瞬間、痛々しい悲鳴が聞こえてくると共に、先の精霊が、植物から吐き出されるようにして飛び出してきた。

 その精霊は、強い毒に侵されているうえに、痺れているのか、痙攣したまま動けなくなっていた。



「あぁもう言わんこっちゃないってのに――ぃっ!?」

「っ、らぁーっ!」

「ぅぐぁっ!?」



 不意打ちのように突き出された拳を一度は躱したものの、その体勢のままアッパーに移行。

 あり得ない角度で曲がってくる拳に対応しきれず、そのまま吹っ飛ばされた。

 そして気づけば、精霊王の周囲から、他の精霊たちの姿が消えていた。



「うぉらぁぁぁぁ!!」

「くっ、舐めるなっ――!」



 ナーゼの拳と、過多量の魔力を込めた精霊王の剣がぶつかる。その衝突は凄まじく、余波の魔力だけで周囲の精霊たちを吹き飛ばしていた。

 だが、それでは終わらない。

 互いに押し負けまいと力んでいたところで、急に精霊王が力を抜く。結果、ナーゼは倒れかけるように前へとバランスを崩し、その隙をつくようにして、身体を剃らして拳を受け流した精霊王が斬りにかかった。

 しかし、ナーゼは咄嗟に蔦を伸ばして身体に巻き付け、精霊王の剣を受け止める。

 一本二本程度ではそのまま斬り落とされたであろう剣だったが、小さい範囲で蔦を何重にも重ねたことで、剣がナーゼに届くことはなかった。

 それどころか、ナーゼの拳が再びあり得ない角度に曲がり、そのまま精霊王の横腹にめり込んだ。



「ぬっ、ぐぉぉ……っ!」



 ナーゼの拳をモロに食らった精霊王だったが、先ほど以上に無理な体勢からの攻撃だったため入りが浅く、軽く突き飛ばされはしたものの、すぐに体勢を整えることができた。

 そんな精霊王を相手に、ナーゼは次々と殴りかかっていく。相変わらずの大振りかつ単調なため、当たりこそしないものの、その一発一発のプレッシャーから、精霊王をジリジリと追い詰めていっていた。

 だが、追い詰められているにも関わらず、精霊王の表情は酷く冷静なものだった。そして、なにかに気がついたかのように頬を緩ませた。



「……なるほど、そういうことか」

「――なッ!?」

「良いだろう、裏切り者の貴様に使うなど許しがたい屈辱だが、使ってやる。光栄に思うがいい!〝世界樹(ユグドラシル)〟!」



 ナーゼの突き出した拳を躱し、蔦の隙間から見えた腕を掴む精霊王。そして、突然のことに思考が停止したナーゼを他所に、切り札(スキル)の名を叫んだ。

 その瞬間、精霊王の背後に、紋章のようなものが現れる。

 それは、まるで芽吹いた命が成長し、木々となって枝を伸ばし、大樹になろうとしているかのように大きく広がっていく。それに合わせるかのように、精霊王の足元を中心として、緑色の輝きが広がっていく。

 やがて、そんな枝の先に魔力でできた葉が芽生え、それらは足元に広がる輝きの中を、風に身を任せるかのように舞い始めた。

 そして、1枚の葉が、ナーゼに触れた。



「――ッ!?あっ、うぐぁっ!?」

「……やはりな」



 ナーゼに触れた葉が、魔力の輝きとなって消えていく。その瞬間、葉の輝きに触れた部分が浄化されていく。

 ナーゼはなんとかもう一撃を入れようと、捕まれていない方の腕を上げ、拳を叩き込もうとするが、それよりも早く、世界樹(ユグドラシル)の葉がナーゼに触れ、その身体を浄化していく。

 それだけではない。ビシャヌの魅惑の歌によって身体の重みを感じ、思ったように動けなくなっていた精霊たちも、何事も無かったかのように動けるようになっていた。


 そして、スキルを発動してからほんの数十秒。たったそれだけの時間で、ナーゼに絡み付いていた根は浄化し枯れ果て、元の姿に戻ってしまっていた。



「くっ……この――っあ!?」

「「ナーゼ!?」」

「妙な真似はするなよ。さもなくば……」

「「……っ!」」



 元に戻ってしまったナーゼが殴りかかろうとするも、背後から迫ってきていた精霊たちに地面に叩きつけられ、取り押さえられる。

 そしてその首元に、短剣を突き付けられた。

 その姿を見せられてしまっては、ウィルもビシャヌも、歌うのを止めざるを得なかった。



「……それにしても、哀れだな。自らを犠牲にしたというのに、このザマとは。貴様が自らに打ち込んだ()()は、毒物の類いなのだろう?植物の中には、毒を吸って成長するものも多いからな。だが、毒だと分かってしまえば、対処するのは実に簡単だ」



 精霊王の言うとおり、ナーゼが自らに打ち込んだのは、植物の成長を促す薬、その濃度を何倍にも濃くしたもの。

 本来であれば、植物を酷く害すること無く、成長速度を早めるだけの薬だった。しかしそれは、少量ですら劇毒になりかねないものへと変化していた。

 だが、その効力は見てのとおり。精霊と言えど、植物に近しい存在であるナーゼを、一瞬で異常成長させた。その分、ナーゼには想像を絶する激痛も伴っているのだが、そこは自身の薬学と、ウィルの詩姫(ディーバ)で誤魔化していた。


 だが、それも効力を失い、ナーゼは元に戻ってしまった。



世界樹(ユグドラシル)。貴様も精霊であるならば知っているだろう?この世の全ての汚れを浄化せし力。始原の精霊様が我らに授けてくださり、代々精霊王に受け継がれてきた、この力を」



 地面に組み伏せられ、顔を見上げることすら叶わないナーゼを、哀れみの目で見下ろす精霊王。

 その背後に未だ存在している紋章は、まるで、精霊王の威厳を見せつけるかのように輝いていた。



「……まぁ、御託はもう良いだろう。自らを犠牲にしてまで勝ちに来た、その精神は褒めてやろう。だが、貴様は負けた。なにもできず、なにも成せずに負けた。我らの使命を裏切った代償として、この場で、その命を以て償――」

「……ボクたちの、勝利条件は、三つ……」



 もはやお前にはどうすることもできない――そう言い聞かせ、始末の言葉を口にしようとしていた精霊王だったが、ふと聞こえてきた声に、思わず顔をしかめる。

 ナーゼは、未だ精霊たちに取り押さえられ、その顔は地面に付いている。植物に潜り込んで逃げることも、同じく植物と同化できる精霊がいるため叶わない。

 例え、今さら命乞いをしたとしても受け入れられない。もはや殺されるのを待つだけ。

 そんな状況に置かれているにも関わらず、ナーゼは口を開いた。

 瞬間、ナーゼの首元に当てられた短剣が、ナーゼにほんの少し刺し込まれる。それは、精霊たちからの警告だった。だが、ナーゼは構うこと無く、言葉を続けた。



「……っ!一つは、対話による、撤退。でも、君たちは、それに応じることは、無いと分かっていた。……二つ目は、力による、撤退。でも、ボクたちの力じゃ、君たちを追い込むことなんて、できないことも、分かっていた。……だから、ボクたちは、()()()んだ。最初から、最後の勝利条件に、全部、賭けたんだ……っ!」

「貴様、何を――ッ!?」



 その瞬間、ナーゼの背後が輝きを放ち始める。ナーゼが何かをしようとしている―その前に、ナーゼを仕留めようと、短剣を手にしていた精霊は、その短剣をさらに刺し込もうとして――突如、なにかが地面から現れ、そのなにかに突き飛ばされた。

 それだけではない。ナーゼを取り押さえていた精霊も、ナーゼを包囲し、取り囲んでいた精霊たちをも、同じようになにかに突き飛ばされていた。

 そして、そのなにかの正体を知ることができたのはたった三人……未だ矢倉の上にいるウィルとビシャヌ、そして、その範囲に居なかった、精霊王のみだった。

 だが、精霊王の視点は、ただ一点、ナーゼの背中のみに向けられていた。



「……何故だ。何故だ、何故だ何故だ何故だ!どうして……どうして貴様がそれを……っ!」

「……三つ目の勝利条件。それは、君に世界樹(ユグドラシル)使()()()()()()()()()()()()。精霊王様、君なんだよ。ボクたちの、最後の勝利条件を満たしてくれたのは。ボクたちに、勝利をもたらしてくれたのは」



 ナーゼが、おぼつかない足取りで、ゆっくりと立ち上がる。その背中に、()()()()()()()()()紋章を浮かばせ、広げながら。



「だから、感謝の意を込めて、君を倒そう。他でもない、この世界樹(ユグドラシル)の、真の力で」

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