392 裏切りの刃 ③
「私は、彼らに借りを返しに来た。つまり、私はお前たちの敵――裏切り者だ』
「ベト、レイヤー……!?」
「いくぞ』
ベトレイヤー。そう名乗った彼女は、ガラルではなく、冒険者たちに明確な敵意を向けていた。
それは、冒険者たちにとって、見えていた希望から、一瞬で絶望の淵に落とされたような感覚を与えた。
だが、そんなものは彼女には関係ない。ベトレイヤーは剣を構え、地面を蹴る。そして、先の範囲のギリギリ外に居たため―居てしまったため、立ち上がった冒険者の一人を、防具ごと斬った。
「な、あっ……!?」
「こ、この――っ!!」
「……遅い』
「え?あ、ぎっゃ――」
容赦なく斬られ、倒れる冒険者。その近くに居た冒険者が、なんとか立ち上がり、ベトレイヤーに攻撃しようとするも、彼女はその攻撃を軽々と躱す。
そして、無防備な背後に回り込み、そのまま躊躇なく斬り伏せた。
「ひっ――」
「や……そん、な……っ」
希望を見ていた存在が、完全な敵として目の前にいる。その現実が、冒険者たちに絶望をもたらす。
だが、そんな中でもただ一人、老騎士だけは恐れることなく立ち上がり、闘志の炎を燃やし続けていた。
「皆のもの、怯むなぁ!確かに彼女は敵に寝返ったのかもしれぬ!だがよく見たまえ!その動きは、先ほどよりも明らかに遅く、ぎこちない!それは、先の傷が癒えていない証拠に他ならない!」
「……ほぅ』
老騎士の言うとおり、先ほどガラルから受けた彼女へのダメージは癒えていない。それどころか、無理して動いたために悪化していた。
「あの状況でよく観察している。さすがは歴戦の戦士……いや、元バトライヤ公国騎士団長ウィヒリガデナ殿、と呼んだほうがいいかな?』
「……なに?」
老騎士は、彼女の言葉に思わず眉をひそめ、警戒度を一つ上げる。
彼女が出鱈目を言ったから、ではない。彼女が一切の疑いもせず、自身の正体を言い当ててきたことに、思わずそうしてしまったのだ。
「なぜ、我のことを知っている?」
「なぜ?若かりし頃、バトライヤ公国最強とまで言われていたお前を、知らぬ訳がないだろう。数年前に隠居したと聞いていたが、その目も腕も、全盛期とまでは行かずとも、衰えてはいないようだな』
老騎士は、より一層、彼女への警戒心を大きくした。
確かに、彼女が言っていることは事実である。だが、老騎士は一言として、そういったことを思わせるような発言はしていない。せいぜい、士気を高めた程度だ。
その程度の情報で、正体までたどり着けるだろうか?否、それはあり得ない。
そもそも、長いこと騎士団にいたとはいえ、最後に戦場に出向いたのは数十年も前の話。
公国内部ならともかく、他国では一般的な情報、常識ではない。
つまり彼女は最初から、老騎士の正体を知っていて、その上でこうなるように行動していた、ということになる。
そう、つまり、ベトレイヤーは――
「……貴様、どこかの軍、あるいは騎士団の者だな?」
「……おっと、色々と語りすぎてしまったようだな。まぁ、それがバレたところで何も変わりはしないのだが』
自身の身分がバレたにも関わらず、あっけらかんとした態度を変えようとしないベトレイヤー。
そんな彼女の態度に、老いてなお公国に忠義を示していた老騎士は怒りを覚えた。
「貴様ぁ……!それが、国を守るべき者の態度だとでも言うのか!?民の命を背負い、戦う者の態度だとでも言うのか!?それが――」
「それがどうした?』
「――っ!」
怒りをあらわにしていた老騎士の言葉を、ベトレイヤーは一変して強く、そして冷めた口調で遮る。
それは、老騎士はおろか、他の冒険者たちですら凄んでしまうような、静かな覇気が含まれていた。
「確かに私は、国に仕える者だ。だが、それがどうした?言っただろう、私は裏切り者だと。
私は、家族を裏切り、友を裏切り、仲間を裏切り、民を裏切り、国を裏切り、忠誠を裏切り、使命を裏切り、責任を裏切り、責務を裏切り、気高き志も、誇りすらも裏切って、今ここに立っている。それが全てだ。それが答えだ。
貴様がどれだけ語ろうが、私の意思は変わらない。貴様がどれだけ騎士道を信仰していようが、私には届かない。だからもう、貴様は黙れ。これ以上、関わろうなどと思うな。命が惜しいのならな』
淡々と、変わらぬトーンと、有無を言わせないような覇気を以て語るベトレイヤーに、老騎士は言葉を遮り、否定することすらできなかった。
だが、最後に彼女が言い放った一言が、老騎士の逆鱗に触れた。
「……ふざけるな。我に、騎士としての誇りに泥を塗るような真似をする貴様に!降伏などするものか!貴様はここで討つ!この命に変えたとしても!」
「そうか、残念だ。ならば一つだけ教えてやろう』
「うぉおぉぉぉぉっっ!!」
「貴様の敵というのは、一体誰なんだろうな?』
「ぉぉお――ぁがっ!?」
怒りに身を任せ、ベトレイヤーに突撃していく老騎士。だが、その背後に向けて、無情にも巨大な剣が振り下ろされる。
そして、地面に叩き付けられた老騎士を踏みつけながら、剣の持ち主―ガラルは、ベトレイヤーを睨み付けていた。
「……テメェ、オレに不意打ちさせるたぁいい度胸だなぁ?」
「お前が起きてくるのが遅かっただけだろう?』
「ハッ、言ってくれるじゃねぇか。言っとくが、オレはテメェを信用しねぇ。当然だろ?」
「あぁ当然だとも。むしろ、この程度で信用される方が不自然だ』
突然裏切った彼女を信用ならないと言いきったガラルに対し、疑うのは当然だと言い切るベトレイヤー。
その、当たり前だと言わんばかりの態度に、ガラルは少しだけ面白くなさそうに小さく舌打ちをした。
そんな中、ガラルに踏みつけられていた老騎士が、なんとか起き上がろうとしていた。
「ぅ、ぐぐぐっ……!」
「あ?んだコイツ、まだ動きやがるの、かっ!」
「ぉぐはっ!?」
ガラルに踏みつけられた状態から一変、ガラルにおもいっきり腹部に蹴りを入れられ、吹っ飛ばされる老騎士。
だが、数度地面に叩き付けられ、地面を転がりながらも、老騎士はおぼつかない足取りで立ち上がった。
「ほぅ、まだ立つのか。ご老体のわりに対したものだ』
「当、然、だ……っ!彼らの希望が潰えた今、我がここで倒れるわけには、いかぬのだ……!」
老騎士が、二人に剣を向ける。
互いに満足な状態で無いとはいえ、あまりにも無謀な戦いから逃げずに立ち向かおうとする老騎士。その姿に感化されてか、一人、また一人と立ち上がり、その目に再び闘志を燃やし始めていた。
そしてそれは、二人も同じだった。
「これはこれは……嗚呼、ようやく面白くなって来やがったなぁ!?」
「そうだ。立ち上がり、立ち向かわなければ、貴様たちがここに来た意味など無い』
二人もまた、剣を構える。
そして、老騎士が駆け出したと同時に、再び戦闘の幕が上げられたのだった。




