391 裏切りの刃 ②
鬼人の魔石を用いて作られた剣。それを手にする、謎の女。
ガラルは怒りをあらわにしつつも、冷静に攻撃を仕掛け続けていた。だが――
「オラオラどしたぁ!攻めてこいやぁ!」
「言われずともそのつもりだ』
「っ、チィッ!?」
どれだけ手数が多くても、力量に差があれど、彼女はガラルの攻撃を躱し、流し、受け止め、生まれたほころびをつくようにして攻撃を仕掛けてくる。
そのうえ、彼女はその攻撃がどうなろうと、そこから追撃ができるにも関わらず、一度仕掛けたら再び回避などに専念し出す。
ガラルにとってそれは、初めて目の当たりにする戦闘スタイルであり、最もやりづらい相手でもあった。
「クソッ、チマチマチマチマと……殺る気あんのかテメェ!」
「当然』
「なにを「今だ、射てぇい!」――って、チッ!そういうことかよ!」
今度も、彼女は一撃だけ撃ち込んでくる。そこまでは一緒だったが、その後、彼女は回避に移らず、カグナを足蹴にして高く飛び上がる。
ガラルは、すぐに疑問を口にしかけたものの、周囲の冒険者たちが自分を狙っていることに気がつき、即座に飛び上がって回避に移った。
結果として、冒険者たちの一斉攻撃は失敗に終わった。が、ガラルは空中に飛び上がらざるを得なかった。
――そう、回避しようのない、空中に。
「〝紫電覇道〟』
「――っッ!?」
一瞬のうちに、ガラルの頭上に紫電を剣に纏わせた彼女が現れ、地上に向かって高速に落下。
ガラルも反応こそできたものの、空中では思うような回避もできず、左腕に直撃させられ、そのまま地面に叩きつけられた。
「――こな、クソがぁぁッ!!」
地面に叩きつけられた瞬間、カグナを振るうも、彼女は素早くその場から離れ、カグナは空を切り、砂埃を巻き上げることしかできなかった。
そして、立ち上がったガラルの左腕には、大きな刺し傷が残され、そこから流れ出る血が、ガラルの服の左腕部分を赤く染めていっていた。
老騎士も、騎士たちも、冒険者たちも、そんなガラルの姿に、思わず唾をのみこんだ。
自分たちでは、傷一つつけることの叶わなかった相手が、大怪我を負ったという事実。それを、正体不明の女が負わせたという事実。
彼らに、希望が見えてきた。彼女ならば、この鬼人相手でも負けはしない。いや、それどころか自分たちも微力ながら加われば、絶対に勝てると。
老騎士たちが、そんな考えを抱きつつある中、彼女はそんな空気に興味を示そうともせず、今度は彼女からガラルに向かって仕掛けていった。
「っ――!?」
紫電を纏った時ほどではないが、高速で接近しての斬りつけ。それを咄嗟に回避したガラルだったが、先ほどとは射って変わって、彼女は追撃を繰り出してきた。
それらをなんとか捌いていくガラルだったが、左腕の負傷が、ガラルの思っている以上に響いてきており、次第に対処が遅れ始めていく。
だが、そのまま押し込まれてしまえば、ただでさえ囲まれている状況で、より無防備な背中を晒すことになってしまう。
この状況を打破するために、ガラルに残された手段は、一つしかなかった。
「調子に、乗ってんじゃねぇぇッッ!!」
「――ッ!?』
時間にして、僅か2秒。突然、それまで受けに回っていたガラルが、ほんの攻撃の隙をつき、攻撃に転じる。そしてその攻撃は、彼女がこれまで受け、捌き、受け流してきたどの攻撃よりも重く、彼女に襲いかかっていく。
しかし彼女は、そんなガラルの不意打ちにもすぐに危険性を感じ取り、ほぼ無意味になるのを承知で防御を固める姿勢を取る。
そして、ガラルの振り下ろした一撃によって、強く地面に叩きつけられられる。
だが、カグナが直撃する寸前に、身体をほんの少し外側に回転させていたことで、そのまま叩きつけられるのではなく、何度も叩きつけられるかわりに、大きく距離を離すことに成功していた。
「ぐっ……は、っ……!』
とはいえ、そのダメージは図り知れず。
彼女の纏うそれは、身体に襲い来る衝撃を抑えることができるにも関わらず、彼女の身体に多大なダメージを負わせることになった。
だが、ダメージを負っているのは、ガラルも同じだった。
(クソッ……2秒も使わされた……っ!)
ガラルの従魔スキル激震は、貯めの期間が必要になるとはいえ、それに見合うだけの〝一瞬の強力な一撃〟を作り出すことのできるスキル。が、ただでさえ貯めが必要だというのに、その消費量は1秒につき最低一週間ぶん。それに加えて、反動まで返ってくる。
そんなデメリット満載なぶん、一撃必殺とも言えるスキルであることは間違いない。ただし、完璧に命中させられれば、の話だが。
確かに、確実に命中こそしたものの、相手の咄嗟の判断によって、致命的な一撃にまで至ることができなかった。
残されたのは、負傷した左腕と、使用に伴い返ってきた多大な反動。今のガラルは、突っ立っているだけの木偶の坊に近い状態であった。
「っ!総員!このチャンスを逃すな!進めぇい!」
そんなガラルの状態を見て、それまで二人の戦いの激しさに近づくことすらできなかった老騎士が、声を上げつつ前に出る。
さらに、その意図を察して、同じく動けずにいた冒険者や騎士たちも動き出した。
「……ははっ、クソが……っ!」
一斉に向かってくる冒険者たちを見て、ガラルは冷や汗と共に悪態をつく。
もし、ガラルが万全であるならば、この程度であれば問題なく対処できただろう。だが、今の状態では、一部は対処できても他が対応できない。それに、いつ彼女が復帰してきてもおかしくはない。
正しく、絶体絶命の状況。それでも、ガラルの目には、闘士の炎が灯り続けていた。
「上等だ……かかってこいやぁぁぁッッ!!」
傷つくことを恐れず、逆境を恐れず、ガラルは自身の覚悟を咆哮に乗せる。
そして、いざ接敵という、その時――絶望の紫電が上った。
(冗談、だろ……!?)
まだ、激震による攻撃を受けてから、十秒かその程度しか経っていない。完全に入りこそしなかったものの、そう易々と復帰できるような威力ではない。
だというのに、紫電は上っている。その先端に、まちがいなく彼女がいる。
そして、剣を逆手に持ち替えて、その剣先を、地面に向けた。
「……クソが」
もはや、回避することは不可能だということを悟り、ガラルは小さく悪態をつく。そして、来るその一撃に一矢報いようとカグナを構えた。
「〝紫電覇道〟」
そして、紫電は落ちた。
――迫り来る冒険者たちの、中心に。
『ぐ、うわぁぁぁぁっ!?』
ガラルを射つため、前だけを見ていた冒険者たちは、突如落ちてきた紫電に、意図も容易く吹き飛ばされる。
そして、紫電は魔力の風に乗るようにして拡散し、ガラルの背後から迫って来ていた冒険者たちにも襲いかかった。
「……な、なにが起きてやがる……?」
死すらも覚悟していたガラルは、突然のことに思わず唖然とする。
確かに、今の攻撃はガラルを狙っていたもののハズだった。冒険者たちを巻き込んでしまったとしても、確実に致命傷になる一撃を受けるハズだった。
だというのに、その一撃はガラルではなく、冒険者たちの方へと向けられた。
当然、ガラルだけでなく、冒険者たちも、突然の行動に、驚きをあらわにしていた。
「かはっ……!な、なにをする……っ!なぜ、味方を攻撃する……!」
「……味方?私は、お前たちの味方だと言った覚えはない』
先の一撃に巻き込まれた老騎士が、彼女の方を見てそう叫ぶ。
だが、彼女は地面に突き刺さった剣を抜き、ガラルの方へと歩みを進めながら、淡々とそう答えた。
「私がこいつと戦ったのは、その真意を探るためだ。見るだけでは、聞くだけでは知ることのできない、心に潜む真意を知るために剣を交えたのだ。……それに、そもそもお前たちとは前提が違う』
「なに……!?」
そして、彼女はガラルの側に立つと、老騎士に向けて、その剣を向けた。
「私は、彼らに借りを返しに来た。つまり、私はお前たちの敵――裏切り者だ』




