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386 亡霊と幽霊 ③

「私を託す……って、そんなことしたら、レイラは……!」

「当然、この世から消えるだろう」

「――っ!……駄目よ……そんなの駄目!そんなの私が許さな――ぅか―ッ!?」



 ソラが、それを言い終わるよりも早く、レーゼはソラの懐に潜り込むと、装備も服もすり抜けて、ソラの腹部を直接殴った。

 そんな、普通ではありえないような一撃を不意に受け、ソラは息をすることすらままならなくなっていた。

 だが、レーゼはさらに追い討ちをかけるように、ソラの首を掴み持ち上げると、そのまま上昇していく。やがてソラの足は、完全に地面から離れてしまった。



「っ……、ぁ……!」

「……ソラ、君は知らないだけだ。愛したものを、目の前で奪われる絶望を。腐敗と瘴気の籠った深淵に、たった一人取り残される絶望を。日も当たらず、今が何時なのかも分からぬまま、ただ生存を強制され続ける絶望を。私は、そんな地獄の中で生かされた。私の絶望を知らないお前に、私のことを言う資格など無い!」

「レィ……ラ……っ!」



 そこにあったのは、ソラの知らない、怒りに満ちたレイラ……否、レーゼの顔。

 そして、実体を持たないハズのレーゼの手が、ソラの首をよりいっそう強く締め上げる。

 ソラは必死になって踠くものの、地面から離れているためうまく力が入らず、また、どれだけ腕や足を振り回しても、レーゼの身体を透過してしまう。


 そんな、絶望的な状況を覆せる、たった一人が今、動き始めていた。



「――っ!?」

「きゃっ……!?」

「っ、姫様!ご無事ですか!?」

「けほっ、けほっ……ぇ、えぇ……でも……」



 駆け寄ってくる騎士たちを宥めつつ、ソラはレーゼの方を見やる。

 そこには、まるで事切れたかのように静止し、浮遊しつづけているレーゼの姿があった。



 *



「……なんの真似だ、レイラ」



 レーゼは、虫の居所が悪い状態だった。

 ただでさえ、キレかかっていた状況だったというのに、突然レイラによって、意識ごと魂の中に引き戻されてしまったのだ。

 そして、二人は今、魂の中で、初めて面を合わせていた。



「なんの真似……って、そんなの、こっちの台詞だよ。さっきの貴方……ううん、レーゼは今、人を殺そうとした。殺しかけた」

「それの、なにがいけない?彼も言っていただろう。望む未来を手にするためには、時に誰かを殺める覚悟を持たなければならないと!」

「……そうだね、それは否定しない。私だって、その覚悟はしているつもり。でも、戦いの末に誰かを殺めてしまうのと、自らの意識で殺めてしまうのじゃあ、全然違う!

 戦った先で、誰かを殺してしまったのなら、それは戦った末の結末になる。でも、自分の意思で人を殺してしまったら、それはただの殺人になってしまう!」

「……だから、なにが言いたい!?」

「まだ分からないの!?レーゼは今、殺人を犯そうとしていたんだよ!?レーゼがまだ本物(レイラ)だった頃、貴方を苦しめるためだけに殺し続けた、あの貴族と同じことを……同じ轍を踏もうとしていたんだよ!?」

「――ッ」



 レイラは知らない。レーゼのことを、レーゼの心の苦しみを、レーゼの味わった地獄を。

 それでも、()()()()だけは絶対に越えさせてはならないと、強く感じていた。

 だからこそ、後戻りができなくなる前に、なんとかしてレーゼをこちら側に引きずり戻したのだ。



「私は、貴方だった頃のことは、さっき貴方に見せられた映像(もの)しか知らない。でも!たったそれだけでも、レーゼがどれだけ辛くて、苦しくて、悲しい思いをしてきたのかは分かる!だから――」

「分かる……分かる、だって……?」

「……レーゼ――っ!?」



 分かる。その言葉を聞いた瞬間、譫言のようになにかを呟き始めるレーゼ。そんなレーゼの変化に気づいたレイラは心配するも、レーゼは素早くレイラに詰め寄り、今度はレイラの首を強く掴んだ。



「か――っ、レー、ゼ……!?」

「……どいつも、こいつも、どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも!なにも知らないくせに!なにも分かってないくせに!勝手に理解した気になって!勝手に寄り添ってる気になって!私の中に、勝手に土足で踏み入ってくるな!」

「そ、んな、つもり、じゃ……!」

「そんなつもりじゃない?あぁそうだな。レイラ、君にとってはそうだろう。だが、私にとっては違う。私はね、()()してほしくてあんな話をしたんじゃない。私は、君に本物(レイラ)として生きてほしいから話をした。……それなのに!」



 レーゼの、レイラの首を締める力が強くなる。

 とはいえ、レイラは霊体、すでに死んでいる身。首を絞められたところで、なんら意味は無い。しかし、その痛みまで無にすることはできなかった。

 だが、それ以上に――怒りではなく、辛苦に歪んだレーゼの顔が、目に焼き付いて離れなかった。



「どうして私を止めた!どうして私を、あのクズと同じように、消えてもいい存在にさせてくれなかった!」

「……!」

「お前がレイラでいられるのは、私のおかげか?お前が笑っていられたのも、私のおかげか?いや違う!全てお前が、お前自身の手で手に入れたものだ!私では手に入れることのできなかった喜びを、楽しみを、お前自身の手で掴みとった!ならばもう、私は必要ない。私が消えれば、お前が本物になれる!だから――」

「違う!」

「――ッ!?」



 レーゼの腕を掴みながら、レーゼの言葉を遮るように、レイラが叫ぶ。その剣幕に、レーゼは思わず言葉を詰まらせた。



「レーゼ……!貴方は、そんなこと、望んでなんか、ない……!自分が消えればなんて、思って、ない……!」

「なにを言って……そんなこと、あるわけな――」

「本当に消えたいって思ってたのなら、私にこんな記憶、見せたりなんかしなくていい!わざわざこんな回りくどいことなんかせずに、私に黙って、勝手に消えればいい!そうしなかったのは、本当は消えたくないって、そう思っているからじゃないの!?」

「……っ!」



 虚をつかれたかのように、レイラを締めていた手の力を緩めるレーゼ。その瞬間、レイラは顔を上げ「ぷはっ!」と声を漏らしながら、大きく息を吸い込むと、再びレーゼと向き合った。



「レーゼの言いたいこと、考えてること、やりたいこと……もし全部を理解できるなら、もしかしたら、納得できたのかもしれない。……でも!全部が全部わからないからこそ、わかることだってたくさんある!

 本当は消えたくないのに、私のためにって自分の気持ちを押し殺して、消えようとして!本当は私が知らなくてもいいことを、自分が生きていた証を残そうと、無理矢理教え込んで!

 ……その先で、もし、貴方が本当に居なくなったとして、たとえ貴方が満足だったとしても、私は!全っ然嬉しくない!全部全部、ぜーんぶ!貴方の自分勝手!そんなので、私が喜ぶわけないじゃん!」

「……っ、だから!私のことをなにも知らないくせに、分かった気で話すなと何度も――」

「なにも知らないのなんて当然でしょ!?だって私は、今日、初めて貴方に会ったんだもの!」

「――っ!」



 レイラの言葉を受け、レーゼはついに、言い返す言葉を失った。

 もし、相手がソラであれば、まだいくらでも言い返せただろう。だが、レイラの言うとおり、レイラとレーゼは今日、初めて真正面で向き合った。しかしそれは、決して対等なものではない。だからこそ、レーゼの言う「私のことを知らないくせに」は、レイラには効力が薄い。

 なにせこの言葉は、相手が自分を、あるいはお互いに見知っているからこそ最大の効力を発揮するもの。

 レーゼはこれまで、魂の中からレイラのことを見ていた。だが、レイラはレーゼが自分の中にいることすら知らなかった。

 たったそれだけのことで、レーゼは切り札を封じられてしまったのだ。



「過去がどうとか、名前がどうとか、そんなのどうだっていい!私は私で、貴方は貴方!姿や見た目が同じでも、私たちは違う存在!だから私は貴方になれないし、貴方を私に重ねることだってできない!

 だから、何度だって言ってやる!何度だって止めてやる!だからもう、消えたいなんて言わないで!消えようなんて思わないで!私の中で……ううん、私の隣で、これから先の未来を一緒に過ごして!レーゼ!」



 一緒にいよう。

 それは、レイラのただひたすらに、まっすぐで純粋な願い。レーゼの考えを真っ向から否定し、共にありたいと願う、たったそれだけの願い。

 そんな願いを聞いたレーゼは、うつむきながら、ふらふらと後ろに下がっていた。そして、少しだけ距離が離れたところで、ぽつりと口を開いた。



「……レイラ、お前は馬鹿だ。私の気持ちなんか考えず、ただ思ったことを口走っている。お前の中から見てきた、彼と同じように、な」

「……」

「レイラ、お前に問う。お前はこの先、更なる困難に見舞われるだろう。その時、お前は越えられるのか?」

「大丈夫だよ。ケインが、皆が……レーゼが、居てくれるから」

「く、ふふふっ……そうか」



 レーゼは顔を上げ、レイラに近づいていく。そして――



 *



「――っ、姫様!」



 騎士の一人が、少女が目を開けたことに気がつく。他の騎士たちも、ソラを守るように配置についた。

 そしてソラは、目を覚ました少女を見て、一つ問いかけた。



「……貴方は、()()()ですか?」



 目の前にいる少女は、レイラとレーゼ、どちらなのか。それは、ソラにとって大事なことだった。

 もし、目の前の少女がレイラと名乗ったとしたら、彼女はもしかしたら――そんなことを、考えてしまっていた。



「ん?どうしてそんなことを聞くの?」

「答えてください!貴方は、どちらなのですか!?」

「えー、どーしよっかなぁー?」



 悪戯に笑い、答えを焦らしていることを楽しんでいるような少女。その様子を見て、ソラは確信した。してしまった。

 今目の前にいるのは、レイラ。レーゼではない。つまり彼女はもう――そんなことが頭を過りかけたその時、少女に異変が起きた。



「……ぅひゃおっ!?ビックリしたぁ……もうなに?これからが面白いところなのにぃー……わかった、わかったってばぁ」



 まるで、ソラたちには見えない()()と会話しているかのように、不自然すぎる独り言を言い出す少女。

 そんな不自然な行為に困惑を隠せないソラたちを放っておきながら、少女は改めて、ソラの方を見た。



「こほん。私が誰か、という問だったか?私はレイラだ。今の私は、ね。さぁ、これで問答は終わり。今再び戦闘を――え?ふざけすぎ?なにさー!真面目にやれって言ったのそっちじゃん!私なりに真面目にやったよ!?なのにその反応は酷くないかな!?」

「え、えぇっと……」



 真面目な口調―と見せかけて、おふざけの混じった声色で語りかけてくる少女(レイラ)。だが、すぐに一人問答を始めるレイラに対し、ソラは思わず困惑の声を漏らしていた。

 やがて、レイラは()()との口喧嘩を終えたのか、深く息を吐くと、最初に見せたような表情で、にやりとした笑みを浮かべた。



「それじゃあ改めて。私はレイラ、ゴーストのレイラ。けれど私は一人じゃない。私たちは二人で一つ、一人で二つ!さぁここから、もう一度始めよう!私たちの物語を!」



 *



「く、ふふふっ……そうか。……それなら、もう少しだけ一緒にいてやる。だから、私を失望させないように頑張ってくれよ?レイラ」

この二人の回、こんなに難航するとは思ってなかったんです……

想像の数十倍カロリーを消費したので、暫くはカロリー控えめの話を書きたいと思います……

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