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385 亡霊と幽霊 ②

激長台詞回です。

「レー、ゼ……?な、なに言ってるの?貴方はレイラ、レーゼなんて名前じゃない。そうでしょ?」

「間違ってなんかいない。私はレーゼ。今の私に、他の名前なんて存在しない」

「……っ!」



 レイラ改め―レーゼがそう断言すると、ソラはありえない、といった表情のまま後ずさる。

 そして、ソラと同じような状況に陥っていた者がもう一人いた。それは、レーゼによって心の底に引き込まれた、レイラであった。



『……どういう、こと……?貴方が本物のレイラで、でも名前はレーゼで……じゃあ、私は……?』

『落ち着け、レイラ。今からちゃんと説明するから、よく聞いていな』



 レーゼは、自身の中に居るレイラに語りかける。レーゼがわざわざレイラを眠らせずに入れ替わったのも、それが目的だった。



「全ては、愚かな貴族の野望から始まった」



 そんな冒頭から始まったレーゼの話は、ソラの、そして、レイラすら知らないものだった。

 裏切りの貴族、一族の滅亡、自身が身を以て体験した絶望。

 その一つ一つが語られる度、ソラたちは息をするのを忘れ、表情を曇らせ続けていた。



「……牢の中は、酷い有り様だった。日に日に投げ込まれ、積み上がっていく死体の山。日が立つにつれ、酷くなっていく腐敗臭。私が餓死しないよう、食事を無理矢理口に入れさせられる日々。日の光は届かず、ただただ暗い檻の中で、常に悪い空気に晒される。そんな日々が続けば、私が壊れてしまうのも、時間の問題だった。

 そんな時、私の生存本能が、(レイラ)という個を守るために、一つの人格を産み出した。それは、虚無の人格。この世の全てに絶望し、未来の希望を無価値とする、ただそれだけの人格。私は、その人格を表に出し、(レイラ)を魂の底に引っ込めることで、私の心がこれ以上磨り減り、壊れることを抑え込んだ。

 ……だが、どれだけ心を保とうと、身体の限界は近づいてきていた。そんな時だ、彼が―ケインが連れてこられたのは」



 ソラたちが絶句し、声も出せない中、一人、別の意味で声を出せなくなっていた人物がいた。レイラだ。

 当然、レイラもソラたちと同じように、絶句している。だが、レーゼが一つ一つ語るたび、レイラの中に、レイラの知らない映像が流れ込んできていた。

 それらは、レイラの中に存在していなかった部分を埋めるかのように、カチリカチリとはまっていっていた。



「私は、彼が連れてこられた経緯を知り、もはやデュートライゼルは、クソ貴族の手に落ちたことを、改めて思い知らされた。そして、私にはもう、どうすることもできないことも。

 だから私は、彼に文字通り、全てを託すことにした。私が得たもの、受け継いできたもの、その全てを。

 その後のことは、あまり覚えてない。暫くして、彼が連れていかれ、檻には脱け殻になった私と、沢山の死体だったものだけが残された。そして、全てが崩れ――私は死んだ。

 ……死んだ、ハズだった」



 レーゼは、自身の手のひらを見る。

 あの日、確かにレイラ(レーゼ)は死んだ。メリアが暴走し、全てを破壊したことで、地下牢も崩壊し、レイラ(レーゼ)は生き埋めにあった。

 拘束され、動かない身体に瓦礫がのしかかる。激痛に喘ぐ暇もなく、瓦礫は積み上がり、その重さでレイラ(レーゼ)を形を留めることなく押し潰す。

 そうして、彼女は死んだ。その感覚を、あの日味わった痛みを、レーゼは今も覚えていた。



「……気がついた時には、外に居た。全てが崩壊し、全ての命が奪われ、積み上げてきた歴史の全てが無に帰った、外の世界に。

 それと同時に、私はゴーストになったのだと悟った。……いや、悟った、というのは少し違うな。私はゴーストになったということを、半ば強引に理解させられた、と言うほうが正しいのか?

 まぁとにかく、全てが失われたあの町で、私だけがゴーストとなり、この世に留まることになった。未練がない、というわけでもなかったからな。望んでなったわけではないが、

 ……だが、私にとって、ゴーストになったこと以上に想定していなかったことが二つあった。一つは、主となる人格が私ではなく、虚無の人格であったこと。そしてもう一つは、その虚無の人格が、()()していたことだ」



 レイラの中に入ってきていた映像が、そこで唐突に途切れる。その理由を、レイラは誰よりも知っていた。

 何故ならその先の光景は――レイラがあの日、初めて見た光景なのだから。



「光景が見える、音が聞こえる。それなのに、身体は自分の意思で動かせず、身体に伝わる感覚が何一つ届かない。そこでようやく気が付いた。私という人格が、私の魂の中に閉じ込められているということに。(レイラ)を守るために作り出した人格が、私を閉じ込め、主体と化している事実に。

 私は、なんとかして手綱を取り返そうと試みた。しかし、ゴーストになった際、魂も強く傷つけられたのか、それは叶わなかった。

 ……だが、目覚めた人格の様子を見て、私は呆気に取られた。なにせその人格は絶望などしていない――どこまでも他者を明るく照らすような……そんな人格へと変わっていたのだから」



 *


『くっ……!やはりダメか……せっかく、ではないが、ゴーストになったというのに、これでは意味がな――』

「……はっ!?あ、あれ?わ、私は一体どうなって……って、うぇぇぇっ!?なにこれ!?私、宙に浮いてる!?」

『――ッ!?』

「ってか、これどういう状況なの!?私たちの町が、こんなメチャクチャに……ま、まさか、ケインたちがやったってこと……?で、でも、私が渡したスキルだけじゃ、こんなことには……」

『……どういう、ことだ?』


 *



「ただ明るくなっただけじゃない。その人格は、ケインにスキルを託したことを知っていた。スキルの受け渡しは、私が行ったというのに、だ。

 そうしてしばらく困惑を繰り返していた彼女だったが、ようやく行動を開始した。なにかに引き付けられるように、誰かの元へと急いでいるように」



 *


「どうしてここに君がいるんだ!?レイラ!」

「ふふっ。久しぶりだね、ケイン」


「ゴースト……ということは……」

「うん。死んじゃったみたい」


「……全部、話すつもりなんだな」

「うん」


「分かった。これからよろしくな、レイラ」

「うん!よろしくね!」


 *



「彼の元へとたどり着いた後、彼女の語る彼女のことを聞き、私はようやく理解した。彼女は、私の記憶の一部―それも、辛く、苦しい記憶だけが抜け落ちた(レイラ)であると。

 ……私は、どんな気持ちになったらいいか、分からなかった。私が、どれだけ辛い思いをしてきたのか、どれほど傷付き、苦しみ、何度も絶望しかけたか。

 それを知らずに、笑っている私に対して怒りが込み上げていた。でも同時に、羨ましくも感じた。……私も本当は、あんなふうに笑っていられたんじゃないかって、あんなふうになりたかったんじゃないかって、そう思ってしまったから」



 *


「あ、じゃあ私、様子を見に行ってもいい?ついでに起こしに行ってくるー!」


「はいけってーい!メリア、案内よろしく!」


 *



「……でも、現実はそんなに簡単なものじゃない。あの日、ウィル(仲間)が敵の罠に捕まって、彼が、私が侮辱された時、私の中が、()()()()()()で塗り潰されそうになった。

 当然だった。今でこそ、感情の制御はできるようになってはいるけれど、当時の(レイラ)はそうではなかった。苦しみを知らず、憎しみを知らない。人が持つ負の感情、その一部が欠けた存在だった。だからこそ、闇に堕ちやすい。

 そして、それは同時に、私にとってもまたとないチャンスだった。(レイラ)の感情は、どこまで行っても純粋で、明るいもの。だから、どれだけ策を講じても、私が表に出ることは叶わなかった。

 けれど、その純粋さが壊れた今ならば、私が私を取り戻すことも可能だと、そんな確信があった。実際、闇に染まりつつあった(レイラ)を引きずり込んで、入れ替わることはできた。

 ……でも、私は思ってしまった。これで、本当に良いのか……って」

「そんなっ……レイラは自分を取り返したかったんでしょう!?だったら――」

「ソラ、君の目線なら、そうだろう。でも、私の目線では違う。確かに、彼女はオリジナルの(レイラ)じゃない。でも、私よりも楽しそうで、私よりも幸せそうで―私よりも、笑顔で満ちていた。

 ……それなら、()はどうだ?確かに、理不尽な現実に抵抗した。抗った。模索した。それなのに結局、ただ苦しみから逃げるために、自分(レイラ)を守るという言い訳を作って、虚無だけが全ての私を産み出した私はどうなんだ!?」

『……っ』



 魂の中で、レイラが息を詰まらせる。

 レイラは知らなかった。自分(レイラ)に、そんな過去があったこと。そんな経験をしていたこと。

 今だって、レイラにとっては現実味が無さすぎた。それなのに、この身体が、魂が、本当だと、現実の出来事だったと訴えかけてくる。

 そして、それらが聞こえてくる度に、同じように感じ取ってしまう。レーゼの覚悟と、それ以上の後悔を。



「……別に、誰が間違っているだとか、そういう話じゃない。ただ、私は考えてしまった。(レイラ)の歴史を奪った先で、私は私で居られるのかって。

 確かに、彼女が過ごした時間は数日だ。けれど、その数日が、私にはあまりにも眩しすぎた。私が諦めた未来。私が手にできなかった光景。その全てを、(レイラ)が手にしていた。

 そんな、(レイラ)が勝ち取った日々を、私が奪い、また虚無と無価値な存在へと戻せるのか。……私には、できなかった。だって私は、全てを諦めた側なのだから」

「レイラ……」

「……だから私は、レイラ()であることを捨てた。本物が虚となり、偽者を本物にする。そうすることで、私はこれから先のレイラを、託すことにした。

 ……けれど、それだけじゃあ足りない。まだ精神的な不安定さが残っている以上、また()()なることがあるかもしれない。その時のために、私は嘘をついた。レイラに、私の存在を悟られないようにするための嘘を」



 *


「私の名か?そんなものは無い。だが、私が何者かは知っている。レイラの別人各、と言えば分かりやすいかな?」


「そうだ。お前と出会ったことで、お前から話を聞いたことで、レイラは悲しみ……そして怒った」


「ケイン、普段のレイラはまだまだ子供だ。お前が居るからこそ、レイラは安心できる。

 レイラを……()をよろしくな。ケイン……」


 *



「そして私は、レーゼに成った。本物であったことを捨て、全てを偽り、レイラがレイラ()であるために、レイラを守るための存在となった。……けれど、それも今日で終いだ」

「『……え?』」

「私の存在理由は、レイラが成長し、自分の意思で困難を、苦痛を、激昂を、乗り越えられるまで支え続けること。今のレイラなら、私の支えが無くても問題ない。

 だから今度は、()を託す。それが私の、最後の役目だ」

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