384 亡霊と幽霊 ①
二ヶ月も期間を空けてしまい、大変申し訳ありません。
1話目こそ早々に書き終えたのですが、残り2話が難航してしまい、気付けばこんなに期間ががが……
前回同様、三日連続で20:00に更新致します。
それでは本編、どうぞ。
「ほいっ、よっ、はっ」
「ぐっ……!このっ!」
それなりに広いものの、狭さを感じる通路の中で、レイラの操る岩の渦、その中心に閉じ込められたソラと彼女の騎士たち。
レイラは、その渦から無作為に岩を飛ばしては補充を繰り返し、じわじわと追い詰めていく作戦に出ていた。
……まぁ、レイラはゴーストであるため、対抗策を持たない彼らでは、一太刀浴びせるどころか、そもそもレイラに触れることすら叶わないのだが。
そんな中、ソラは一人、レイラのことをじっと見続けていた。
ソラにとって、レイラは数回しか交流がないとはいえど、大切な友達だった。
そんなレイラが、自分のことを覚えておらず、さらには攻撃まで仕掛けてきたことにショックを受けた―というのもあるが、それ以上に、今のレイラからは、違和感しか感じなかったのだ。
自身の記憶と、今目の前にいるレイラ。同じに見えて、全く違う。そんな違和感は、時間が立つにつれ肥大化し、やがてソラは唐突に、一つの結論に達した。
「……違う」
「姫様?」
「貴方は……貴方はいったい、誰なんですか!?」
それは、不可解極まりない問いかけだった。
なぜならソラは、目の前にいる彼女を「レイラ」と、誰かが先に言うまでもなく、自身の口で呼んだのだ。
それなのに、彼女に対し「誰だ」と問いかける。その真意を、レイラを含め、誰一人として理解できていなかった。
「だ、誰って……貴方も言ったでしょ?私はレイ――」
「違う!貴方はレイラじゃない!」
「――っ!?」
自身の否定。その強さに、レイラは思わず攻撃の手を止めてしまう。
だが、そんなことはお構い無しに、ソラはさらに切り込んでいく。
「わたしの知ってるレイラは、冷静で、落ち着きがあって、怒った時はちょっぴり怖かったけれど……本当に同い年なのかわからないくらいカッコよかった!でも、貴方は違う!無邪気で落ち着きのない、子供そのもの!そんなの、わたしの知ってるレイラじゃない!」
「そ、そんなこと言われても、私はレイラで――」
「それに!レイラはわたしのことを、友達だって言ってくれた!たった数回しか会ったことがなかったけれど、その数回は、とっても楽しいものだった!
なのに……それなのに貴方は!わたしのことを知らないと言った!それはありえない!だってレイラは、わたしとの時間を楽しかった、って言ってくれた!忘れない、って言ってくれた!」
「……っ」
「ねぇ教えてよ、貴方は誰なの!?どうしてレイラの姿をしてるの?レイラはどこにいるの!?答えてよ、ねぇ!」
ソラに剣幕をまくしたてられ、レイラは思わず後ずさるように後退する。
実際のところ、レイラは思うところがあり、攻撃の最中も、ソラのことを思い出そうとしていた。
だが、どれだけ思い出そうとしても思い出せない。それどころか、ケインと初めて出会った日、それ以前の記憶が欠けていた。
自分が勇者の末裔であったこと、地下牢に閉じ込められることになったきっかけ。それらのことは思い出せた。だが、それ以外のことは、全くと言っていいほどに思い出せなかった。
両親の名前も、城で良くしてくれた人の名前も、自分を閉じ込めた貴族の名前すらも。
ソラは、自分の知らない自分を知っていて、その上で、自分はレイラじゃないと言い切った。
それに反論できるだけの情報が、レイラの中には存在していなかった。だからこそ、レイラはソラに抗議しようにも、強く行くことができなかった。
レイラに攻撃は通らない。それなのに、レイラは自身の存在の否定によって、精神的に追い詰められつつあった。
そんな時だった。その声が、レイラに聞こえてきたのは。
『……潮時だな』
「……え?」
突然聞こえてきた声に、思わずレイラは思考を停止させ、呆けたような声を漏らす。
慌てて周囲を見回すものの、声の主らしき人影はどこにもなかった。
「だ、誰……?どこ?どっから声が……?」
「……?なにを言っているの?わたしの質問に答えなさい!」
おどおどしていたかと思えば突然止まり、誰かを探すように周囲を見回すレイラ。そんな不可解な行動に、ソラは思わず叫んでいた。
当然だ。なにせレイラの言っている声の主は自分なのだから。それなのに、どうして誰かを探すような素振りを見せるのか。ソラには理解できなかった。
――ソラの視点では、こうなっていた。
だが事実は違う。
レイラが聞いた声は、ソラのものではない。ソラの周囲にいる騎士たちのものでもない。
その声は、レイラにしか聞こえていなかった。そしてその声は、レイラに再び語りかけてきた。
『気持ちは分かるが、一旦落ち着け。話が続かないだろ?』
「え、あ……うん……」
『よし。そしたら、私の言うとおりにしてくれ。まずは気持ちを落ち着かせろ。私以外の声が耳に入らないくらいにな。そうなったら、次は心を沈めろ。眠るような感覚で、心の底に触れるようにな』
「わ、わかった……」
レイラはよくわからないまま、聞こえてきた声の言うとおりにする。
次第に、レイラの耳に、ほとんどの音が届かなくなる。ソラの叫び声も、小言のように聞き取れなくなっていた。
そして、レイラは眠るように目蓋を閉じて、心を沈めていく。そのやり方があっているのかは定かではなかったが、レイラは自分の魂の中に入り込んだような、そんな感覚に襲われた
「あぁ、それでいい。上出来だ」
『――っ!?』
その時、ハッキリとした声が、レイラの耳元で言葉を発した。
次の瞬間、レイラの身体を誰かが掴み、そのまま魂の中の、真っ白な空間に引きずり込んでしまった。
そして、レイラと入れ替わるかのように、その誰かが浮上していくのを、レイラは見ていることしかできなかった。
だが、レイラは、状況が分かっていないにも関わらず、呆けることしかできなかった。
水中に沈められたように、身体が上手く動かせないのもあるが、問題はそこではない。
レイラを引きずり込み、入れ替わるように浮上していった声の主。
その顔が、レイラの眼に焼き付いて離れなかった。
なぜならその顔は、雰囲気こそ違えど、自分自身の顔だったのだから――
謎の行動を取ったかと思えば、突然眠るように静まり返ったレイラ。
その行動に、困惑を隠せないソラだったが、まるで目覚めるかのように、レイラがその瞳を開けた。
勿論、ソラは一言言ってやろうとして―思わず、息を飲んだ。
当然だが、顔が変わった訳じゃない。姿が変わった訳でもない。
ただ、まるで別人になったかのように、纏う気配が違っている。そしてそれは、ソラのよく知る気配だった。
「レイ、ラ……?レイラよね?」
「……あぁ、久しいな。ソラ」
それを聞いた瞬間、ソラの心は、一気に曇りが晴れたような感覚に襲われた。
声は同じだ。だが、声色は全く違う。
そして何よりも―自分の名前を知っている。
それだけでソラは、目の前にいるレイラが、レイラ本人であると確信した。
「よかった……本当によかった……!言いたいことはたくさんあるけれど……ごめんなさい、今は待ってて。わたしは、貴方の友達として、貴方の仇を取らなきゃいけないの。だから――」
「その必要はない」
「――え?」
レイラとの再会を喜びつつも、敵討ちのために先に進もうとするソラ。
だが、彼女はソラの言葉を遮ると、静かになってから止まっていた岩の渦を、再び発生させた。
「レ、レイラ?なにを、しているの?」
「なにを……?決まっているだろう、私の敵を足止めしているんだよ」
「敵……?な、なにを言ってるの?わたしは味方よ?貴方は死んでしまって、わたしはその敵討ちのためにここまで――」
「ソラ。そもそも、前提から違っている。私を殺したのはケインたちではない。寧ろ彼は、ある意味私の恩人だ。死の縁にいた私に、最後の渇望を与えてくれた、ね。そしてもう一つ、訂正してもらわねばならない」
訂正、という言葉を聞いたその瞬間、どういうわけか、ソラは強烈に嫌な予感に襲われた。
その先の言葉を聞きたくない。聞いてしまえば、ただでさえここに来た目的を否定されたのに、これまでの全てすらも否定されてしまう、そんな予感がしていた。
だが、ソラに彼女を止める術はなかった。
「レイラという名は、確かに私のもの。だが、それは過去の話であり、この私のものではない。レーゼ。それが今の、私の名だ」




