380 因果、因縁、あるいは偶然 ③
精霊王。それは、世界中で誕生する精霊たちを束ねる者に与えられる称号であり、一定の周期を境目として、代々次の者へと受け継がれていた。
精霊王の役目は二つ。一つは先のとおり、精霊たちを束ねること。とはいえ、全ての精霊たちを束ねるわけではない。
精霊の中には、自らの在り方を定めたり、居心地の良い場所を見つけ、そこに留まったりする者もいる。そういった者たちは、精霊王の元には集まらず、あるいは去っていく。
言うなれば、精霊王とは、子が自立するまでの間、面倒を見る保護者のようなものなのだ。
そして、もう一つの役目。それは、世界の自然が危機に晒された時、精霊たちを引き連れ、母なる自然を守り抜くこと。
精霊たちにとって、自然とは、母親そのもの。
草木や花が無ければ、精霊たちは人とまぐわう以外での誕生はせず、その身に宿す力を発揮できない。
故に精霊たちにとって、自然を脅かしかねない騒動は、種そのものの危機となるのだ。
そうなった時、精霊たちを纏めあげる役割を担うのが、精霊王と言うわけだ。
さて、どうして突然、精霊王について語ったのか。それは、よりにもよって、彼女が精霊王と出会ってしまったからである。
「なんのつもりだ、それは」
「なにって、それはもちろん、ボクたちの敵に弓を向けているだけだけど?」
「敵、だと?同じ精霊である貴様が、精霊王である私を?……愚かな。どうやら貴様は、精霊としての誇りを捨てた、愚者に成り下がったようだな」
精霊王に向かって、弓を構えたドリアード。ナーゼとて、精霊が精霊王に歯向かう行為が、どれだけ危険な行為なのか分かっていないわけではない。
精霊王は、全ての精霊たちの代表。その精霊王に矢を向けるということは、全ての精霊族を敵に回したのと同義。それ故に、精霊王はナーゼの行動を、愚行として非難したのだ。
だが、そんな精霊王に対し、異を唱える者たちがいた。
「それは聞き捨てなりませんわね。彼女は覚悟を持って、ここに立っているのですわ」
「例え、これまでの全てを投げ捨ててでも。貴方たちと敵対するとしても。大切なものを守るために、望んだ未来を掴むために。立ち上がった彼女は、決して愚者などではありません」
そう言って、ナーゼの隣に立つは二人の人魚。
彼女たちもまた、精霊王に対し、攻撃の姿勢を構えていた。
「……まぁ、そんなことはどうでもいい。我らの行く手を阻むというのなら、我らの自然を脅かそうというのなら、排除するのみだ!」
そうして、精霊王率いる精霊たちは、一斉にナーゼたちに襲いかかっていった。
*
「……いやぁ、そりゃあ強いってのは知っていたが、これほどとはな……」
目の前に広がる、一方的な蹂躙を見て、冒険者たちはひきつった笑みを浮かべていた。
彼らの視線の先にいるのは、1体のモンスター。それは、デーモンと呼ばれるAランクのモンスターだった。そんなデーモンに指示を飛ばす男もまた、彼らの視線に映っていた。
「当然だ。高い報酬に加え、道中の負担を全額持つという条件を出してでも、こいつをテイムしたんだからな」
そう言って、恐れることなくデーモンをペシペシと叩いているのは、テイマーのリンキス。
デーモンをテイムするにあたって、リンキスはそれまでの全財産をほぼほぼ使い果たした。
だが、その分の成果は上げることができたし、何よりもデーモンという、リンキスのランクからすれば過剰とも呼べる戦力が手に入ったのは、リンキスにとって大きなプラスとなった。
しかし、リンキスがデーモンを求めたのには、理由があった。
(……欲しい。欲しい欲しい欲しい。あの鬼人、あのアラクネ、あのハーピー。アイツらを手に入れられれば、もっと上位の存在を……それこそ、ドラゴンだってテイムできる!)
かつて、リンキスは闘技場でガラルたちと戦い、そして敗北した。だが、敗北の刹那に見せつけられたその強さに、リンキスは酷く魅了されてしまっていた。
それからというものの、リンキスは改めてテイマーとしての技術を高め上げることに専念していた。
デーモンのテイムも、それこそ一人で行ったわけでは無かったが、リンキスのテイマーとしての成長が、デーモンのテイムを可能としたのだ。
そんなこんなで、悠々と進んでいくリンキスたちだったが、次の空間に足を踏み入れた時、しかめっ面になった。
「チッ……よりにもよって沼地かよ」
そこは、泥沼というよりも、多少ぬかるんでいる程度の浅い沼地だったが、沼地という場所の厄介さを知らない彼らではない。
動きづらく、踏み込みも甘くなる。そのうえ、下手をすれば足が沼にはまる可能性もあると考えれば、沼地での戦闘は基本的にするべきではない。
そのため、リンキスたちもさっさと先に進もうとしたのだが、ふと、沼地にへたりと座り込む子供の姿を見つけてしまった。
「……は?なんでガキがこんなところにいるんだ?」
「大方、ダンジョン化に巻き込まれたとかそういうもんだろ?んで、どうする?」
「どうするもなにも、怪しさしかねぇだろ。無視だ無視」
「おいおい、そいつはかわいそうじゃあねぇか。みたところ女の子っぽいし、こんなところに置いていくってのは後味悪いだろ?うっし、俺が行ってくるぜ」
そう言って、一人が集団から離れ、少女の元へと歩み寄る。無視をしようとしていたリンキスも、結局気になってはいたのか、遠くからその顛末を見ていた。
「どうしたんだいお嬢ちゃん、こんな場所で一人か?パパやママはどうした?」
「……」
少女はふるふると首を振る。それと同時に、お腹がくるる……と鳴き声を上げた。
「なんだ、お腹がすいてんのか?だったらほれ、コイツをやろう」
「……ぃい、の?」
「あぁ。非常食だから味はあんまりしねぇが、腹は少しくらい膨れるだろうよ」
「ぁいがと!しょれじゃあ……いただき、ます♪」
「……え?」
それは、一瞬の出来事だった。
男が差し出してきた手に、キラキラとした表情を見せながら、少女が小さな手を被せる。
次の瞬間、少女の頭が膨張したかのように大きくなり、歪なまでに広がった口を大きく開けた。
そして、なにが起きたのか、それを考えさせる暇も与えず、その口で男をまるのみにしたのだ。
「……は?」
突然の出来事に、思考が停止するリンキス。
だが、本能は察していた。あれは、あの少女は、間違いなく自分たちの敵であると。
そして、少女は男を完全に飲み込むと、ふらりと立ち上がり、リンキスたちの方を見た。
「ルー、まだ、足りにゃい。だから、もっと食べう!」
そう言って、スライムは一人、満面の笑みを浮かべていた。
*
人が、絶望を感じた時、理不尽と対峙した時、その者はなにを思い浮かべるのだろうか。
両親?家族?恋人?それとも友人?
答えは簡単だ。そんな暇はない。
絶望とは、理不尽とは、存在そのものが無情である。故に、出会ってしまったが最後、彼らに訪れるのは、走馬灯すら見ることの叶わない死の時間のみ。
「ようこそおいでくださいました、我が君に歯向かわんとする愚かなる者たちよ。その素晴らしき正義を憎悪のままに、壊してさしあげましょう」
天使という名の理不尽は、目の前に現れた彼らに、笑顔を以て絶望を振り撒くのだった。
*
トリーシュ、ロゼッタ、バンクの三人は、同じくエクシティや、他の街から出発した冒険者たちと合流し、ダンジョンを進んでいた。
三人にとって、ケインとはランクアップの試験時に一緒にいた程度であり、対して関わっていたわけではない。
だが、そんな短い時間でも、ケインと、ケインの周りの強さは知っていた。
あれから、ケインがどのような力を得たのかは知らないものの、あの後、無事に昇格し、Aランクが三人になったことで、トリーシュたちは、なんとか戦えるだろう、そう思っていた。
しかし、彼らがケインの元にたどり着くよりも先に、あまりにも場違いで、違和感しか感じない人物を前にして、その足を止めざるを得なかった。
「待機、お待ちしておりました」
「……お前は?」
彼らがたどり着いた場所は、いわゆる渓谷と呼ばれる場所。川、と呼ぶには浅すぎる水位ではあるが、しっかりと水が流れており、周囲は灰色の岩でできた断崖で覆われていた。
そんな場所で――メイドが一人、待ち構えていたのだ。
「これは失礼いたしました。当機は機巧人形ベリュネティア――改め、ティアと申します。さて、早速ではございますが、本題と参りましょう。ここまでご足労していただき大変恐縮ではございますが、ここで踵を返し、お帰りいただくことを推奨させていただきます」
名乗るや否や、帰れ、と提案されるトリーシュたち。その様子に一瞬圧倒されていたが、首を振って武器を構えた。
「……悪いが、それはできない。オレたちにも、事情ってものがあるんでな。もしお前がオレたちの行く手を阻むと言うのなら……分かるよな?」
「そうですか……交渉決裂と判断。及び、完全なる敵対を確認。これより、排除行動を開始致します」
トリーシュに続くように、ロゼッタやバンク、他の冒険者たちも各々の武器を構える。
その姿を見て、機械は交渉が決裂したと結論付け、虚空に手を伸ばし、その名を呼んだ。
「〝壊剣〟」
『なっ……!?』
「参ります」
ティアがその名を口にした瞬間、その手の中に、人一人はあろう、巨大な機械の剣が出現した。
そんな巨大な剣を片手に構え、ティアは淡々とした態度で、トリーシュたちに斬りかかっていった。
*
「やっ、はぁっ!」
前を進む冒険者や騎士たちの後ろに、一組の男女がいた。彼らは、前にいる冒険者たちと同じように戦っているものの、装備や立ち振舞いが違っていた。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫?無理しているなら、少し休んだ方が……」
「問題ありませんわ。これは、私が決めたことですので……!」
「そっか……うん、わかった」
その二人は、元々は貴族だった。
だが、互いに家族に嫌気がさし、絶交を言い渡して家を飛び出し―各地を転々としていたその道中で、二人は出会った。
二人は、同じ境遇であることを知ると、すぐに仲良くなった。そして、共に旅をしていく中で、互いに牽かれ合い、やがて結ばれた。
そんな幸せの真っ只中で、二人はデュートライゼルの滅亡を知らされたのだ。
「それにしても、本当に良かったの?だって、口酸っぱくなるくらい嫌悪してたのに……」
「確かに、私の家族だった者たちは、揃いも揃ってクズばかりでしたわ。……でも、私の生まれ故郷は、間違いなくデュートライゼルですもの。故郷をメチャクチャにした罪だけは、償って貰いますわ」
「へぇ……その話、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「「……っ!?」」
不意に、洞窟内に少女らしき声が響き渡る。
その声に、二人だけでなく、先を行っていた冒険者たちもより警戒心をあらわにした。
そんな中、二人の目の前に姿を現したのは、一匹の子狐だった。
「き、狐……?」
「それで?そちらの貴方が、デュートライゼル出身、でいいのよね?」
「しゃ、喋った!?」
「……えーっと、話が進まなくなりそうだからもう一度聞くけれど、貴方が、デュートライゼル出身、なのよね?」
「え、えぇ。そう、よ」
人の言葉を話す子狐。
そんな得体の知れない存在に、驚きを隠せなかったが、女性は―ガルヴァナは、なんとか答えた。
「そう……それで、とても酷なことを聞かせてもらうけれど、貴方が捨てた旧姓、教えてもらえるかしら?」
「……っ!」
「ッ、お前……っ!」
その瞬間、ガルヴァナは、子狐に対し、恐怖にも似た感情を覚えた。その言葉が、その視線が、その声色が。ガルヴァナを見定めようとしていたからだ。
それに気がついた男性―ジルスは、子狐に斬りかかろうとして、ガルヴァナに止められた。
そしてガルヴァナは、ジルスより一歩前に出ると、ほんの少しの吐き気を感じながら、その姓を口にした。
「……ゲーズヴァル。私の旧姓は、ゲーズヴァル、よ」
「ゲーズヴァル……やっぱり、そうなんだね」
その姓を聞いた瞬間、なぜか子狐は、知っていたかのような態度を見せた。そんな態度に、ガルヴァナは疑問を抱かざるを得なかった。
「……昔の私を、知っているのですか?」
「いいや、知らないよ。昔の貴方も、今の貴方も。でも、その姓は知っている。……その姓は、遠く遠く離れた、私にとっての因縁だ」
『――ッ!?』
その瞬間、子狐が炎に包まれる。
ガルヴァナも、ジルスも、冒険者たちも、騎士たちも、その炎に圧倒されていた。
そして、炎が飛び散るように霧散した時、金色の尾を携えた妖狐が、その真の姿を現した。
「さぁ、来なさい。罪を犯せし一族最後の生き残り。例え、貴方がそうでなくても。例え、真実を知らなくても。貴方の一族が犯した罪は、消えないのだから」
さて、これから各場面を書いていくんですが……
順番、どうしましょうか……?
いや、あのですね?一応、最後あたりに回す話は決まっているんですが、一番最初に書く話が決まっていないんですよね……
どの話から読みたいとか、あれば教えてください。
先のとおり、すでに何人かの話は後ろに回すのが決まっているので、絶対ではありませんが……
(7/4 追記)
しばらくの間、更新をストップさせようと思います。
主な理由としましては、上記のとおり、各話の順番が定まっていない点。現実での多忙も相まり、更新に間隔が空いてしまっている点の、二点が上げられます。
ですので、更新を一時停止し、全員ぶんを書いてからまとめて更新しようと思います。
全員ぶんの更新できた後は、元の更新スタイルに戻すつもりでいますので、しばらくお待ちいただけると幸いです。




