379 因果、因縁、あるいは偶然 ②
「ほぉ、つまりお前も、惚れた女にいい格好を見せるためにダンジョンに潜っているのか」
「そういうあんたもな。まさか、領主のご子息さん自らが出向くだなんて、相当イイ女なんだろう?オレも一目見てみてぇもんだな」
「ダメだ。お前みたいな男がアイツを見たら、絶対変な気を起こすからな」
「んだと!?」
お高い装備を悠々と着こなし、意気揚々とダンジョンに潜り込んだグレン・イルベスタークは、その道中、ティンゼルという街から来た冒険者たちと合流した。
そして、共に進んでいく中で、グレンは冒険者の内の一人、クライメルトとすっかり意気投合していた。
「……まったく、あんな愚弟のことなどさっさと忘れていれば、今頃は俺と幸せな人生を歩めていたというのに……」
「こっちも似たようなもんだ。生きてるかどうかも分からねぇ幼馴染みのことなんてさっさと忘れて、目の前にあった幸福を掴んでりゃあ良かったのによ……」
「まぁなんだ。お互い、愛する者の幸せのために頑張ろうではないか」
「あぁ、そうだな」
傍から見ても、若干下衆な会話をしていることを気にも止めず、彼らは先へと進んでいく。
暫くして、まるでなにかの入り口のような場所に足を踏み入れたその時、クライメルトがその気配に気がついた。
「……待て、誰かいる」
「なに!?ケインか!?」
「おい騒ぐな、気づかれたらどうす――ッ!?」
誰かが待ち構えている―そのことに気がついたクライメルトだったが、それを聞いてグレンが声を上げてしまう。
如何なる状況であろうとも、常に警戒を怠るべからず。それは、冒険者として最も大切な心構えの一つ。しかし、それを冒険者でもないグレンが知るはずがなく。
唐突に声色を上げたグレンと、それを諫めようとするクライメルト。だが、その二人の間を、その後ろにいた冒険者たちの間をも、魔力が掠め通った。
まるで、「そこに居るのは分かっている。さっさとこい」そう言われているかのように。
彼らは唾を飲みこみながら、早足気味に、けれど最大限の警戒をしながら、魔力が飛んで来た方向に進んでいく。
そして、まるで闘技場のようなだだっ広い場所に出た時、その姿を現した。
「げっ……まさか、あんたたちが来るなんて」
「「アリス!?……ん?」」
その正体を知り、同時に声を荒げ、そして互いを見るグレンとクライメルト。
その様子を見て、少女は一人、大きなため息をついた。
*
「……貴様、どういうつもりだ?」
竜人族の男は、目の前に立つ同族に向けて、殺気混じりの声を出していた。
竜人族にとって、七龍王という存在は、信仰の対象である。それ故に、いつか災厄が再び襲わんとする時、かつて七龍王が守りし人類を守ることこそが、竜人族の使命であると信じているのだ。
……だと言うのに、
「どういうつもり、と言われましても……わたしはただ、貴方たちを無意味に傷つけるつもりは無いのです。素直に帰還していただけるのであれば、こちらも手は出さないとお約束いたします」
あろうことか、目の前の同族は、その厄災の元凶を守ろうとしているのだ。
しかも、その男にとって、最も信仰し、敬愛している龍王と、同じ体色をしていることが、より男を怒りに燃え上がらせていた。
「ふざけるな!我ら竜人族は、この世界を守護せし、偉大なる龍王の意思を受け継ぐ者!その誇りを捨てた貴様の言葉など、聞くに値しない!」
「……そう、ですか」
聖龍は、嘆くように呟いた。
できれば、敵対したくはなかった。
だが、そんな願いも届くことなく、互いの信念を賭けて、対峙するのだった。
*
「へぇ……どいつもこいつもイイ面してんじゃねぇか」
目の前に居る軍勢を前にして、鬼人は一人、喜びの感情に満ち溢れていた。
元より、闘争こそが生であるガラルにとって、これはまたとない機会だった。
そんなガラルと対峙したのは、無数の冒険者、そして騎士たち。彼らの顔には、動揺が見て取れた。
理由は単純。ガラルが元の姿―鬼人としての姿を晒していたからである。
ただでさえ、Aランクの高位モンスターというだけでも恐ろしいというのに、その鬼人が自分たちを待ち構えていたという事実。
彼らが前に進むためには、あまりにも高過ぎる壁が、立ちはだかっていた。
「皆の者!臆するでない!」
そんな中、一人の老騎士が前に出る。
歴戦の猛者を思わせるその風貌に、ガラルも思わず「ほぅ……」と言葉を漏らしていた。
「敵は確かに格上であろう!だが、我らは一人ではない!皆で力を合わせれば、どんな相手だろうと必ず勝てる!」
老騎士の言葉に鼓舞されたのか、一人、また一人と戦う意思を取り戻していく。
その様子に、ガラルはニヤリと笑みを浮かべていた。
「行くぞ皆の者!我に続けぃ!」
『うおおおぉぉぉぉっ!!』
「はっ、上等だ!かかってこいやぁぁぁっ!!」
*
「なんだここ……薄気味悪いな……」
とある冒険者たちがたどり着いたその場所は、背の高い木々が無数に生い茂り、光もほとんど通っていない、薄暗い森の中だった。
さらに、生物の気配が無く、声も聞こえない。ただ風が通りすぎる音がするだけ。それが、より不気味さを増していた。
「とりあえず、さっさと進もう。いちいち気味悪がってる理由もないし――ッ!?」
「……え?」
その団体のリーダーとおぼしき冒険者が、先に進もうと促し、一歩足を前に出す。その瞬間、その冒険者は背後から切りつけられた。
そして、誰に襲われたのか、それを見た冒険者たちは、思わずそんな声を漏らした。
なぜなら、彼を襲ったのは他でもない、彼のパーティーメンバーの少女だったのだから。
「……ミリィ、お前、なにやってん――だッ!?」
「……違う、身体が、勝手に……っ!?」
「は!?なにを言い出して――がはっ!?」
同じく彼の仲間である男が、少女を問い詰めようとするも、少女は今度はその男に向かって剣を振るう。
そして、一瞬のうちに男の腹部を刺し貫いたのだった。
「あ、あぁ、ぁあああぁ……」
少女の顔が、絶望に染まっていく。
自分たちのリーダーを背後から襲い、仲間の一人を刺した。例えそれが自分の意思ではなかったとしても、少女自身がやったことには変わりない。
だが、そんな少女の絶望を嘲笑うかのように、身体は、他の冒険者たちの方へと向けられていた。
「嫌……やめて、止まってっ!ヤダッ!嫌ァァァァッ!」
少女がどれだけ拒もうと、身体は言うことを聞かず、冒険者を襲い続ける。
その様子を、蜘蛛が一人、木々の隙間から見下ろしていた。
*
「はっ、この程度じゃあ相手にならねぇな」
「油断してはいけませんよ、ロロヤ」
「チッ……はいはい、わーってるよ」
迅雷の孤豹というパーティーで、冒険者をしているロロヤ、エイザ、ユートの三人は、襲いかかってくるモンスターを片っ端から倒しながら、ダンジョンを進んでいた。
かつて、民衆の前でケイン一人に完敗した三人は、あの日以来、改めて己を鍛えるようになっていた。
特に、ロロヤは強くなることに執着するようになり、その過程で、パーティーランクもBへと昇格していた。
そんな中起きた、突然の世界のダンジョン化。
その最深部にケインが居ると知るや否や、ロロヤはダンジョンに潜ることを決意したのだった。
「あの日の雪辱、絶対に晴らしてやる。そして今度こそ、彼女たちをモノにするのだァァッ!」
「……まだ諦めてなかったんですかそれ……」
「当然だ!それに、あの時の映像には、オレの知らないかわいこちゃんもいた!待っててくれよかわいこちゃんたち!今からオレが迎えにいくからな!」
「あー……エイザ、諦めろ。こいつはもうダメだ」
「そうですね……ここまでくるともう……」
「んだとお前ら!?」
ギャーギャーと騒ぎながら、三人は苦もなくダンジョンを進んでいく。
そんな中、森林型のダンジョンに入ったところで、それは現れた。
「ぴゅ?」
「ぁ?なんだあのハーピー?モンスターのくせに、服なんか着てやがるぞ?」
「っ、待ってください!このハーピー、もしかして、彼が連れていたハーピーでは!?」
絶対にいないわけではないが、服を着たモンスターが現れたことを訝しむロロヤだったが、それよりも早くエイザはその正体に気がついた。
決め手はロロヤの一言だったとはいえ、エイザとて、例の映像を見ていなかったわけではない。故に、目の前に現れたハーピーが、映像の中の、ケインの側にいたハーピーであると気がついたのだった。
「なに!?それは本当か!?」
「え、えぇ……ですが、どうしてこんな場所に……」
「んート、あなたたチハ、ご主人さマの敵?」
「「「喋った!?」」」
モンスターの中には、高い知性を持ち、人間の言葉を話すモンスターが居る。それは、冒険者の間でもよく知られていることだ。
だが、ハーピーが人間の言葉を話すなど、ロロヤたちは聞いたことが無かった。
「マ、敵でしかなイことハ、分かってルけどネ!」
「っ!来るぞ!」
翼を広げ、ロロヤたちに向かっていくハーピー。
ロロヤたちはソルシネアを迎え撃つべく、各々の武器を改めて構えた。




