375 この場所は
「チッ、キリがねぇな!」
「でモ、数は減って来てるヨ!」
「なら、この場からさっさと抜けるぞ!」
「皆様、殿はお任せください」
「頼んだ!」
リアーズから降り、気配のする場所へ向かっていく道中。やはりというべきが、大量のモンスターが待ち構えていた。
一体一体のランクは低くとも、圧倒的なまでの数の暴力を以て迫り来るモンスター達。だがそれでも、俺達は歩みを止めず、速度は落ちようと、ただ真っ直ぐに進み続けていた。
『ゴガァァァァッ!』
「「――邪魔だ!」」
『ォゴガッ!?』
目の前に立ち塞がってきたゴブリンキングの群れを切り伏せつつ、至るところに設置されている罠を壊しながら進んでいく。
どんな罠を設置していたのかは分からないが、物を用いた罠ではなく、魔力を用いた罠であれば、魔力眼で見ることができる。事前にどこにあるのかさえ分かれば、壊すのは簡単だった。
そうやって、前に前にと進んでいくと、ようやく、その場所が見えてきた。
「ここは……」
「廃村、かしら……?」
そこは、破壊された石垣や、焼き焦げた柵で囲われた村だった。
その中に入ると、家屋と思わしき建物が、壊されたままいくつも残されていた。
そして、その中心に、彼女は居た。
「やぁ、久しぶり」
「ディスクロム……っ!」
メリアの顔で、メリアの声で、メリアの仕草で。まるで親友にでも会ったかのような態度で、話しかけてくるディスクロム。
その姿に、俺も、ナヴィも、レイラも――メリアをよく知る全員が、怒りをあらわにしていた。
「……ふむ、何故そうかっかしている?折角愛想よくしたと言うのに」
「テメェ……分かって言ってんのか?」
「当然だ。特にお前は、この女に惚れていたからな。嬉しかっただろう?最後に良いものが見れて」
笑顔でそんなことをのたまうディスクロム。
最早、限界も近かった俺達だったが、人の姿になったコダマが一人、俺を諫めるようにして前に出た。
「やっぱり、ここに来たのね。貴方は」
「……嗚呼、それはお互い様だろう?貴様こそ、生まれ変わってまでわざわざ追いかけて来るとはな……なぁ、忌まわしき聖女様?その身体、いったい、どれ程の犠牲を出して転生したんだい?ねぇ、聖女様ぁ?」
「生憎だけど、貴方のお粗末な転生術なんか使ってないわ。犠牲なんて、これっぽっちも出してないわよ。あとその口調止めて。気持ち悪い」
コダマとディスクロムが睨みあう。
お互いに強い因縁があるだけに、コダマもディスクロムも、激しい感情の起伏が見られた。
それはそうと、どうやらコダマは、この場所のことを知っているらしい。
「……コダマ、この場所を知ってるんだな?」
「えぇ。この場所は、わたしたちが彼を封印した場所……つまり、メリアの故郷よ」
「……そうか、ここが……」
……なんとなく、予想はしていた。
家屋の壊れ具合や劣化具合からして、何十年も前ではないことは分かる。
そして何よりも……その壊れ方に、見覚えがありすぎた。
「それで……一応聞いてあげるけれど、どうしてここなのかしら?」
「ふん、分かっているだろう?この場所こそが、私の計画を狂わせた場所だからだ。そして、この場所が、お前たちの墓場でもある」
そう言いながら、ディスクロムは何かを取り出し、俺達に見せつけてくる。
それは、おぞましいほど禍々しい色をした宝玉。だが、色だけならまだしも、その宝玉からは、嫌悪感にも似た気配を感じられた。
「なんだ、それは……!?」
「これは、そこの聖女が、私を封印していたものだ。私の封印が解けた時に壊れてしまっていたが、これはこれで、使い道と言うものがあるからな」
「使い道、だと?」
「ふっ、こうするのさ」
『――ッ!?』
俺達が止めようと動く暇もなく、ディスクロムはその宝玉を、背後にあった祠の残骸らしき場所に設置する。
その瞬間、廃村全体が禍々しい光を放ち、それと同時に、まるで安息のように、ドス黒い色をした魔力が村全体を包み込んだ。
「――お前っ、何をした!?」
「これに私は、長い間封印されてきた。それ故これには、私の魔力と魂、そして願いが、よぉーく馴染み、混ざりあっている。その結果、これは一種の人工聖遺物に変質している。
それを利用し、私は、この宝玉をダンジョンコアとして、この村をダンジョンにしたのだ」
「なっ……!?」
村全体のダンジョン化。
そもそもとして、ダンジョンが生まれる仕組み自体が判明していない。誰も、ダンジョンが生まれたところや、ダンジョンに変わるところを見たことが無い。
そのため、ダンジョン発生の原因を調査、研究し、ダンジョンがどのようにして生まれるのかを調べる団体もいたりする。それくらい、ダンジョンには謎な部分が多いのだ。
その上で、ディスクロムは今、この村をダンジョンと化した。いや、見た目的には結界のようにも見えるので、厳密には違うのかもしれない。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
「……それで、村をダンジョンにして、一体何をしようとしているのかしら?」
そう、それだ。問題なのは、村をダンジョンと化した目的だ。
あの宝玉がどういった物なのか、それは定かではないが、明らかに異常、異質な物であることは確かだ。であれば、ダンジョンコア以外にも用途は多々あるハズなのだ。
それなのに、ディスクロムは宝玉をダンジョンコアとし、この村をダンジョンに変化させた。
その狙いが分からなかった。
「律儀に教えてやる意味は無い。が、どうせすぐに分かることだ。特別に教えてやろう……こういうことだ!」
「――っ!?」
ディスクロムが、ダンジョンコアに触れた瞬間、背筋が凍るような、激しい悪寒に襲われた。
そして、その悪寒に呼応するかのように、村を覆っていた魔力が渦を巻き――何事も無かったかのように、元に戻った。
「……は?」
「なにも、起きてない……?」
「あぁそうだ。何も起きてなどいない。この場所はな」
*
「――へっ!?な、なに!?」
「地震!?いや、それにしては変じゃないか!?」
「おおお落ち着け!こういう時こそ冷静に……え?」
とあるダンジョンに潜っていた三人の冒険者。彼らが馴れた様子でダンジョンを進んでいた最中、突如として、ダンジョン全体が激しい揺れを起こしたのだ。
何事かと、彼らは慌てるが、そのうちの一人がそれを見つけ、硬直する。
残った二人も、突然硬直した彼の後を追うようにして、彼の視線の先を見て―同じく、硬直してしまった。
何故なら、ダンジョンの壁に、異質な魔力で出来た巨大な〝穴〟が開き、そこから、別のダンジョンが―別のダンジョンを探索していた冒険者の姿が、見えていたのだから。




