374 目覚めよ世界
三十六章改め―終章、開幕。
かつてその場所は、悲しみと恐怖で染まっていた。
愚者によって引き起こされた悲劇は、幼き少女を絶望の底に叩き付け、同時に、全てを終焉へと導いた。
やがて、何処かへと消えた少女一人を除き、誰一人として立つ者がいなくなったその場所は、風土と化していった。
そして今、その場所に、再び少女が――否、少女の姿をした怪物が立っていた。
怪物にとって、そこは因縁の場所だった。
全てが始まるハズだったその場所で、怪物はただ、邪悪な思考を巡らせ、その時を待つ。
役者が揃い、欲望が揃い、因縁が揃い、極上の贄が集まる、その時を――
*
「おはようございます。マスター」
「……あぁ、おはよう。パンドラとアテナも」
「はい。おはようございます」
リアーズに乗り込んでから、初めての朝。
パンドラとアテナのおかげで、久々に悪夢に魘されること無く眠ることができた。
そして、目が覚めるのとほぼ同時に、ティアのホログラムが姿を現したのだった。
「……それで、出てきたってことは、なにか進展があったんだな?」
「はい。コダマ様曰く、反応が強くなってきた、もうすぐそこまで来ている。とのことです」
「わかった。なら、急がせなくてもいいから全員を起こしてくれ」
「かしこまりました」
そう言うと、ティアはその姿を消し、他の皆を起こしに向かった。俺は、軽く伸びをしてからベッドから降り、二人と共に食堂へと向かった。
俺に宛がわれた部屋は、甲板の入り口から降りてほぼすぐの部屋。各階、各部屋に行き来しやすく、有事の際にもすぐに動ける場所だ。
というより、この部屋だけは、ティアが意図してそう作ったのだろう。
さて、このリアーズは甲板を除いて主に四階構造となっている。
四階、三階を主として、各階の中心部は寝室になっており、大まかに言って、四階にミーティングルームや書庫、三階に食堂や風呂、二階に食糧庫や薬剤室、一階はプールや訓練場、といった感じになっている。
そんなわけで、俺は三階に降りて食堂に辿り着く。そこには、厨房に立ち、朝食を作っているナヴィとコダマ、それを楽しげに見ているレイラ、出来上がりをのんびりと待つユア、アリス、イルミス、普通に見れば正常なのに、なぜか異常と思わざるを得ないくらい、大人しくしているイビルの姿があった。
「おはよう。皆早いな」
「おはようございます、ケイン様、パンドラ様、アテナ様」
「おはよう、ケイン。朝食は……まぁ、見てのとおりよ」
ユアがスッと立ち上がって頭を下げ、アリスは軽く手を振って挨拶を交わす。調理場にいた二人も、こちらに気がついたのか、会釈を交わしてくれた。
「……それにしても、言い方は悪いが、コダマって料理できるんだな」
「そりゃあ、優人たちと一緒に旅してた時、料理が作れるのわたししか居なかったもの。それに、日本に居た時も、こうして朝ご飯を作ったりしてたからね」
そう言いながら、コダマは皿に朝食をよそうと、ナヴィ、レイラと共に俺達の元に運んできてくれた。
そのまま、二人を加え、朝食を取っていると、起きてきたウィル達がちらほらと食堂に集まってくる。
そして、日が顔を見せ始めた頃に、全員が集結した。
「さて、聞いているだろうが、ディスクロムの反応が近づいてきている。だが、恐らく向こうもこっちの気配を察しているだろう。何かしらの罠が張ってある可能性がある。……いや、十中八九張っているだろう。それでも、俺達は行かなければならない」
「それは分かったが、具体的にどーすんだ?別々に分かれてカチこむのか?」
「それも考えたんだが、今回の場合、むしろ真正面から全員で、堂々と行くべきだと思う。理由は二つ。一つは、向こうもこちらを認識してるとするなら、わざわざ分かれて行動する方が危険だということ。もう一つは、前の理由の後付けになるが、全員で行動することで、罠にかかった時のリスクを減らせるからだ。勿論、かからない方がいいんだけどな」
当然だが、真っ正面から行くこと自体も相当なリスクを伴う。
だが、全員が無事にディスクロムの元まで辿り着くことを考えれば、それが最適解なのだと、俺は考えていた。
とはいえ、だ。これはあくまでも俺がそう思っただけ。ナヴィ達から、もっといい案が出てくるかもしれない。
「えっと……一つ聞いてもいいかしら?」
「あぁ」
「真正面から、と仰いましたが、リアーズで直接向かわれるのですか?」
「いや、ある程度近づいたらリアーズから降りて、歩いて向かうつもりだ」
「そうですか……とりあえず、わたしとしては、その作戦でいいと思います」
「うむ、妾もそれで良いと思うぞ」
ビシャヌに始まり、ベイシアが頷く。そうして気づけば、全員が頷いていた。
「お前らなぁ……」
「ケインよ、それだけお主が信頼されておるということだ。如何なる事で完璧も、完全も無い。故に、お主を信じておるのだぞ」
「……そうだな」
パンドラの言う通り、これから向かう場所に正解の道は無い。あるのは現実と、それを覆し、取り戻すための戦い。
それなのに、今から迷っていてはいけない。
だからこそ、皆は信じてくれている。ならば、その信頼を裏切るわけにはいかない。
そして、暫く進んだ後、その時が来た。
「ケイン」
「……あぁ、俺にも分かる。あそこに、メリアがいる」
暫く整備されてなかったであろう道の先。
森の一部を切り開き、開拓したであろう跡地。
そこから、強い気配を感じ取った。
そしてそれは、忘れもしない、ディスクロムの気配だ。
「――ふぅ……よし」
気持ちを落ち着けるために、深く深呼吸を入れる。ナヴィ達の顔にも、緊張が見える。
だが、ここまで来た。もう、引き返すことはできない。引き返すつもりもない。
「――行くぞ!メリアの元に!」
その言葉に続くように、ナヴィ達の叫びが登った朝日に木霊した。




