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371 橘来夏

最初、分けることも考えたのですが、分けない方がいいと判断しました。

なので、今回は過去最長です。次回以降は、元くらいの長さに戻ります。

『……』

「……まぁ、そうなるわよね。そんな気はしてた……」



 タチバナライカ。かつてディスクロムと対峙した異界の聖女、その本人。想像の斜め上を行く正体に、ほぼ全員が愕然としていた。

 まぁ、唐突にそんな暴露をされたところで、はいそうですかと受け止めろという方が無理な話ではあるが。



「とりあえず、話を進めてもいいかしら?」

「え?あ、あぁ、始めてくれ」

「まずは……そうね、わたしがどこから来たのかついて話した方がいいわね。わたしは、地球にある、日本という国から来たの」

「チキュウ……?」

「あー……厳密には違うんだけど、地球がわたしの居た世界の名前、ということにしておいてくれる?」

「……分かった」



 聞き慣れない単語が出てきたので困惑したが、コダマ的にはあまり関係の無い部分らしい。

 いや、関係無いわけではないだろうが、困ったような顔でそう言われたので、素直にそういうことにしておいた。

 ……というか、変わらずコダマと呼んでいるが、ライカ、と呼んだ方が良いのだろうか?まぁ、こっちもとりあえず置いておこう。



「続けるわね。わたしが居た地球という世界は、この世界とは大きくかけ離れた世界なの。魔力は無く、モンスターも居ない。国同士の戦争が無いわけでは無いけれど、それでも、国と国が手を取り合っている、そんな世界よ」

「魔力が、無い……?」

「えぇ。そのかわり、科学や機械……えっと、こっちの世界じゃあ魔導具や機巧人形(ティア)って言った方が分かりやすいかな?そういうのが発展している世界なの。そんな世界の日本という国で、わたしは―橘来夏は、産まれたの」



 魔力の無い世界。

 そんなものがあるのかと、一瞬疑ったが、コダマがこんな場面で嘘をつく理由が見当たらない。

 それに、例え嘘だったとしても、今の状況が突然変異するわけでもない。だからこそ、今の問題に直結するであろう話を、いちいち切る必要は無いだろう。



「そんなわたしには、二人の腐れ縁がいたの。一人は、志水優人(しみずゆうと)。そしてもう一人が、滝沢健也。さっきまでケインが戦っていた、今代の勇者よ」

「……だから、知ってたんだな」

「わたしたちは、幼い頃からずっと、一緒に遊ぶ仲だった。そりゃあ、成長期だから色々とあったけれど、それでも、三人とも同じ学校に通って、同じ道を歩いて、他愛もない会話をして……そんな毎日が、もう少しだけ続くと思ってた。あの日が来るまでは」



 それまで、懐かしむように語っていたコダマの顔が、急に影る。

 その理由を、俺は察した。恐らく、()()()()のだろう。この世界に。



「その日も変わらず、一緒に帰る最中だった。けれど、一瞬空が暗がりを見せたかと思えば、次の瞬間、足元に、見覚えの無い魔方陣が現れたの。ちょうど、わたしたち三人の足元に。

 そうして気がつけば、わたしと優人は、知らない場所に居た。知らない天井。知らない人々。見たことの無い服装。

 わたしも優人も、最初は凄く困惑したわ。けれど、すぐに理解したの。ここは、わたしたちが元居た世界じゃない。ここは異世界で、わたしたちは呼ばれたんだ、って」

「ディスクロムに……あぁいや、こっちの世界の住人にか」

「えぇ。そして、勇者として呼ばれたのは、優人だった」

「で、コダマは聖女として呼ばれた、と」

()()()



 ユウト、という人物と共に、かつてのこの世界に呼ばれたコダマ。そして、そのユウトという人物が勇者として呼ばれた。

 それならば、コダマは聖女として呼ばれたものだと勝手に解釈していたが……どうやら、そうではないらしい。

 食い気味に否定したのが、その証拠だ。



「確かに、ちょっと変わったスキルは持っていたわ。けれどわたしは、何者でもなかった。……いいえ。そもそも、あの魔方陣に呼び出されたのは優人だけ。わたしは()()()()()()()()()存在だった。言ってしまえば、わたしは、事故でこの世界に召喚されたの」

「事故って……原因は分かっているのか?」

「いいえ。でも、仮説はある。わたしたちがこちらに召喚されたあの日、わたしたちの足元に現れた魔方陣が一つではなく、二つあったという説。

 一つは、わたしたちが呼ばれた時代のもの。もう一つは、現代のもの。もし、それらの魔方陣が、あの日あの時同じ場所に、同時に現れたのなら、なにかが起きてもおかしくはないわ。まぁ、あくまで憶測でしか無いけれどね」



 最後まで仮説であることを強調するコダマだったが、俺は、それが正解なのだろう、というように感じた。

 憶測にしてはやけに具体的なのは、そうであるという証拠があるか、或いはコダマの中で、しっかりとした確信があるかのどちらかだろう。



「少し話が逸れたわね……その後、召喚されたわたしたちはまず、訓練を開始したわ。わたしたちは、剣もスキルも知らない世界から来た。だから、それらを十分ものにする必要があったの。

 優人は、剣道―こっちで言う剣術をやっていたのと、勇者に選ばれただけあって、メキメキと実力を上げていたわ。でも、わたしはそうじゃなかった。勇者じゃない、ちょっと変わったスキルを持っているだけの人間。剣を扱おうにも、筋力や技術が足らなすぎた。だから、スキルの方を伸ばすことにしたの。

 でも、そうこうしているうちに、ディスクロムによる被害は拡大していった。結果、わたしが十分な力を得た時には、たくさんの犠牲者が出ていたわ」



 震える声を上げ、悔しげに拳を握りしめるコダマ。その気持ちが、痛いほどよく分かる。そして同時に、仕方がないとも感じていた。

 ディスクロムの目的は、大量の犠牲のもと、勇者に倒され、その強き魂を以て、強き肉体へと転生すること。

 当時を生きていた彼らに申し訳ないとは思うが、彼らの犠牲がなければ、コダマは十分な成長ができなかった。彼らの犠牲があったからこそ、今があるのだ。



「それからほどなくして、わたしたちはディスクロム討伐の旅に出たわ。その道中で、ディスクロムの犠牲者であり、生き残りでもあった二人、デュークとミゼルを仲間に加えて。

 その後のことは、知っての通りよ。わたしたちはディスクロムと対峙し、戦い、勝利した。けれど、その勝利に、わたしは違和感を覚えたの。まるで、最初から負けることが計画のうちだったみたいな。

 だから、わたしは彼を封印することにしたの。抵抗は厳しかったけれど、なんとか封印することができた。そして、彼を封印した玉を、最後の戦いの場となった村の人々に託すことにしたわ。

 ……本当なら、わたしたちが見ているべきなんだろうけれど、勇者一行として、色々とね」



 恐らく、厄災(ディスクロム)を倒した者達として、各地で祭り上げられたのだろう。

 まぁ、それだけのことをしたのだ。当然と言えば当然だ。



「しばらくした後、わたしたち四人が中心となって、建国する話が上がったの。わたしも優人も、デュークとミゼルも、最初は乗り気じゃなかったわ。けれど、彼らの熱量に押されて、結局、建国することになったわ。優人を王とし、わたしたち四人の名前をいじって名付けた国、デュートライゼルを」

「じゃあ、コダマは女王になったのか?」

「いいえ。わたしは別に、優人のことが好きだった訳じゃないし、それに、優人は密かにミゼルと好きあっていたから。女王はミゼルがなったわ。その方が、都合が良かったしね」

「都合、ってのは?」

「……わたしには、どうしても引っ掛かっていることがあった。彼の行動、彼の言葉、最後に残した呪いの正体。わたしは、それがどうしても気になっていたの。だからわたしは一人、彼が残した物が無いかを探す旅に出たの。

 その旅で、わたしは、ただディスクロムを倒すだけの旅では見ていなかった、色々なものを見たわ。被害を受けた町や人々、彼らが負った深い傷、お門違いと分かっていながらも、わたしたちに向けることしか出来ない憎悪と怒り。光に隠された影の部分を、まじまじと、ね」

「辛くなかったのか?」

「辛かったわよ。優人たちは、人々を照らす光の道を歩んでいる。影の世界に足を踏み入れたわたし一人が、彼らの怒りを全て受け止めるしかなかった。

 でも、覚悟していなかった訳じゃない。多くの犠牲を出したのは事実だったし、その原因の一端は、わたしでもあったから。だから、耐え続けた。気が狂いそうなほどの罵詈雑言、投げつけられる石、それらをずっと、耐え続けたわ」



 口ではそう言っているコダマだったが、その手は少し震えている。耐えた、というのも嘘だろう。恐らく一度や二度ではない。どこかで壊れそうに……いや、壊れてしまったのかもしれない。

 けれどコダマは、成すべきことのために歩き続けたのだろう。



「影を進み、軌跡を辿り、少しでも情報を集める。そうして五年が経った頃、わたしは、ようやく彼の始まりの場所を見つけたの。どうせ誰も来ないと高をくくっていたのか、それとも忘れていたのかはわからないけれど、ご丁寧に、資料や研究材料、それら全てが残されていたわ。

 でも、問題があった。こっちの世界に来た時、わたしたちは、こっちの言葉や文字が分かるようになっていたわ。地球とこっちじゃあ、使ってる文字や言葉が違っていたから。

 けれど、彼の書いたであろうものは、何一つ読めなかった。恐らく、彼の元居た世界の文字だったんでしょう。わたしは、彼の残したものの解読を始めたの。

 結局、全てを解読し終えたのは、さらに五年近く経ってからのことだったわ」



 旅に出て五年、解読に約五年、その十年近くを、たった一人で過ごしていたというコダマ。その孤独は、計り知れないものだっただろう。

 けれど、コダマにとってはそれが、贖罪であり、自らが為さねば成らぬことだったのだろう。



「そうして解読し終えた時、わたしは、全てを知ったわ。彼が何処から来て、何があってこちらに来たのか。何を得て、何を成そうとしていたのか。

 わたしは、どうしようもない絶望感に捕らわれたわ。わたしがやったことは、間違いではなかった。けれどそれは、起きるハズの悲劇を、ただ先延ばしにしただけ。未来のどこかで、わたしたちが成し遂げきれなかったツケを、誰かが払うことになる。何も知らない時代に生きる人々が、わたしたちのせいで、また多くの犠牲を出す。それがわたしには、耐えられなかった」



 責任感、と言えば聞こえは良いだろうか。

 自らによって出した犠牲を悔やみ、そして、自らによって起こる、未来の犠牲を許せない。

 だが、前はともかく、後の方に関しては、コダマが責任を感じる必要はない。その時点では、まだディスクロムの目的を完全に知り得ていたわけではないのだから。

 それでも責任感を感じたと言うことは、それだけ、コダマの精神が追い詰められていたということなのだろう。



「それからわたしは、彼が残していったもの……神から与えられた技術の研究に没頭したわ。この世界にも、わたしの居た世界にも存在しない、未知の技術。わたしはそれを、魔法と呼んだ」

「魔法……」

「……とはいえ、彼が作ったであろう魔法は、どれも中途半端なものだったわ。結論を焦ったのか、使命感に駆られたのか……今となってはわからないけれど、そのどれもが未完成だった。召喚陣も、転生についても。

 でも、裏を返せば、実用できるまでたどり着いていた、ということでもあったわ。後は、わたしの時間の許す限り、その未完成な魔法を完成させればいい。

 さっきわたしが使った花火や転移は、色々と模索していた中で、わたしが持っていたスキルを、魔法として()()()()()ものよ」



 この世界に無いものを、この世界で作り出す。それがどれほど大変なことなのか、想像がつかない。

 だが、それをしなければならなかった。コダマの危惧する未来―今のために。



「魔法に関しては、元々中途半端な出来だったから、それほど時間はかからずに完成させることができたわ。でも、召喚の魔方陣と転生、この二つだけは、どうしても答えが見つからなかった。

 そこでわたしは、魔方陣の研究を諦め、転生魔法一つに絞って研究することにしたわ。下手に両方触るよりも、一つに集中した方が、より精度の高いものができると思ったからね。

 まぁ、転生魔法の研究に、十年も費やすことになったけれど……おかげで、転生魔法を完成させることができたわ。でも、問題も大きかった」

「問題?完成したのにか?」

「えぇ。まず一つ目に、転生魔法は、片道切符であること。スキルや他の魔法と違って、転生は文字通り生まれ変わる魔法。二度と元の身体や時代には戻れない。つまり、やり直しが効かないの。

 そしてもう一つ、封印が溶ける時期がわからないということ。彼の封印自体、そう簡単には解けないようにはしたつもりだったけれど、それでも、いつまで持つのか、いつ破られるのかはわからない。少しでも時期や時代を間違えれば、例え転生に成功したとしても、使命を果たせない。

 転生魔法を使うには、前者はともかく、後者の問題を解決しなければいけなかったわ」

「でも、こうして転生してるってことは、解決したんだな?」

「えぇ。彼が放置していったものの中に、彼の魔力が十二分(じゅうにぶん)に溜め込まれていた魔石があったの。わたしは、それを触媒の一つとすることで、彼の魔力に反応して、その時代に転生するように設定したの。

 でも、ただ転生するだけじゃ意味が無い。彼が何になるかはわからなかったけど、少なくとも、彼を打ち破れるだけの力を持つ存在に転生しなきゃいけなかった。

 だからわたしは、転生先に、この妖狐を選んだの」

「「「妖狐!?」」」



 聞き逃せない単語を前に、俺とナヴィ、アリスが同時に反応する。

 突然大声を上げた俺達に驚いたのか、ウィル達はビクッ、と肩を上げていた。



「え、えっと……その、妖狐?がどうかしたんですの?」

「……妖狐は、存在しか語られていないモンスター……いや、幻獣だ」

「……え?」

「冒険者ギルドに置かれてる資料にも、妖狐の記述がある。だが、Sランクに指定されていること以外に、情報が一つも無い。どんな生態なのか、どんな性格なのか、どんな力を持っているのか、名前から狐であることは想像できるが、どんな姿なのか。何一つハッキリとした情報がないんだ」

「それに、生存しているのか、絶滅したのかすら不明なの。誰も見たことがないし、生きているのかも不明。だから、幻獣って呼ばれ方をされているのよ」



 まだ、新米冒険者だった頃の俺は、必死になってモンスターの特徴や生態なんかを調べていた。当然、当時はまだ相手すら出来ないような、AやSランクのモンスターも。

 そんな中でも、一際情報がなかったのが妖狐だ。色々な資料を読み漁って見たものの、これといって確信的な情報はなかった。

 だが、コダマは自身を妖狐だと言った。普通なら、嘘だろうと聞き流しそうなものだが、どうしてか、その言葉に嘘を感じることができなかった。



「わたしも、最初は妖狐は実在していない、妄想の存在なんじゃないか、って考えていたわ。でも、そんな誰も知り得ない存在だからこそ、そこに可能性を感じた。それは、ただの直感だったのかも知れないけれど、わたしは、その直感を信じてみることにしたの。そうしてわたしは、この身体に―妖狐に転生したわ」



 直感。それは、時に才能や努力を越えた力を発揮するもの。

 その直感を信じたからこそ、未知の存在たる妖狐への転生を成功させたのだろう。



「……貴方が妖狐になった課程はわかった。でも、それにしては、変なところで会わなかったかしら?貴方の目的がディスクロムであるなら、わざわざパライル島(あんなところ)にはいないハズよね?」

「……そう言われればそうだな。見た目もボロボロだったし、なにがあったんだ?」



 確かに、ナヴィの言う通り、周囲を海で囲われたパライル島で出会ったのは、コダマの目的から考えればおかしい。

 そもそも、海上以外で敵の居ないあの島で、怪我を負っていたのも、空腹状態だったのも、よくよく考えれば謎だ。

 それを問われると、コダマはなんとも言えない表情になって、頬を人差し指で軽く掻きながら答えた。



「……実は、誤算が幾つかあったのよね」

「誤算?」

「えぇ。まず、妖狐に転生することには成功したわ。ただし、子狐の状態でね。心は大人でも、身体は子供だし、身体は出来上がっていないしで、とても焦ったわ。これまで二足歩行だっただけに、四足歩行で歩くことの大変さを、身に染みて理解させられたわ……」



 どこか遠い目をするコダマ。

 まぁ確かに、人間から狐に転生すれば、足の長さや歩幅、歩き方も変わる。これまでとは違う、不慣れな歩き方をしなければならないので、難しいと思うのは当然のことだろう。



「それに、普通親狐が居てもおかしくないと思うんだけれど、周囲を見渡しても、それらしい影は一つも見当たらなかったわ。おかげさまで、ある程度動けるようになるまでの数日間、ロクな食事にありつけなかったわ……」

「そ、それはなんというか……御愁傷様だったな……」

「慰めなくていいわよ。まぁ、妖狐の特性があったからなんとか耐えられてはいたけれど、物理的な空腹感が消えるわけでもなかったし……やっぱり、そこが辛かったわね」



 確かに、まだ狩りもできないような状態で、親狐の手引き無しで食事にありつくのは至難の技だろう。ただ、その中で、気になる単語が飛び出してきていた。



「妖狐の特性、ってなんだ?」

「妖狐は、()()()()()ことで成長するの。もちろん、魔力であればなんでもいいってわけじゃないけれど、質のいい魔力を取り込めば取り込むほど強くなれるの。特に、子供の時はね」

「……もしかして、戦闘中、俺の側によく来るのって……」

「えぇ。まぁ、その……不快に思うかもしれないけれど、ケインの側に居ると、質のいい魔力が溢れるから……」



 少し遠慮がちになるコダマだったが、俺は不快というよりは、むしろ府に落ちた気分になっていた。

 前々から、非戦闘ながら、前線に立つ俺の側に来たがる傾向があったが、それが成長するためだったと考えれば納得できる。



「ま、まぁ、それはそれとして……なんとか身体の動かし方に慣れてきた頃、ようやく動き始めることにしたの。魔法に関しては思うように使えなかったけれど、妖狐の身体能力は、子供の時点から凄まじいものだったわ。小動物程度なら、簡単に捕まえられるくらいに。

 ……まぁ、元々人間だったから、狩った動物をそのまま食すのには、ものすごい抵抗があったけれどね……生臭かったし、血の味しかしないし……あぁ、思い出しただけでも吐き気がしそう……」



 げんなりとした表情で語るコダマ。まぁ、生肉なんて普通、そのまま食べようとは思わないからな……



「と、とにかく、行動を開始したとはいえ、彼がどこに潜伏しているのか、どうやって見つけるのか、難題はいくつか残っていたわ。でも、ある日突然、僅かだけれど彼が表に出てきたの。

 ケイン、貴方も知っているはずよ。その日のことを」

「……っ、デュートライゼルでメリアが暴走した、あの日か……!」

「そのとおりよ」



 メリアが暴走し、大虐殺を起こしたあの日、俺とナヴィは、メドゥーサの本能が暴走したものだと思っていた。

 だが、どうやらそれは、完答ではなかったようだ。



「遠く離れていたとはいえ、彼の魔力を、わたしが感じ違えるはずがない。わたしは、全力で駆け出したわ。前の人生と同じような悲劇を、また繰り返すわけにはいかなかったから。

 でも、しばらくしたら、彼の魔力は感じられなくなってしまった。恐らく、彼女の奥に引っ込んでしまったんでしょうね。だけど、彼の魔力を感じた方角は覚えていた。だから、迷わずそこに向かっていったわ。

 そして、わたしはその場所にたどり着いて、そこがデュートライゼルであり、その惨状を見て、わたしは悟ったわ。彼はまた、同じ過ちを繰り返し……そして、本気で神になろうとしていることを。

 だから、わたしはすぐに駆け出した。デュートライゼルから、僅かに残された魔力残滓と、もう一つ、どこか懐かしいと感じる気配を頼りに、全力で。

 ……ただ、我武者羅になって駆けすぎていたのか、食事も睡眠もまともに取らず、気がつけば、どこかもわからない港の、船の前にいたわ」

「港に船……ってことは、テドラか?」

「さ、さぁ……?そこまではわからないけれど、でも、気配は船の中に感じられたわ。だから、見つからないように、積み荷に紛れて乗り込んだの。ただ……」

「ただ?」

「ただその……乗り込んだのはいいんだけど、光源は無いに等しいからほとんど真っ暗だし、海面に近いどころかほぼ中だから激しく揺れるし、全力で跳ばして来たから忘れていたけど、何も食べて無かったから空腹で死にかけたし……」



 もはや何度目かもわからないコダマの表情が、全てを物語る。俺達が船旅を満喫している間、コダマは地獄のような状況に置かれていたようだ。

 それと、コダマが感じたという懐かしい気配。恐らくそれは、レイラのことだろう。レイラは、勇者の真の血統。例の一件で命を落とし、ゴーストになってしまったとはいえ、彼女の中にあるであろう、代々受け継がれていたものは、消えていなかったのだろう。



「それから、何時間経ったのかすら分からなくなった頃、揺れが収まり、強い光が差し込んできた。わたしは、船がどこかにたどり着いたことに気がついたわ。わたしは、再び誰の目にも入らないように、船から抜け出したわ。その時には、空腹や疲労感から、気配や魔力を感じている余裕は無かった。

 だから、せめて何かを食べなくちゃ、そう思っていた時に、貴方たちと出会った」


『ど、どーしたの君!?』

『……けだま?』

『それで、この子はどうしてここに?』

『ほら、食べられるか?』


「意識を失う寸前だったわたしは、貴方たちに助けられた。けれど同時に、わたしが探していたものも、見つけてしまった。

 あの娘が……メリアが、わたしの傷を癒そうと近づいて来た時、微かに、彼の魔力を感じ取った。彼が、彼女の中に潜伏していることに、気がついてしまった。

 わたしは、あまりにも残酷すぎると思ってしまった。誰かの苦しみを心配できるような娘の中に、どす黒い悪意が潜んでいる。そんな事実を前に……貴方たちを追いかけることすら、忘れてしまっていた」



 メリアは、人間だ。人間だった。

 だが、たった一つの、ほんの小さな悪意によって、全てを失った。それも、自らの手で。

 それがどれだけ辛い事なのか……それは、悪意を向けられた側しか分からない。



「その後、持ち直したわたしは、十分な食事と休憩を取った後、すぐに貴方たちを探し出して、様子を見ることにしたの。もしかしたら、また表に出て来るかも知れないと思いながら。

 ……まぁ、結果は知っての通り、出て来なかった。でも、逆にそれが不気味でたまらなかった。彼の目的は、神になること。それならば、手っ取り早く身体を奪えばいいのに、それをしない。

 だから、確かめる必要があった。彼が、なにを企んでいるのかを」

「……それで、俺達に近づいた、と」

「えぇ。恩義を感じて懐いた、なんてふりをして、貴方たちの中に入り込んだ。全ては、勝手な使命感と、自分のために。……だから、軽蔑されても、文句は言わないわ」



 コダマは、こちらをじっと見つめてくる。答えが帰ってくるのを待っている。

 人の善意につけこんで、己の目的のために近づき、まんまと中に入り込んだ。コダマにとってそれは、今思い返せば最低なことだったのだろう。

 だが……



「どうして軽蔑しなきゃいけないんだ?」

「へ……?」



 ほぼ悩みもせずにそう答えたところ、コダマは呆けたような声を漏らす。



「誰だって一つや二つ、人には言えないような心の闇を抱えてるもんだ。コダマが俺達の中に入ったのも、自分の成長と、メリアを見張るためだったんだろ?その程度で、軽蔑なんか出来やしないな」

「で、でも、わたしは、貴方の善意につけこんで……」

「ならコダマは、旧友の国を滅ぼしたメリアを庇っていた俺に、憎悪を抱いていたのか?」

「――っ、それ、は……」

「俺は、完璧な人間じゃない。それは、俺自身がよく知っている。俺だって、沢山の犠牲の上で生きている。それに……そう思ってるってことは、今はそうじゃ無いんだろ?」


 誰だって、間違いを起こす。

 だが、その間違いを自覚し、謝罪することは簡単ではない。

 それが出来ているコダマの心情は、その時とは違うということだ。

 俺の言葉が、どう伝わったのかは分からない。だが、コダマは目を見開き、そして、ほんの少しだけ、安堵したような笑顔を見せてきた。



「……貴方たちと旅をしている間、わたしは、ずっと貴方たちを見続けていた。強敵を前にしても臆さず、困難を前にしても諦めず、時折笑い会う姿を、ただ見続けていた。

 今思えば、その頃からずっと、わたしの心は大きく揺れ動いていたんだと思う。それに気がついたのは、この世界で彼と……健也と、初めて会った時だった。

 健也はそうでは無いけれど、わたしにとっては旧知の仲だった彼を見て、とても懐かしいと感じたわ。……でも、それだけだった。会えて嬉しい、って感情が出てもいいはずなのに、そんな感情は沸き上がって来なかった。それどころか、どうして?としか思えなかった。

 それから、わたしは、自分がどうしたいのか、分からなくなっていったわ」



 かつて、コダマと同じ時間を過ごした仲である勇者。その勇者との思わぬ再会に、喜べなかったコダマ。

 それは、コダマの中で、自身の価値観が変わりつつあった証拠なのだろう。



「わたしは、彼を止めるためにこの時代に転生した。それなのに、貴方たちといる時間が、心地よく感じてしまっているわたしがいた。

 これは自分の使命だと、彼は敵だとしていたのに、彼女を救いたい、守りたいと感じてしまっていた。

 ……そんな葛藤があったからなんでしょうね。わたしは、さっきの健也の言葉に一人、揺らぎそうになってしまっていたわ」

「それは……」

「いいの、気にしないで。これはわたしが、はっきりとした結論を出していなかったのが悪かったんだから。……でも、アテナに正気に戻されて、言葉を投げ掛けられて、わたしは、今の自分が大切だと思うものを、心の中で浮かべたの。

 ……浮かんできたのは、貴方たちの笑顔だった。昔の思い出でもない、使命でもない、ただ貴方たちと過ごした日々の、些細な瞬間。それが、今のわたしにとっての、一番大切なものなんだって、ようやく気がついたの。

 わたしはもう、橘来夏(かつてのわたし)じゃなくて、コダマ(今のわたし)として生きていきたいんだって、気がついたの」



 かつて友と過ごした思い出。

 自分が成すべきことを成すために、己に課した使命。

 それらが、コダマにとって大切でないわけではないだろう。

 ただそれよりも、大切なものが出来ただけ。大切にしたいものが、出来ただけなのだろう。



「……始まりは、最低だったかもしれない。でも今は、貴方たちと一緒にいたい。今度こそ、本当の仲間として生きていたい。だからケイン。こんなわたしを、仲間にしてくれますか?」



 コダマが俺に、問いかけてくる。ナヴィ達も、じっと俺の答えを待ってくれている。

 そんな俺の答えは……すでに、決まっていた。



「コダマ、それは無意味な問いかけだな。だって俺達は、とっくの昔から仲間だろう?」

「……っ!」



 過去がどうとか、使命がどうとか、そんなことは関係ない。コダマはすでに、俺達の仲間なのだから。



「……そうです、そうでしたね。貴方は、そういう人でしたね。嗚呼、悩んでいたのが、少し馬鹿らしく思えてきました」

「そんなことは無いだろ?」

「以外とあったりするものですよ?ともあれ、これからもよろしくお願いしますね、ケイン」

「あぁ」



 コダマが、可愛らしい笑顔を見せる。


 過去に、使命に、葛藤に、ずっと一人で戦ってきた彼女はようやく、本当の意味で、仲間になったのだった。

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