369 最後の五分間 ③
「〝我が正義〟!!」
健也の放った一撃が、ケインの身体を左肩から斜めに向かって、心臓を巻き込んで二つに別つ。
致命傷、などと言う生易しいものではない。文字通りの即死。それが、たった一瞬で訪れた。
力なく倒れるケイン。
その光景に、ナヴィたちの動きが止まる。呼吸をするのを忘れ、ただ唐突に訪れた死に、動くことができなかった。
そんな中、健也はただ一人、息絶えたケインの死体を見て、満面の、あるいは下衆じみた笑みを浮かべた。
「ふ、ふふふ……あははははっ!死んだ……死んだ死んだ死んだ!俺の物語を邪魔する異分子がようやく死んだ!これでもう、なにも恐れることはない!俺の物語は、ようやく元の軌道に戻れるんだ!」
「そうか……で?誰が死んだって?」
込み上げてくる笑いを押さえきれず、声高らかに勝利を確信した健也。
だが、その言葉に質問を投げかけるように、背後から声が聞こえてきた。そう、ケインの声が。
「――は?なん――んぅっ!?」
聞こてくえるハズの無い声。目の前に倒れているのに、背後から聞こえてくる声。
意味が分からない。ありえない。そんなことがあるハズがない。
気持ちの整理が追い付かないまま、健也が振り返ろうとしたその時、二つに別れたケインの死体、その上半身が突如として健也に飛び付き、そのまま口を塞いだ。
「んんっ!?ん、んぅーっ!?」
ぐちゃりと形状を変えながら、健也にまとわりつくケイン。やがてそれは、全身へと広がり、その姿を少女のものへと変化させた。
「よくやった、ルシア」
「ぶぃ!」
ケインは牙炎を撃つ前、密かにルシアを呼び寄せていた。
そして、健也が対応している隙に、ルシアに自身の姿を取らせ、自身は牙炎の炎の中に紛れ込んでいたのだ。
「んぐっ、ぅぐぅーっ!!」
まとわりつくルシアを払おうとするも、切り離されていた下半身が融合し、さらに健也の動きを封じる。
それならばと健也は、自身の周囲に火球を作り出す。そしてそれを、自分に向けて解き放った。
いくら再生力が高かろうと、いくら形状を変えられようと、全方位、自滅覚悟の攻撃を食らってまともでいられるハズがない。
最悪躱されようが、引き剥がすことはできるだろう。そう考えての策だった。
その策は正解である。相手がルシアでなければ。
「ぅあーんぐっ!」
「――んぁ!?」
ルシアは自らに向かってくる火球の姿を捉えると、まとわりついた状態のまま、各部を口のように大きく開かせる。
そしてそのまま、火球を一つ残らず飲み込んでしまった。
その光景に、健也は言葉を失う。自爆を覚悟した一撃だったのにも関わらず、引き剥がすどころか、攻撃を当てることすら叶わなかったのだ。
(クソッ……!早くコイツを引き剥がして、あの野郎に今度こそ叩き込みゃあ勝ちなのに!どうすればコイツを引き剥がせる!?)
まとわりつくルシアに気を取られ、引き剥がすことに躍起になる健也。その結果、ケインを見失っていることに気がついていなかった。
そのケインは、健也がルシアに気を取られている隙に、素早く健也の背後に回り込む。
そして、額に角を出現させながら、龍の右手を強く握り締めた。
「ルシア!」
「んぅ――っ!?」
ケインの声で、ようやく気がついた健也だったが、時すでに遅し。無防備に晒していた背中に、ケインの拳が直撃した。
背後から殴られ、正面から何度も地面に叩きつけられる健也。健也の動きを封じていたルシアは、ケインが殴るのとほぼ同時にその拘束を解いており、なんでも無いようにケインの側に立っていた。
「クッ、ソがぁぁっっ!」
しかし、健也もタダではやられない。
地面に叩きつけられながらも、ケインに向かって斬撃を放つ。だが、あまりにも無茶な体勢だったため、斬撃はケインを掠めることなく、あらぬ方向へと飛んでいった。
そして、受け身も取れぬまま地面を跳ね、勢いが落ちてきたと同時に左手を使い、なんとか体勢を整えた。
「ぐっ……!だが、その程度で俺は倒せな――」
「いつ俺が、お前を倒すなんて言った?」
「……は?」
「偶然だが、ぴったり五分だ。これでいいんだろ?」
「五、分……?――ッ!?」
すぐに攻撃を再開しようとする健也だったが、ケインの言った五分という言葉によって、ようやく健也は気がついた。自分がどこに飛ばされ、近くに誰が居るのかを。
そこには、倒れ込むムーやシュシュ、ロックスにウィン、騎士たちの姿があった。中には糸のようなもので動きを封じられている者もいたが、全員が不自然なまでに地面に横たわっていた。
そして、ハッとしたかのように顔を上げ、先ほどケインが問いた方向を見る。そこには、高密度の魔力を集め、なにかを起動しようとしている少女の姿があった。
(不味い……っ!)
健也の直感が、警告を鳴らす。今すぐこの場所から離れなければならないと。
だが、健也が立ち上がろうとした瞬間、身体が異常なまでに重くなり、おもいっきり地面に叩きつけられた。
「ぐぶっ!?」
「逃がすと思ってるのかしら?」
ナヴィの重力が、健也の身体を地面に押し付ける。健也はなんとか動こうとするも、腕を上げることすら叶わない。
それでも無理矢理に顔を上げると、丁度、少女の姿が健也の目に映った。
「お、おい、来夏。た、助けて、くれ」
少女に向かって助けを求める健也。
だが、少女はどこか寂しそうな顔をしながら、否定の言葉を口にした。
「言ったでしょう?わたしはもう、自分の在り方を見つけたの。だから――」
「待て!来――」
健也の言葉を遮りながら、少女は準備し続けていたそれを起動する。
その瞬間、健也と、その仲間たちの周囲に魔力で出来た巨大な陣が出現する。そして、それがより強い輝きを放ったかと思うと、次の瞬間、健也たちの姿は跡形もなく消えていた。
「さようなら、健也」
健也のいた場所を見つめながら、少女は寂しげに、そう呟いた。




