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366 決別

「……来、夏?来夏だよな!?」



 健也は目の前に現れた少女に向かって、来夏という名で呼び掛ける。

 対する少女は、少女の髪と同じ金色の瞳で、健也のことを見つめていた。



「……えぇ。久しぶりね、健也」

「あぁ、やっぱりそうだ!お前も、こっちの世界に来ていたんだな!」

「そっちこそ、まさか勇者として来ているだなんて、思ってもいなかったわ」



 少女―来夏はどこか懐かしげに、健也と言葉を交わす。その様子に、ケインは一人、困惑をあらわしていた。

 コダマが炎に飛び込み、炎を取り込んだかと思えば、火柱が立ち上がって少女が現れる。そして来夏という名で呼ばれ、健也と知り合いかのように話している。

 状況を理解できていないケインは、声をかけることもできずに、ただその様子を見ている他無かった。



「なぁ来夏、聞いてくれ!今この世界は、とんでもない危機に襲われてるんだ!凶悪なモンスターが現れて、過去の勇者の国を滅ぼしてしまったんだ!それだけじゃない。そのモンスターを利用して、世界を混乱に陥れようとしている奴もいるんだ!」

「……えぇ、知ってるわ。そのモンスターのことも。その人のことも」

「そうか、なら話しは早い!来夏、お前も俺と一緒に戦ってくれ!お前もこの世界に呼ばれたってんなら、とんでもないチートスキルを授かったってことだろ!?俺とお前が力を合わせれば、どんな奴だって敵じゃない!」



 手を差し伸べ、歩み寄りながら、健也が勧誘の言葉を口にする。

 その様子を、少女は変わらず、じっと見つめていた。



「そうね。あれを放置していたら、この世界の滅びは決定的なものになってしまう。だからこそあれは、必ず倒さなければならないわ」

「あぁそうだ!メドゥーサも、そこにいる奴らも倒さなきゃ、世界は救われない!さぁ来夏、こっちに来るんだ!俺たちならきっと――」



 そこまで言いかけた瞬間、健也の頬を、熱を帯びた何かが掠める。健也はその顔に笑顔を張り付けたまま、静止する。

 そんな健也の目の前には、自分に向けて指を差し、どこか悲しげな、あるいは見限ったかのような表情をしている少女の姿があった。



「……ら、来、夏?」

「健也。わたしは、貴方とは行けない」

「何を言ってるんだ……?俺とお前の目的は同じなんだろ!?」

「そうね、同じ()()()わ。少なくとも、貴方を最初に見た時は。でも、今は違うの」

「はぁ……?」

「今のわたしの目的は、彼女を救うこと。そして、彼女の中に巣食う諸悪の根源を―わたしたちが終わらせることの出来なかった厄災を、今度こそ討ち果たすこと。それが出来るのは、それを成せるのは、貴方じゃない」



 キッパリと意見を述べる少女に対し、健也の顔に笑みは無く、再び何かを恨むような表情が現れる。

 そして、少し強めに頭をガシガシと掻くと、我慢が切れたかのように叫びだした。



「……ねぇよ。何言ってんのかわかんねぇよ!なんだよ救うって!なんだよ討ち果たすって!来夏!お前はそんな、訳のわかんねぇこと言うような奴じゃあ無いだろ!?」

「……健也。貴方とわたしじゃ、生きてきた年月が違うの。貴方があの日のままならば、わたしはもう、何十年と生きているの」

「は……?んなわけねぇだろ……?俺とお前は一緒の年で!同じクラスで!俺とお前とあいつで、ずっと一緒にいただろう!?」



 何かを訴えかけるように叫ぶ健也。

 だが少女はただ、それらを懐かしむような表情を見せる。その表情が、健也の苛立ちをさらに加速させた。



「……んだよ。どうしちまったんだよお前は!……ソイツか?ソイツに何かされたんだな!?」



 健也は反射的に、少女の背後にいたケインが原因だと言い始める。

 ケインの精神はすでに安定しつつあり、痛みの山場も越えてはいるものの、未だ満足に動ける状態ではない。

 とはいえ、反論の一つくらいはできる。勝手な因縁を押し付けられたことに、反論しようとしていたケインだったが、それよりも早く、少女の方が答えを出した。



「全てがそうって訳じゃないわ。けれど、そうね。今のわたしがあるのは、間違いなく彼のおかげよ」



 笑みを浮かべながら出した、少女の答えに、健也は何度目かも分からない硬直を見せる。

 その間に、少女は健也に背を向け、ケインの方へと振り返った。



「……お前、は……」

「色々と聞きたいことがあると思うけれど、それは後で答えてあげる。だから、協力してほしい。彼と、彼らを、ここから追い出すために」

「お前は……コダマ、なのか……?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える。けれど、これだけは信じて欲しい。わたしは貴方の味方であり、(しゅ)は違えど同じ目的を持つ同士であり、共に歩んできた仲間よ」

「……分かった。お前の言葉を信じよう」



 ケインは未だ激痛に苛まれている身体に鞭を打ち、立ち上がる。そして、振り返る少女の隣に並び立った。

 その姿を見て、健也の怒りはさらに高まっていく。



「ざけんな……ざけんなざけんなざけんな!ふざっっけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「……健也」

「なにが彼のおかげだ!なにが信じて欲しいだ!ふざけんのも大概にしろ!お前は俺の隣に居るのが正しい!これまでも!これからも!なのに……なのになのになのにっ!なんでお前はソイツの隣に居る!?どうしてお前は俺を拒む!?答えろよ!来夏!」

「悪癖も、ここまで行くと病気ね……さっきも答えたでしょう?わたしの目的と、貴方の目的は違う。だからわたしはこちらに付く。わたしの役目を果たすために」



 癇癪を起こす健也に対し、呆れた声色で返す少女。その言葉には、明確な決別の意思が込められていた。

 それを聞いた健也は黙り込み、俯いた。そして、その顔を再び上げた時、その表情は、殺意に満ちていた。



「……そうか。もういいわかった。お前は来夏じゃない。来夏の顔と記憶を持った偽者だ。そうだ。そうに違いない!そうでなきゃ、俺を拒絶する訳がない!」

「健也……」

「来夏の声で、俺の名を呼ぶな偽者め!お前ら全員、今ここで終わらせてやる!そうすれば、本物の来夏も救われる!」



 その言葉を受け、少女は確信した。健也はもう、()()()()()のだと。

 もし変われるのなら――そんな考えを、少女はほんの少しだけ期待していた。だが、健也は少女の思っていた通りにしかならなかった。

 だからこそ、少女は一度、目を瞑った。

 そして、自身の中で区切りを付けた後、その目を見開いた。

 ケインはそれを何かを知ってか知らないでか、少女が目を開いたのを確認してから、少女に声をかけた。



「行けるか?」

「……大丈夫。やりましょう、ケイン」

「覚悟しろ偽者!来夏の姿形を取ったこと、後悔するがいい!」



 そして、最後の戦いにして最も長い五分間が、幕を開ける。

 健也と少女。一度壊れれば二度と修復できないものが、二人の中でひび割れ、砕ける音を、開戦の合図として。

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