365 秘策と切り札、そして……
ケインの側で浮遊する、異なる4本の槍。
一つは、激流のごとき水を纏いし水槍。
一つは、嵐のような暴風を纏いし嵐槍。
一つは、毒々しい瘴気を放つ毒槍。
一つは、眩いほどの閃光を放つ光槍。
ケインは、それら4つの槍に手を伸ばすと、そのまま健也に向かって、次々に投げ飛ばした。
先の2本と異なり、今度は連続して迫ってくる槍。しかも、どれかを避けようとすれば、必ずいずれかの槍にぶつかる絶妙な位置関係。
結局のところ、健也にはまたしても弾き返す以外の選択肢は無い。
だが、2本を同時に弾くだけでも相当な集中力を強要されたというのに、そこから4本をほぼ同時に弾かなければならないとなれば、健也に残された手は一つしか無かった。
「制限、解除……ッ!」
制限解除により、4本の軌道を見切った健也は、そのまま連続で弾き返す。
魔力の大量消費と、負担の大きいスキルの併用という、大きな負荷を代償として。
だが、健也はそれらをおくびにも出さず、ケインを睨み付ける。
等の本人はというと、次の槍を出す様子を見せない。健也はそれを、ネタ切れを起こしたのだと、この期に及んでもなお勝手な解釈をしていた。
「はぁ……っ、はぁ……っ、どうした、もう終わりか!?」
「あぁ、お前のおかげでな」
「……は?それっでどういう――」
健也の言葉を遮るように、ケインが空を指差す。健也は思わず、その視線を追った。
そこにあったのは、健也が弾き飛ばした7本の槍。それらが分裂し、無数の小さな槍と化し、空を覆い尽くしている光景であった。
そして健也は察してしまった。この後、何が起きるのかを。
健也は、ケインに向かって静止を呼び掛けようとする。が、ケインの方が早かった。
「踊れ。〝狂槍乱舞〟」
その一言と共に、無数の槍が雨のように、けれども意思を持つかのように、一直線に健也に向かって飛んでいく。
狂槍乱舞。ケインが仲間たちの力を用いて産み出した、合成技の一つ。
即座に使えず、事前準備が必要になるとはいえ、その前準備だけでも敵を追い詰められ、例え回避されたとしても、その後にほぼ回避不可能の一撃を叩き込むという、とんでもない技である。
まぁ、ケインからすると、初発ながらここまで耐えられたのは、少しショックではあったのだが。
そんな中、絶体絶命の状況に追い込まれている健也は、怒りと恨めしさをその顔に浮かばせながら、魔力の放出を切った。
そして、おもむろに左手を顔に被さるようにすると、そのまま空中を切るかのような動きを見せた。
――その瞬間、迫り来る槍が、狂槍乱舞が消えた。
「な――」
狂槍乱舞を消され、思わず声を漏らすケイン。
その横で、パンドラと合流したアテナが互いの顔を見合い、何かを確信したかのように頷いた。
「ケイン。どうやら奴は、スキルを消せるらしい」
「……は?」
「正確に言えば、スキルや、それに準ずるものの発動を阻害し、打ち消すようです。色々と、制約はあるようですが」
睨むように健也を見る二人の言葉に、ケインは冷や汗をかく。なにせそのスキルは、ケインにとって天敵すぎるものであるからだ。
そして、健也たちの方も、そのスキルを使うために払った代償が姿を見せていた。
「ぁぐあ、っ!?ぅがあぁぁぁあぁっ!?」
「――っぁ、か――っ!?」
強制強化が切れ、ムーたちの身体に反動が激痛となって現れる。
これまで味わったことのない苦痛に、ウィンたちは戦闘中であるにも関わらず、耐えきれずに膝をつき、身体を丸め、苦痛に歪んだ声を上げることしかできなかった。
その姿は、敵であるガラルたちでさえ、心配を覚えるものであった。
「は……はははっ……あははははっ!」
突然、狂ったような笑い声を出す健也。
ケインは未だ止まらぬ冷や汗を流しつつも、咄嗟に構えを取った。
「……いいぜ、認めてやるよ。ケイン・アズワード、お前は雑魚でもモブでも、やられ役でもない。勇者の前に立ちはだかる、圧倒的なまでの脅威だ。だがなぁ!?そんなお前も!お前らも!全て失っちまえばどうなる!?」
「――っ、まさか!?」
ケインは、健也が何をしようとしているかを察し、それを阻止すべく駆け出すが、確実に間に合わない。
小規模の狂槍乱舞では、健也に回避されてしまうと考え、最大範囲で使うために、距離を取っていたことが仇となったのだ。
だが、そんな反省は今さらすぎる。そして、している暇もない。
「全員、離れろっ!」
振り返ること無く、背後にいる仲間たちに指示を出すケイン。
そして、強く右足を踏み込もうとした瞬間、健也の不敵な笑みと共に、再び左手を凪ぐように振るった。
「〝俺だけの世界〟ッ!!」
その瞬間、アテナの空間にいた、健也以外の全てが、この世界の理から弾き出された。
健也は、笑みを止めない。例え、目の前にいるケインが、謎の力を得ていようと、スキルやその他全てを止めてしまえば、ただの人間に成り下がる。
そうすれば、スキルを使った反動があったとしても、余裕で殺せる。しかも、ケインの方から近づいてきてくれた。
自ら飛び込んできた獲物に、健也は聖剣を振るおうとする。
だが、強く踏み込み、突撃してくるケインの姿は、人間のままではなく、異形の姿へと変化した。
「――は?」
「ぅらあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ごふるぁっ!?」
一瞬、呆けた声が出たのもつかの間、距離を積めたケインの拳が健也の腹部に直撃する。
勝ちを確信し、完全に油断していた健也は吹き飛ばされ、地面に何度も打たれ、転がっていった。
「かはっ……なん、っ……!?」
スキルを封じたはずなのに、どうしてその姿になっている!?
そう言おうとした健也。だが、そのために顔を上げた瞬間、異形の姿をしたケインの背後に、それが映った。
最初に、ケインの指示の意味を理解したのは、ケインと繋がっているガラルたちだった。
ただし、すでに決着がついているようなものである以上、ガラルたちが無理に離れる理由はない。そのため、ほんの少しだけ、距離を開けるに留めた。
そして、俺だけの世界が発動した直後、次にその意味を理由したのは、イルミス。
イルミスは、自分の中のなにかが、強制的に消されたことを感じ取った。それこそ、人間体を維持できなくなるものを。
それを理解した瞬間、イルミスは翼を広げ、全速力で空に逃げた。地面に居ては、仲間たちを巻き込んでしまうから。
そして、隠していたその全てが、強制的にあらわとなった。
「……は?んだ、それ……っ!?」
未だ苦しむウィンが見たのは、今しがた自身が戦っていた五体のモンスター。
元々姿を隠していなかったソルシネアと、一般的に弱いとされているルシアを除けば、残りの三体は一体でも居れば、それだけで甚大な被害がもたらされるとまで言われているモンスターばかり。
それらが、無様な姿を晒している自分を見下すような目で見つめていた。
それはウィンにとって、これまでにない絶望でしかなかった。
「そん、な……!?」
「……嘘、でしょ……?」
「バカな……!?」
ムーとシュシュ、そして、二人から少し離れたところからロックスが見たのは、空に現れた一体のドラゴン。
その白く輝く圧倒的な存在感に、三人は完全に萎縮してしまっていた。
「まさ、か……聖、龍……?」
そんな言葉が、ムーの口から漏れる。そしてそれは、間違っていない。
だが、ムーがそれを知るよしもない。むしろ知ってしまえば、彼女がどうなってしまうのか。
それは、誰にも分からなかった。
変化があったのは、彼女たちだけではない。
ウィルとビシャヌは、人魚の姿に強制的に戻され、ティアは一部機能が阻害されたことで、動き辛そうにしていた。
そんな、各所で変化が起きている中、今の状況に焦りを感じている者たちがいた。
「ぅお、ぐっ……ぁっ!?」
「ぐぅっ!?気をしっかり保て!」
健也を殴り飛ばした後、ケインは必死になって自分を押さえ込もうとしていた。
ただでさえ、前の反動が残っている現状で、強制的とはいえ、さらに全解放してしまったのだ。
先ほどよりも、自我を失いかねない時間は圧倒的に短いものとなっていた。
パンドラもアテナも、本当ならばすぐに側に寄りたかった。だが、権能を一時的に押さえ込まれたがために、二人とも地面に落ちていた。
つまり、ケインの側には誰も、ケインを押さえ込める者が居ないのだ。
ケイン自身も、それを理解している。だからこそ、必死になっていた。
今度自我を失ってしまえば、元に戻れるか、分からないのだから。
そんな中、背後に映ったイルミスに一瞬だけ萎縮した健也が立ち上がり、そして、ケインの姿を見た。
そして苦しむその姿を見て、思わずにやりとした笑みを浮かべた。
「はっ、なんだかよく分からねぇが、これはチャンスってことだよなぁ!?」
健也はそう言うと、巨大な火球をいくつか出現させる。そしてそれらを、ケインに向かって発射した。
放たれた火球が迫る中、唐突に、ケインの姿が元に戻る。ケインが持つ適応力が、この危機的状況に反応し、限界突破と絆を最優先で適応させたのだ。
だが、例え戻ったとしても遅い。もうすでに、火球は目の前にまで迫っているのだ。
今からの回避するのも、防御するのも間に合わない。そう思い、歯を食い縛って耐えようとするケイン。
そんなケインの右肩に、突然、小さな重みがのしかかった。
ケインの視線が、右の方へと向けられる。そこにいたのは、黄色い小さきもの。そしてそれは、ケインの肩を蹴り、迫り来る火球の中に、自ら飛び込んでいった。
「くっ、くぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「なっ……こ、コダマァァァァァァッ!?」
火球に飛び込んだ小さきもの――コダマが、炎に包まれ、苦悶の鳴き声を上げる。
なぜ?どうして?その一瞬の出来事に、ケインは訳も分からなくなり、ただコダマの名を叫ぶことしかできなかった。
「チッ……よく分からんが、邪魔が入ったなら、もう一発――ん?」
「コダ、マ……?」
上手く見えなかったが、邪魔が入ったことだけは分かった健也は、もう一度火球を撃ち込もうとする。
だが、今しがた撃った火球の異変に気がついた。そして奇しくも、ケインも同じように、その異変に気がついた。
「なんだ……!?火球が、消えていく!?」
健也が見たのは、放った火球が、なぜかその場に留まり続け、どんどん小さくなっていく様子。
ケインの方も、同じような異変に気がついた。だが、健也と明確に違うのは、その異変を起こしているものが、目の前にいることだ。
「コダマ、お前……」
ケインが見たのは、コダマが火球の炎を取り込んでいる姿。
コダマは普通のエレメンタルフォックス。特別なにかができる訳ではない。そう、これまで思っていたものが目の前で否定される。
やがて、火球の炎を全て取り込んだコダマが、地面に降り立つ。そして――
「くぅ――アァァアァァァァァァァァッッ!!」
「「なぁ――っ!?」」
これまでに出したことのない力強い咆哮と共に、巨大な火柱に包まれた。
その熱量は、時間をかけることなくどんどん上がっていき、それに比例するかのように、小さな炎の渦が現れる。
その数は一つ、二つと増えていき、やがて、九つとなる。そして、それら九つの渦が火柱と重なった瞬間、火の元が眩い光を放ち、同時に、火柱が弾けるように霧散し、火花を散らしながら消え去った。
「一体、何が……」
ケインがそう呟く中、火の元から、それが姿を現す。
背丈は、ケインよりも少し小さいくらい。髪の色は金色で、光が当たり、ほんのり赤く反射している。
装いは、ベイシアの着物に似ているが、何かの儀式を行う巫女のような印象を受ける。
そして何よりも、その者には、耳と尻尾が生えていた。人間のものではない。頭部に二つ、狐の耳が。
そして尻尾は九つに分かれ、それぞれがふわりとしており、風にたなびいていた。
ケインも、遠くからその様子を見ていた誰もが言葉を失い、その者を見つめる中、一人だけ――その者の正面にいた健也だけが、その口を開いた。
「……来、夏?」




