364 虚(から)
「「うおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」」
ケインと健也、二人の剣技が先ほどまでよりも、より激しくぶつかり合う。
その戦いは、他の追随を許さないような、圧倒的なものだった。しかしながら、純粋な立ち会いでは、やはりケインの方が一枚上手だった。
「ぁぐ――っ!?」
「ぁが――っ!?」
聖剣を創烈を用いて受け流し、天華で斬る。
天華を囮にして、死角から創烈で斬り上げる。
二刀を重ね合わせて、そのまま押し斬る。
流石勇者と言うべきか、致命傷に中々ならないものの、主導権は圧倒的にケインが握っていた。
そしてもう一つ、主導権をケインが握っている理由がある。それは、健也の魔力。
先ほどまで、火球を連発していた健也だったが、今は単純な剣技でぶつかっており、スキルを発動させる素振りを見せない。それもそのはず、今の健也は、魔力が急速に外に流れ出ている状態だった。
強制強化。並列強化の亜種とも呼べるそのスキルは、圧倒的な強化をもたらすのと引き換えに、双方にとんでもないデメリットを与えるスキルである。
並列強化同様、対象の味方を強化する点は変わらない。だが、その出力はおよそ三倍以上にまで膨れ上がっている。
ただし、発動中は使用者の魔力をものすごい速度で消費するうえ、その効果が切れる、或いはスキルを解除した瞬間、受け手の身体が反動で動けなくなる。
強化値が凄まじいぶん、その反動を覚悟しなければならないそのスキルを、健也は今も使っていた。
そのため、他のスキルを使うのに、魔力を殆ど回せずにいるのだ。
とはいえ、やはり代償を加味したとしても、今はメリットの方が圧倒的に強かった。
「アハハハハッ!どぉしたどぉしたぁぁ!まさか、この程度じゃあねぇよなぁ!?」
「――チッ、どうなってやがる!?」
「分からぬ……だが、やる他あるまい!」
「はぁぁっ!」
「何度来ようが、その程度の攻撃など効かん!」
「くっ……なんなのよコイツ!?」
(防御力、反応速度、どちらもさっきよりも高い。アリス様もいるとはいえ、厳しいですね……)
「おいおい……どうなっているのだ?先まで弱っていたではないか……」
「推察。先程、彼女たちに向かって飛んできた魔力が原因と思われます。恐らく、先程よりも強い強化かと」
「だろうな。この速度でこの威力を連発するなど、貴様のような者でもない限り不可能だろう」
ウィンは、手も足も出なかったガラルだけでなく、ベイシアたち五人を同時に相手取っており、
ロックスは、先程よりも固く、早い速度で、ユアとアリス、二人の変則的な攻撃を完全に防ぎきっており、
ムーとシュシュは、最早弾丸のようにスキルを放ち続けており、リザイアとティアを完全に押さえつけ、ナヴィたちに手出しされないよう牽制していた。
とはいえ、前者はともかく、後者の二人は、今自分たちが健也から何を受け取っているのかを理解しているため、早くに決着をつけようとしていたが。
場面戻ってケインと健也。
一度は優位に立っていたケインだったが、健也も全力を出せないながらに食らいつき、再び互角の勝負に戻りつつあった。
そして、一度は圧倒されたものの、なんとか巻き返し、逆転勝利――そんな健也の妄想を、ケインは一切の容赦なく叩き潰しに動いた。
ケインは一撃、大きいものを叩き込むと、その反動を生かしてバックステップをする。
そして、ほどほどに距離が空いたところで、天華と創烈を鞘に納め、右手を開いた。
影の槍。ケインはその力を得る前から、一つの仮説を立てていた。
それは、このスキルは、本当に影の槍なのだろうか?というもの。
その疑問が浮かんできたのは、ナヴィが闇のかわりに自身の血を用い、血染めの槍として発現させた時。
今になって思えば、このスキルには、最初から不自然な点が多かった。
スキルを使うだけで魔力を吸われる。魔力でない、別のなにかを与えれば、それを取り込んで形を作る。
それこそ、このスキル自体が、なにかで満たされたがっているかのように。
ケインは、影の槍を得てからも暇があれば、このスキルについて調べていた。
そして、ようやく答えにたどり着いたのだ。このスキルの真名に。
「〝虚の槍〟」
それ単体では満たされず、常に何かを欲する槍。
文字通りの空っぽの槍は、ケインの右手に出現した瞬間、ケインの魔力を吸い始めた。
「〝電撃〟」
ケインの右手から、雷が走る。
その瞬間、虚の槍が、ケインの魔力ではなく、雷を取り込み始める。
時間にして、僅か3秒程度。たったそれだけの時間で、槍は雷を取り込み、その姿を変えた。
「〝雷槍〟!」
ケインは、雷を纏った槍を、健也に向けて投擲する。その名のとおり、雷のごとき速度で飛んでいく槍だったが、健也には見えているのか、軽々と聖剣で弾いた。
「はっ、この程度余ゆ――」
槍を弾き、いい気になった健也だったが、ケインの姿を見た途端、言葉を失った。
ケインの両手には、二本の槍が握られていた。
片方は、沸騰するかのように燃え上がる槍。もう片方は、見ていて震えるほどに凍てついた槍。
すでにケインは、その二本を投擲する体勢に入っていた。
「〝炎槍〟!〝氷槍〟!」
「チィ――ッ!?」
同時に投擲される、二本の槍。先の雷槍に比べれば、向かってくる速度は遅い。だが、あくまでもそれと比べたら、だ。
鬼人の剛腕を用いて投擲された槍は、並の速度を優に越える速度で飛んできている。
それを今から回避するのは、いくら勇者といえど難題であった。だからこそ、健也はそれらを弾く以外の選択肢を取れなかった。
タイミングは一度きり、外せば致命傷を負わざるを得ない状況。たった一瞬の刹那の中で、健也は極限の集中力を見せ――見事、二本同時に弾き飛ばすことに成功した。
「っはぁ……っ、これで――」
二本の槍を弾き飛ばし、忘れかけていた呼吸を大袈裟気味に行う健也。だが、視線の先に写った光景に、唖然と困惑の表情を浮かべる他無かった。
なにせ、ケインの周りにさらに4つ、異なる槍が出現していたのだから。




