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363 それが貴様が望むもの

「改めまして、始原の精霊が一柱、アテナと申します。パンドラ共々、これからよろしくお願いいたしますね」



 まるで、聖母のような笑みを浮かべるアテナ。

 その笑みを見たパンドラが、妙にげんなりとした表情を見せた。



「……おい、アテナ。お主、まだそんな張り付けたような笑みを続けておるのか」

「張り付けた、とは失礼ですね。これは、わたしからの信頼と敬意を込めた笑みですよ?そういう貴女こそ、笑みの一つや二つ、浮かべてみたらどうですか?」

「ふん。笑みなんぞ、そう軽々と浮かべるもんではないわ。笑みというものは、自然と浮かぶものであろう?」

「では、わたしの笑みは自然なものではないと?不自然でぎこちない笑みしかできない貴女に言われるだなんて、わたし、少々傷つきましたわ」

「よし、その喧嘩買ってやろう」



 ケインの目の前で、唐突に始まった口喧嘩。

 だが、ケインは二人の表情を見て、それが妬みあっているからではなく、お互いを信頼しあっているからこそのものであると瞬時に理解し、ほんの少しだけ肩を竦めた。



「…………んな」



 ……まぁ、



「ふざっ……けんなァァァァァァッッッ!!!」



 その状況を、良しとしない者も居るわけだが。


 未だ植物に捕らわれたままの健也が、怒りに満ち満ちた声を上げる。

 その怒声に、やれやれといった様子でアテナが振り返ると、健也は憎悪にも似た激しい怒りと共に、アテナを睨み付けていた。



「ふざけるな、とは?」

「とぼけてんじゃねぇ!さっきのは完全に、俺に力を貸す流れだっただろうが!俺と共に、ソイツをブッ倒す流れだっただろうが!なんで悪役のソイツに手ぇ貸してんだよ!?」

「……はぁ……何かと思えば、そんなことですか」

「んだと!?」



 大きなため息と共に、心底面倒そうに口を開いたアテナに対し、もはや先ほどまでのへりくだった態度は無い。

 ただ苛立つ健也に対し、アテナは淡々とした態度で答えた。



「簡単ですよ。彼が、わたしを求めているから。だから、彼に力を貸そうと、彼と共に行こうと決めたのです」

「はぁ!?力なら、俺も求めただろうが!ソイツと一体何が違うって――」

「違いますよ。何もかも」



 アテナは、はっきりとした強い口調で、健也の言葉を遮り、否定する。

 そして、それと同時に放たれた強い気迫が、健也の言葉を詰まらせた。



「彼が求めたのは、わたし自身――始原の精霊、アテナという存在です。己の願いのために、わたしという個人を求めたのです。……だが、()()は違う」



 アテナの表情が、一瞬のうちに強ばり、その口調が豹変する。

 さらに強まったその圧倒的な気迫は、直接顔を見ていないケインですら気圧されるほどであった。



「貴様が求めているのは、わたしではない。〝貴様にとって、都合のいい駒〟だ。ただ己の思い通りに動く玩具。貴様に都合よく靡く傀儡。貴様に媚びへつらう道具。意思も、尊厳も、何もかもを放棄し、貴様に傅く奴隷。それが、貴様が望んでいるものだ。わたしは、そんなものに成り下がるつもりなど無い!」



 アテナの凄まじい気迫は、誰をもの息を詰まらせ、言葉を発することすら許さない。

 ただ一人を除いて。



「……あの阿呆(あほう)め、的確にアテナの地雷を踏みおったな」

「アテナの、地雷……?」

「左様。あやつは、精霊であることに強い誇りを持っておる。故に、その誇りを貶されることは、アテナにとって最大の侮辱となる。

 遥か昔に一度、『どうでもいいような奴らなんか放っておいて、俺のために最高の幸福を与えてくれ』などと戯けた男が居てな?その時もアテナは怒り狂い、逆に男の幸福を一欠片も残さず取り上げ、廃人にしたことがあるのだ」

「五月蝿いぞ、パンドラ」



 パンドラの方に振り向き、キッと睨み付けるアテナ。

 それに対しパンドラは、「おぉ怖い怖い」と言いながら、ヘラヘラとしていた。……尚、流れ球で睨まれたケインは、おもいっきりビクゥッ!となっていた。

 アテナは、はぁ……っとため息を吐くと、張り詰めていた気迫が僅かに和らぎを見せる。そして、健也の方に振り向きながら言葉を続けた。



「第一、貴様はわたしの空間に、資格も無しに、勝手に穴を空け、土足で踏み行って来ているのだぞ?そんな貴様に、何故わたしが手を貸さなければならない?」



 アテナの言っていることは正論だ。

 パンドラの協力があったとはいえ、正規の手段で訪問し、礼儀を以て接したケイン。

 勝手に入り口を壊し、勝手に入り込んで好き勝手言い出す健也。

 どちらに好印象を持ったかなど、分かりきったことである。



「それともう一つ。貴様のその口、いい加減閉じたらどうだ?この甘ったるく心に干渉しようとしてくる気色悪い魔力に、これ以上触れていたくもないのでな」



 アテナはそう言うと、目には見えない何かを手で払うような素振りを見せる。すると、アテナの周囲の空気が、綺麗な色を取り戻す。

 アテナが払ったそれは、ケインも常々感じていた、身体中にへばりつくかのように纏わりついていた魔力。

 それが払われたことで、ケインは身体が先ほどよりも軽くなったのを感じた。


 ただし、それを見ていた健也の顔色は、最悪の一言に尽きるものだった。



「……どいつも、こいつも……どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもッ!好き勝手言ってんじゃねぇぇッ!」



 憎悪の籠った声を荒げる健也。アテナは、そんな健也を興味無さげに見た。それが、健也の癪に触ったのか、その表情は、さらに険しいものとなった。



「俺は勇者だ!この世界の!この物語の主人公だ!俺の物語に、意味わかんねぇケチ付けてんじゃねぇ!!」

「はぁ……もういい、黙れ」

「ぅがっ!?」



 叫び散らかす健也に向けて、突き出した掌を握り締めるアテナ。

 その瞬間、健也を捕らえていた植物たちが、まるで樹の根のように太くなり、さらに健也を締め付けにかかった。



「貴様から受けた罵声、そっくりそのまま返してやろう。ふざけるな!わたしたちはこの世界で生きている。生きているから心がある。感情がある。意思がある。それらが全て、貴様の思い通りになる?思い上がったようなことを言うな!貴様のつまらぬ価値観で!貴様の固まりきった考えで!我々のことを知ったように語ることは、断じて許さぬ!」

「ぁ――っ、―か――ぁ、っ!?」



 植物の締め付けがさらに強まり、ミシミシという音が鳴り始める。さすがの健也と言えども、これには耐えられない――そう思われていたが、ケインは、真っ先にその異変に気が付いた。

 息苦しい声を上げる健也。だが、ギリッと何かを噛み潰したかのような表情を見せると、身体に魔力を貯め始める。

 アテナがそれに気がつき、さらに締め付けを強くするも――健也は構わず、強行した。



「だか、らっ!そんな目で!俺をっ!見るんじゃねぇぇぇッッッ!!!」

「――っ!?」



 健也が叫ぶと同時、健也の身体から魔力が暴発する。その瞬間、健也を縛り上げていた植物が、一瞬のうちに消え去った。

 縛られていた体勢が体勢だったために、地面に倒れ込む健也。だが、即座に聖剣を拾い上げると、そのまま魔力を込めて振り上げ、アテナに向かって斬撃を放ってきた。

 だがアテナは、驚きこそしたものの、すぐに冷静さを取り戻し、自身の魔力を風のように飛ばし、その斬撃に叩き込んで相殺した。



「あぁ、クソがッ!本当に、どいつもこいつも使えねぇ……思い通りにならねぇ、うぜぇうるせぇクソどもがよぉっ!テメェらもテメェらだ!寝てる暇があるんだったらさっさと起きて戦いやがれ!」

「貴様、何を――」

「〝強制強化(ハイブースト)〟ッ!」



 アテナが何かを言うよりも早く、健也の身体から真っ赤に染まった魔力が、無様な姿を晒すウィン、麻痺毒にやられ、倒れ込むロックス、唯一立っているものの、すでに追い詰められた状況にあるムーとシュシュに向かって飛んでいく。

 そして、その魔力がムーたちを包み込んだ瞬間、それは起きた。



「ィヒィヤッハァァァァッ!」

「……何!?」



 地面に這いつくばっていたウィンが、奇声を上げながら飛び起き、そのままガラルに斬りかかり、



「ぅ、オオォオォォォォォォォォッッ!!」

「「なっ……!?」」



 麻痺毒を受け、意識を失ったはずのロックスが雄叫びと共に立ち上がり、



「これは……あぁもうっ、こうなった以上、やるしかない……!」

「ですね……っ!」



 唯一、今受け取った力を知る二人が、半ば自棄になりつつも、攻勢に出る。


 決着がついたはずのそれぞれの場所で、再び戦闘が始まったのだ。



「は、はははっ!もういい、俺の思い通りの展開にならないやつなんて必要ない。ここで全員、終わらせてやるよ!」

「させるか!」



 健也が再び斬撃を放ち、それを今度はケインが波斬(スラッシュ)で返す。

 互いの技がぶつかり合う中、アテナの漂わせる気配が、元のものへと戻っていく。

 その様子を見ていたパンドラが、アテナに視線で何かを訴えかける。アテナはそれだけで、パンドラが自分に何を望んでいるかを察し、ケインに声をかけた。



「ケインさん。早速ではあるのですか、少々この場を離れさせていただいてもよろしいでしょうか?少しだけ、やらねばならないことがあるようなので」

「……分かった。パンドラ!」

「分かっておる!……頼んだぞ」

「えぇ」



 二人は小声でそう言葉を交わすと、パンドラはケインの側に付き、健也と対峙する。

 そして一方のアテナは、その場から離れ、とあるものの元へとたどり着いた。



「〝浄化〟」

「――!?」



 ソレは、アテナに浄化をかけられたことに驚き、その目を見開く。

 その様子を見て、アテナはソレにしか聞こえないように、小さな声で話しかけた。



「貴方が、何を望んでこの場にいるのかは分かりません。けれど、貴方は迷っている。そうですね?」

「……」



 ソレは、何も答えない。図星だからだ。

 そんなソレに対し、アテナは優しい声で語りかけた。



「それなら、今の貴方がどうしたいのか。それを考えてみてはどうでしょうか?貴方の望みを、今だけは放っておいて。今の貴方が、こうしたいと思うことをすればいいのです」

「……」

「この先、今日の選択を後悔する日が来るかもしれません。ですがそれは、未来の話です。今の貴方には関係ありません。今の貴方が後悔しない選択をすればいいのです。……大丈夫。貴方がどんな選択をしようと、わたしは、貴方を理解してあげますから」



 そう言って、アテナはソレを撫でると、ケインの元へと戻っていく。

 そして、残されたソレは、考えた。

 今の自分が、後悔しない選択を。

 やがて、ソレは駆け出した。

 周囲の声も何のその、ソレは一目散に向かって行き、飛び込んでいった。


 激化する二人の――三人と一人の、戦場へ。

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