356 血濡れた刃に明日などない ④
時は遡り、健也とムーが、シュシュを仲間に加えてから数日後、健也はシュシュの提案を聞いていた。
「並列強化?」
「そう。ここ数日見てきたけど、貴方は他の誰よりも〝成長〟という点において異常。そう遠くないうちに、私も彼女も、貴方の足元にも及ばなくなる」
「そんっ、な、ことは……」
ムーが否定を口にしようとしたが、思い当たる節があったのか、口ごもってしまった。
「だからこそ、並列強化は必要。このスキルは、使う者が強ければ強いほど、その上昇値は大きくなる。極端な話、貴方が仲間だと認めれば、そこらの子供が貴方並みの強さを手に入れることだって出来る。ただ、仲間と定めた相手が増えれば増えるほど、強化される値は減っていくけれど」
「なるほど……で?メリットばかりに目が行くが、デメリットはあるのか?」
「ない。強いて言うなら魔力消費が早くなるくらいだけど、貴方の場合は関係ない」
「OK分かった。なら、さっさと習得してしまおう。それが、この世界を救う為になるならな」
*
「借りモン、だぁ……?ふざけんな!これはオレの力だ!オレの実力だ!」
「はぁ……勘違いもここまで行くと、寧ろ清々しいな」
蹴られた箇所をものともせずに立ち上がるウィンに対し、頭を抱えて哀れむガラル。
その様子に、ウィンはさらなる怒りを見せた。
「テメェ、オレに勝てねぇからって嘘付いて誤魔化そうとしてんだろ?やることがチッセェなぁおい?」
「はっ、なら試してみろや。テメェの力がホンモンだって、言わせて見せろ」
「――っ、なに、上から目線で物を言ってやがってんだよっ!!」
ウィンは地面を蹴り、刺突を繰り出す。
が、ガラルは避けようともしない。避ける素振りも見せない。
(ほら見ろ。やっぱり嘘付いて誤魔化そうとしてんじゃねぇか。そんなんでよく大口なんて叩け――)
だが、ガラルの次の行動で、ウィンは思考を停止させた。
ガラルは、目を瞑っていた。
迫り来る剣はおろか、ウィンすらも見ようともせず、眠るように、その目を閉じていた。
その行動が、ウィンの怒りを加速させた。
「死っ、ねやぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
煮えたぎるような怒りが、怒声となってウィンの口から飛び出る。
その怒りに、ガラルが答える筈もなく。ただ剣先が、ガラルに迫っていく。
そして、剣がガラルの身体を刺し貫こうとしたその瞬間、ガラルはさも当たり前のように身体を逸らした。
「な――――――おぐっ……っ!?」
ガラルが回避したことに驚きを見せるのもつかの間、ウィンの身体に、ガラルの拳が突き刺さる。
その一撃は、先ほどの蹴りよりも重く、ウィンの身体をさらに遠くへ殴り飛ばした。
「ぅえっ、か――ぁはっ、っあ……!?」
「……どうした?テメェはオレより上なんだろ?寝そべってていいのか?」
「ク、ソがぁぁぁぁぁぁっ!!」
目を閉じたまま、近づいてくるガラルに対し、ウィンは手にした剣の柄を壊すかのように強く握り締め、斬りかかる。
だが――その剣が、ガラルを捉えることは、1度たりとも無かった。
「――っ、なぜだ!どうして当たらねぇ!?」
ガラルに剣を躱されるたび、怒りを忘れ、焦燥が現れるウィン。
そんなウィンに対し、ガラルは目を閉じたまま、その問に答えた。
「ンなもん決まってんだろ。テメェとオレとじゃ数が違う。潜ってきた修羅場の数と、経験してきた死期の数と、乗り越えてきた死地の数がな」
「――っ、はぁ?なに言って――」
「テメェの剣は単純だ。技も無けりゃあ技もねぇ、何一つ乗ってねぇ空っぽの剣だ。オレからすりゃあ、ンなもん死地の一つにもなりゃしねぇ」
「っ!ふざけんじゃね――がふっ!?」
「テメェとぶつかって、オレは、久々に死の縁に立つ感覚を感じた。だが、所詮はそれだけだ。言ってやろうか?テメェとの殺り合いは戦いじゃねぇ。ただのじゃれあいだ」
「テメ――ぉぐっ!?」
ガラルは、その目を開けること無く剣を避け、ウィンに拳を叩き込んでいく。
ウィンは反論しようと試みるが、ガラルの拳がそれを許さない。
(目を閉じてるから、こっちの行動なんざ見えてねぇハズなのに!なぜ当たらない!?なぜ的確に攻撃できる!?)
人というものは、焦ったり驚いたりした時、動きが単調なものになりやすい傾向がある。
ウィンの場合、その気が拍車をかけて酷い。実際、今のウィンの剣技は、剣を初めて持った子供のような、単調かつ大振りなものになっていた。
まぁ、それがガラルが軌道を見ずに避けれている理由に該当するかといわれると、それは否である。
ずっとガラルが言っているとおり、ただ単純な、経験と実力の差。本当にそれだけなのだ。
そして、ガラルとウィンの戦いが一方的になったのとほぼ同じくして、彼女らもまた、決着が付き始めていた。
「う、動け、な……」
「なんじゃ?その程度なのかの?」
ベイシアは糸を用い、騎士たちを拘束し、
「おりゃっ!」
「ふんっ!小石を投げてどうしたというのだ!」
「うんうん。そうだよね。小石なんて、『痛くもなんともない』よねぇ~」
「当ぜ――ごふぁっ!?」
「ごふぁっ!?だって!アハハハハッ!!」
ライアーはお得意の言葉遊びで、騎士たちを手玉に取り、
「あむっ……」
「お、俺の剣が……!?」
「な、なんなんだこの子供は!?」
ルシアはスライムの特性を生かしながら、騎士たちの武器や防具を、すれ違いざまにひっそりと、バレないように捕食していく。
「ハァッ……ハァッ……!もっト……もっトォォッ!!」
「ひっ、ひぃぃぃっ!?なんだ!?なんなんだよコイツ!?」
……若干一名、むしろ望んで攻撃され、痛め付けられることを喜んでいる変態も居たが、それでも全員が、強化された騎士を相手に、余裕そうな表情を見せていた。
四人はまだ、ガラルと比べればあまりにも経験が浅いとしか言えない。だがそれでも、ガラルと同じ主を持ち、同じ気持ちを抱いている。
だからこそ、半端な感情で動いている彼らに負ける―殺される道理は無かった。
それを唯一分かっていない相手―ウィンの相手をしているガラルは、ようやくその目を再び開いた。
そして、強く拳を握り締め、今度は小細工無しの右ストレートを、ウィンの腹部に叩き込んだ。
「ガッ―――」
「オレを殺りたきゃ、全うな力を付けてから来やがれ。三下」
吹き飛ぶウィンを見据えながら、ガラルは小さな声で、そう吐き捨てた。
*
「……あり得ない。こんな……こんな……」
「質問。どうされましたか?」
「――っ、うるさい!」
必殺の一手を防がれ、それ以上の力を見せつけられ、現実を受け止めきれずにいるシュシュに対し、ティアは淡々と問いかける。
混乱しているシュシュは、それまでの落ち着いた態度を取れず、やや感情的な攻撃を行っていた。
「シュ、シュシュさん、落ち着いてくだ――」
「うるさい!いいから守りに集中して!」
「っ……は、はい……」
ムーがシュシュを宥めようとするも、シュシュはそれを拒否。それは、自棄になっていたが故の無意識だったが、シュシュからの初めての明確な拒絶に、ムーは退かざるを得なかった。
「なんで……なんで当たらない!私は、私は……!」
「ふん、情けない。貴様はその程度のことで自棄になるような女だったのか?」
「……っ!黙れっ!」
ムーが守っているとはいえ、撃って欲しくないタイミングで的確に雷弾を撃ち込んでくるリザイアに対しても、ティアに向けたものと同様の攻撃を繰り出すシュシュ。
だが当然、リザイアには当たらなかった。
シュシュは、魔導の天才だった。
幼いころからその才能を発揮し、周りから可愛がられ、期待されていた。
だが、シュシュにとって、それはあまり嬉しいものでは無かった。
だからこそ、独り立ちできる歳になったら即座に国を飛び出し、一人でいることを選んだ。
勇者の旅に付いていくことを決めたのは、単なる気まぐれだった。
一人でいるのも気楽で良かったが、外を知り、新たな刺激になればいいな、という、単純な考えだった。
事実、シュシュは沢山の刺激を得られることができた。時折、勇者からのアピールが来ることはあったが、それはシュシュにとって興味の一欠片も沸かないことだった。
兎にも角にも、シュシュはこの旅を経て、更なる高みへと登り詰めることができた。
――そう、思い込みかけていた。
(溜めている時間なんてない……こっちが溜めたら、向こうも溜めてくる。そうなったら、不利になるのは当然こっち。そもそも、ティアの大砲みたいな武器は、溜め無しであの威力を出せる。撃たせないようにするしか、止める方法がない……!)
彼女の目の前で、彼女の攻撃を躱し続ける二人。彼女の中に僅かにあった自尊心を、いとも容易く壊してきた二人。
そんな二人に対し、シュシュが見せているそれは――明確な、焦りだった。
「ふん、まぁいい。答えるつもりが無くても、我らのやることは変わらない!」
リザイアが、左手に持ったヴァルドレイクを天に掲げる。そして、少しの時間溜め込んだ電撃が、銃口に集まっていく。
「降りそそげ、雷神の豪雨!雷神拡散弾!」
「「な――」」
撃ち出された雷弾が天に昇り、雨となって降りそそぐ。これまでに無かった攻撃に、リザイアの攻撃を守ることに専念していたムーは勿論、シュシュも驚きをあらわにする。
そして、そのあまり――ティアから、目を離してしまった。
ティアは、彼女らの目が自分から逸れたのを確認すると、即座に踏み込み、一気に距離を詰める。
壊盾を傘のように展開し、右手に壊槍を握る。
そうして近づいてくるティアに、真っ先に気がついたのは、倒れていた騎士の一人だった。
「ぐっ……うぉぉぉっ!」
「え――あぁっ!?」
受けた傷も癒えていないにも関わらず、騎士は立ち上がり、ティアの攻撃を受け止めようとする。
その姿が横目に入ったことで、ムーもティアの接近に気がついた。
だが、気づくのがあまりにも遅すぎた。
「――ぁ」
振り下ろされた壊槍が、五人を包む魔力の壁を、一撃で破壊する。
騎士がそれ以上行かせまいと受け止めようとするも、深手を負った状態で受け止めきれるハズもなく、そのまま巻き込まれ、地面に叩き付けられた。
そして、守りの要であった壁を失ったことで、まさしく狙ったかのようなタイミングで、彼女らに雷の雨が落ちた。
「が――ぁばっ!?」
降りそそぐ雷雨が、シュシュたちを打つ。
その一つ一つが、シュシュたちの身体を走り、心身に激痛をもたらす。
……いや、激痛で済んでいる、だろう。勇者の力を受けていなければ、彼女らはたった一撃で、廃人と化していただろう。
だが、まだ終わっていない。
ティアが、壊槍を持つ手を、軌道の途中で裏返す。その瞬間、振り下ろす体勢から、振り上げる体勢へと変化する。
そしてそれを、彼女らに回避する術は無い。
「「かふっ――ぁ!?」」
懐に潜り込むように振り上げられた壊槍が、シュシュとムーの二人を捕らえる。
ただでさえ、近づかれることが不利な二人。そんな二人が、魔力の壁を壊された直後、そして雷に打たれた今、まともに防御できるハズもなく、何本かの木々に叩き付けられ、やがて地面に落ちた。
「おいおいおいおい……我が言うのもなんだが、大丈夫かアイツら?」
「返答。問題ありません。死なない程度に調整はしました。最も、勇者から力を得ている以上、そう簡単に死にはしないでしょう」
要であった二人がやられ、もはや打つ手の無い騎士たちは、目の前で言葉を交わす二人を前に、ただ真っ白になるしかなかった。




