355 血濡れた刃に明日などない ③
「うぐぅぅっ!?」
「くっ……もう少しだけ持ちこたえてください!」
「そう言われましても、このままでは……!」
常人には持ち上げることすら困難な重さを誇る槍を、意図も容易く扱うティアを前に、騎士たちはムーの回復を受けつつも、三人がかりで耐え凌いでいた。
最初こそ、個々で戦おうとしていた彼らだったが、ティアという理不尽な敵を前にしてそんな余裕は無くなり、三人で相手取るも受けきれず、結局、ムーを加えてなんとか相手取れていた。
そこまでして、ティアを相手取る理由はただ一つ。この場に居るもう一人―シュシュの存在だ。
シュシュは、ティアがただ者ではないと見抜くや否や、溜めの姿勢に入った。
魔導の天才とまで呼ばれていた彼女は、旅の道中にも、一人で無数のスキルを習得、作成していた。今使おうとしているスキルも、そのうちの一つだ。
だが、溜めのスキルである以上、溜めている間が最も無防備になる。故に、以前まではあまり使い物にならなかったスキルだったが、ロックスが加入し、その部下である騎士たちも加わった。
つまり、言い方は悪いが、十分に溜めの時間を稼ぐための盾が、大量に入ってきたのだ。
「……充填完了」
「――っ、皆さん!来ます!」
「〝死もたらす咆哮〟!」
シュシュの魔力が、彼女が手にした杖に集まり、神々しいまでの光を放つ。
そして、まさしく咆哮の如き魔力が、一閃となって放たれた。
ムーの指示を受け、騎士たちはギリギリまでティアをその場に縛り付け、即座に離脱した。
結果、ギリギリまでその場にいさせられたティアは、その一閃を避けることが出来ず、そのまま飲み込まれ、大きな爆発が巻き起こった。
「……や、やった!やりましたよシュシュさん!皆さんもありがとうございます!」
「当然。さぁ、早く合流を――」
「パターンC、展開完了前被弾率61%。防御成功率83%。まだ、実用化するには調整が必要なようですね」
喜びをあらわにするムー。少しやりきったような顔を見せるシュシュ。なんとかやりきったと疲弊したような顔色を見せる騎士たち。
そんな五人だったが、煙の中から聞こえてきた声に、言葉も、身体も、表情も、一瞬で全てが凍りつく。
そして、煙が晴れたその場には、螺旋のように捻れた板に囲まれた、無傷なティアの姿があった。
「なっ……なん、で……」
「機巧武装〝壊盾〟。複数枚の機板を繋ぎ、魔力障壁を展開。使用する枚数と繋ぎ合わせる形状によって、あらゆる攻撃を防ぐ、当機の盾でございます」
「――ッ!?」
「おや?ご所望の解答ではございませんでしたでしょうか?」
首を傾げるような仕草を見せるティアに対し、シュシュはただひたすらに戦慄していた。
この際、自身が傲っていた発言をしていたことは認めている。それでも、彼の〝力添え〟があるとはいえ、一人でSランクモンスターを相手取れるだけの実力はあると自負していた。
――だが、結果がこれだ。
相手は無傷なうえ、こちらに気を使われ、求めてもいない答えを突きつけられる始末。
あまりにも無様。あまりにも滑稽。
元々、プライドと呼べるものがあまり無かったシュシュでも、その自信に、大きな傷を負わされたような気分に陥った。
「しかし、皆様の先ほどの連携はお見事でございました。素直に称賛させていただきます」
「……それは、嫌み?」
「そんなことはございません。素直な感想でございます。ところでもう一つ、試させてもらわせてもよろしいでしょうか?当機達の―連携というものを」
『――っ!?』
ティアが地面を蹴り、空高く跳躍する。
そんなティアが居た場所の背後から――莫大な電撃を溜め込んだヴァルドレイクを向ける、リザイアが姿を現した。
「〝壊砲〟」
そして、空中を舞うティアの両手に、二門の巨大な大砲が出現した。
それだけで、五人はこれから起こるであろう事を理解し、顔を青ざめさせた。
「さぁ!我が最強の一撃よ、我らの敵に天罰を下せ!極限雷鳴轟覇弾ァァァァッ!!」
「――ッ、ムー!!」
地上と頭上。その両方から、圧倒的なまでのエネルギーが放たれる。
それは、どちらか一方だけでも、シュシュが放った死もたらす咆哮に並ぶ……いや、それ以上かもしれない威力で、シュシュたちを襲う。
そして今度は、シュシュたちに回避する時間など与えず、彼女たちを巻き込み、大爆発が巻き起こった。
「くっくっく……はぁーはっはっは!見たか!これこそが我の力!絶対的なる無情なる一撃――む?」
「かはっ――くっ……!」
甲高い声を上げるリザイアだったが、煙の中に人影を見つけ、そちらの方を向く。
そこには、ボロボロになった魔力の壁に包まれ、自身もまたボロボロになったムーやシュシュ、騎士たちの姿があった。
「ほう!先の一撃を耐えたか!やるではないか!」
「……あり得ない。私たちの防御を、貫通するだなんて……そんなこと――」
「観察完了。やはり、想定通りですか」
不意に、ムーたちの背後に降り立ったティアが口を開く。
ムーたちは、思わずティアの方を振り返る。次にそれを言われないようにと、願いながら。
だが――
「皆様は、あの勇者と呼んでいる彼から、今も力を受け取っていられる。そして、それが無ければ、すでに皆様は死んでいてもおかしくない。そうですね?」
ティアは淡々と、ムーたちの強さの秘密を暴露した。実力に対して性能が噛み合っていない、その秘密を。




