354 血濡れた刃に明日などない ②
ガラルとロックスの衝突に巻き込まれ、大きく距離を放してしまったムーとシュシュ、三人の騎士。
彼女らは今、どちらの助けに向かうべきか悩んでいた。
「は、早くロックスさんたちの元に戻らないと……あぁでも、勇者様のことも……」
「ムー、勇者のことはいい。まずは、彼らと合流する方が先」
「で、ですが!相手は見たことの無いスキルを使ってきたんですよ!?」
「だからこそ、今は勇者に任せるべき。相手を知らない私たちが合流したところで、足手まといになるだけ。先にあっちを片付けて、合流する方がいい」
「うっ……それもそうですね……分かりました。まずはロックスさんたちと合流して、それから勇者様と合流――」
「確認。出来ると思っていらっしゃるのでしょうか」
『ッ!?』
ムーたちは、思わず声のした方を振り向く。
そこには、ロックスたちとの合流を拒むように間に立つ、一人のメイドがいた。
「……貴方、誰?」
「返答。当機は機巧人形、個体名ティアと申します」
「機巧、人形……?」
「……律儀に答えてもらったところ悪いけど、どいてもらえる?」
「お断り致します」
虹彩に輝く瞳を、瞬き一つせず向けてくるティアに対し、シュシュは退くよう言うが、ティアは即座に拒否を示す。
その様子に、シュシュは少しばかりムッとした表情を見せる。
――自分たち五人程度、彼女一人で相手出来る。と、そう思われているのだと思ったからだ。
「……そう。でも、貴方はそこの彼にも勝てない。だから、さっさと押し通させてもらう」
「そうですか。では、試させてもらいます」
そう言うと、ティアはおもむろに右手を上げ、その掌を開いた。
「機巧武装〝壊槍〟」
『――ッ!』
ティアがその名を呼んだ瞬間、ティアの右手に放電のような魔力が走り、一瞬のうちに巨大な槍が出現した。
それは、アリスが使う槍とは違い、一撃に重点を置いた―言うなれば、ランスと呼ばれるような槍だった。
そんな、ゆうに人ひとりぶんはあろう大きさの槍を、ティアは右手で掴み、構える。
「参ります」
そしてティアは、まるで持っている物が小さなナイフであるかのような速度で、シュシュたちに迫り、そのまま振り下ろした。
*
「どうした赤黒女!この程度かよ!」
「……」
ガラルたちとウィンたちがぶつかって早数分、以外にも、ガラルたちが苦戦を強いられていた。
というのも、ユアがロックスを抑えているところまではいいのだが、その周りが厄介だった。
その最たる例が、今ガラルが相手しているウィン。その剣捌きは、素人から少し脱却した程度。
だが、その一撃一撃はなぜか重い。それこそ、ガラルですら、油断すれば大きな怪我を負いかねないほど。
それだけならまだしも、騎士たちも、ウィンと比べれば数段劣るが、それでも油断出来ない。
そんな、見た目と威力が伴っていない矛盾を前に、ガラルはただ、防御の姿勢を取っていた。
「はっ、なんだよ!たいそう強い攻撃撃ったわりに、オレ一人で完封出来る程度だなんて!結局テメェらは、揃いも揃って雑魚!雑魚中の雑魚だ!」
「……」
「ってことはだ!あのケインとかいう野郎は、テメェらの雑魚さに気がつけねぇレベルの大馬鹿野郎ってことだ!」
ガラルの背後で、血管が切れたような音が聞こえたような気がしたが、ガラルは無視して攻撃をいなす。
というより、ガラルはすでに、そのカラクリに気がついている。それなのに、ガラルが攻撃に転じないのは、一つの狙いがあった。
「テメェが呼んだお仲間さんも、オレより弱ぇアイツらに苦戦してるしよぉ?」
それは、自身を含めたケインの従魔全員のこと。
元より、戦いの先の強さを求めていたガラルとは違い、ベイシアたちは、ケインの従魔になるまで、戦いに直接関わるような生活をほとんどしてこなかった。
つまり、ガラルを除いた面々は、明確な『敵』との、生きるための『殺し合い』を、全くと言っていいほどに経験していない。
そしてガラル自身も、そんな日々から離れていることに馴れてしまっていた。
故に、ケインを助けられなかった。
故に、ケインを止められなかった。
死の縁に立つ感覚を忘れてかけていたために。
命をかける覚悟が足りなかったために。
命を失う恐怖を、知らなかったがために。
だが、今目の前には『敵』がいる。それも、明確な『殺意』を持った『強敵』が。
彼らは、必ずしもここで決着をつけなければならない相手ではない。
しかし、彼らから放たれる殺意と勢いは、まさしく『生存闘争』のそれに近しい。
だからこそ、今後付き合わねばならなくなるであろう、文字通りの『死闘』を経験すること。それが狙いだった。
ガラルにとっても、久々に感じる死の瀬戸際に立っているという感覚に、心の奥底にあったものが再熱しているのを感じていた。
だが――
「勇者なんて必要ねぇ!テメェらも、メドゥーサも、ケインとかいう野郎も!オレ一人で十分ってことだ!」
自分を迎え入れてくれた仲間を、共に並び立つ同胞を、自分が認めた主のことを。
悪く言われて黙っていられるほど、ガラルは冷徹にはなれなかった。
ガラルは、ウィンの剣を身体を横に向けることで回避すると、そのまま右足を下げ、強く踏み込む。そして、引いた右手を強く握り締めると、そのままウィンに向かって殴りかかった。
だが、ウィンはニヤリと笑みを浮かべると、剣を振り下ろした体勢のまま、背後に飛んだ。
それは、たとえ咄嗟であっても、間違いなく人間には出来ない行動。それを、ウィンはやってのけたのだ。
「はっ、馬鹿――」
そのまま行けば、間違いなくガラルの拳は空振る。それを確信したウィンが、罵声を浴びせようとしたその時、ガラルは握り締めたその拳の軌道を、途中でほぼ直角に曲げた。
その拳が地面に直撃する前に広げ、掌を地面に叩き付ける。そして、勢いを利用して身体を浮かせ、そのまま地面から足を離したウィンの顔面を蹴り飛ばした。
「ブァヴ――ッ!?」
ガラルの強烈な蹴りを食らったウィンは、言葉にならないような叫びを上げながら宙を舞い、地面に叩き付けられる。
そんなウィンを、ガラルはただ、怒りと哀れみを込めた目で見つめ、そして、怒声を上げた。
「……テメェが、それを言えるだけの力があんなら別にいい。オレだけに向けてんならまだいい。でもなぁ……借りモンの力を、自分の力だと錯覚してイキってる野郎が!オレたちを!オレたちの頭を笑ってんじゃねぇ!」




