251 因縁 ①
――遡ること数分前、ケインたちがアテナと邂逅していた頃、健也たち勇者一行もまた、同じ森に来ていた。
「なぁ、本当にここなのかよ?」
「あぁ間違いない。今奴らはここにいる」
ウィンは、根拠も無いのに自信満々な健也に疑問を示していた。
ロックス一行を仲間に加えた後、健也は「こっちに奴らの気配を感じる」と言い、気付けばこの森に入り込んでいた。
これで居なかったらどうするんだ?などと思うウィンだったが、健也が足を止めた場所を見て、さらに疑念が沸いてきた。
「……おい、まさかここって言うつもりじゃないだろうな?」
「そのまさかだ」
「はぁ!?誰も居ねぇどころか何もねぇぞ!出任せ言うのもいい加減に――」
「まぁ見てな」
そう言うと、健也は聖剣を引き抜き、そのまま振り下ろした。
瞬間、聖剣が何も無いハズの虚空で、何かに阻まれる。その何かは、少しの間抵抗していたが、健也が聖剣の出力を上げたことで抵抗しきれなくなり、虚空に大きなヒビを産み出した。
「なっ……」
「これは一体……」
ウィンとロックスが驚きをあらわにする中、一人そのヒビを見て考え込んでいたシュシュが、一つの結論にたどり着いた。
「……まさか、精霊の隠れ家……?」
「精霊の隠れ家?」
「……聞いたことがあります。確か、精霊族が隠れ住む場所だったはずです。でも、どうしてこんな場所に……」
「決まってるだろ。脅して無理矢理隠れてるんだよ。俺が近づいてきているのを察して、やり過ごそうとしているんだろうが、残念だったな!」
健也は聖剣をヒビの中心に向けて突き刺し、押し込んでいく。
その様子を見ながら、シュシュは一人、疑問を抱いていた。
(……隠れ家を作り出せるのは、力を持つ、限られた精霊族しかいないはず……そんな彼らが、脅された程度で空間に招き入れるとは思えない。もしそうだとしたら、招かれざる客は、私たちになるんじゃ……?いや、決め付けは良くない。会って確かめないと……)
やがて、手応えを感じた健也が、聖剣でヒビごと空間を切り、もう一つの空間と繋がる。
そして、彼らは再び、合間見えることとなった。
*
「嗚呼――ようやく見つけたぞ。なぁ?ケイン・アズワード!!」
「――勇者……ッ!」
前に邂逅した時、確かに勇者の力や実力はあったかも知れないが、ただ勝手に言っている妄言なのではないか、と思っていた。
だが、今なら分かる。こいつは本物だ。末裔だとか、自称とかではない。本物の勇者だ。
そんな勇者が、引き裂かれ、外と繋がった亀裂を切り広げ、こちら側に侵入してくる。その後に続くように、ぞろぞろと仲間とおぼしき者達が入り込んできた。
前に会った時、一緒にいた少女を除き、他は全く知らない顔だったが、一人だけは見覚えがあった。確か、バジルに突っ掛かってた奴だったような……あいつ、今度は勇者に鞍替えしたのか……
等と、悠長に考えている暇は無い。相手は、アテナの空間に無理矢理で入ってこれるような力を持った、明確な敵だ。
ナヴィ達も立ち上がり、それぞれが構えを取る。
ベンチや机を片付けるアテナも、驚きこそしているものの、土足で、無断で自身の空間に入り込まれたことに、心底怒りをあらわにしていた。
「……何者ですか。わたしの空間に、勝手に入ってくるような輩は」
「おぉ!君がここに住まう精霊か!だが、安心してくれ!俺は味方だ!君を助けに来たんだ!」
「……はい?」
「そこに居る君たちもだ!今すぐそこに居る男から離れろ!そいつは、世界を裏切り、破滅を望むような凶悪犯だ!」
「はぁ?」
俺達の前に出て、冷めた口調で語りかけるアテナに対し、勇者は反省するどころか、なぜか嬉々として見当違いな事を口走った。
しかも、その矛先はアテナだけではなく、ナヴィ達にも向けられた。
彼女達が、勇者の言葉に誑かされるとは思っては居ないが……なぜか、勇者がこちらに標的を変えた瞬間、その言葉に、ゾワッとするような、身体中を舐め回されているような気持ち悪さを感じた。
「みてくれや言葉使いに騙されちゃいけない!そいつは、メドゥーサを使って、過去の勇者の国を滅ぼすような奴だ!そんな奴の側に居たら、不幸になってしまうぞ!今ならまだ間に合う!俺の元へ来い!俺なら、君たちを幸せに出来る!さぁ早く!」
勇者が一言喋る度に、気持ち悪さが増加していく。
そんな中、話しかけられていたナヴィ達の第一声はというと、
「……で?」
であった。
まるで、汚物でも見るかのような目で睨んでくるナヴィに対し、勇者は予想外だったと言わんばかりに、自信満々な表情を張り付けたまま、ぽかんとしていた。
「メリアがメドゥーサであること。国を一つ滅ぼしたことりそれは、ここにいる全員が知っているわ。それでも私たちはここにいる。アンタは、この意味がわからないほどお馬鹿じゃあ無いわよね?」
「大体、ケインの事を凶悪犯だとか、不幸にする奴だとか言ってくれてるけど……そんなの、アンタの勝手な妄言でしか無いわ。何も知らないくせに、アンタの都合の良いように解釈しないでくれる?」
ナヴィとアリスが、怒りの籠った声で反論する。レイラ達もまた、それに賛同するように、勇者に強い敵対心を向けていた。
そして、そんな敵意を向けられた勇者はと言うと、張り付いていた表情を崩し、心底気に食わないという態度で歯ぎしりをしていた。
そんな中、俺は勇者の他に、もう一人注視している人物がいた。それは、薄い橙の髪を持つ少女。
彼女だけは、他の騎士や少女とは違い、落ち着いた態度で何かを考え込んでいた。
(……やっぱりおかしい。もしここが、精霊の隠れ家なら、もっと精霊族がいるはず。なのに、目の前にいる彼女以外が出てくる気配も様子も無い。たまたま出払っていた、って線もあるけど、一人だけ残して行くなんて明らかに無理がある。まさか彼女は……)
そんな中、俺が彼女を注視しているのと同じく、勇者を観察していたパンドラだったが、やがて見飽きたのか、分かりやすいため息と共に、ワザとらしく聞こえるような声量で呟いた。
「……成る程、あやつが勇者という奴か。話に聞いていたとおり、力はあるが、ずいぶんと自惚れの強い小者のようじゃの」
「んだと……!?」
「事実であろう?現にお主は、こやつらを手懐けようとして失敗し、勝手に逆上しておる。それを小者と言わずしてなんと言う?」
「おいパンドラ……」
「「……え?」」
俺がパンドラの名を呼んだ瞬間、勇者の背後から、そんな言葉が聞こえてきた。
声の主は、金髪の少女と、橙色の髪を持つ少女。その二人の顔は、パンドラの姿を改めて見た瞬間、真っ青に染まっていった。
その様子を見て、何も知らないであろう勇者達は驚いていた。
「お、おい、どうしたムー?シュシュ?」
「そん、な……」
「パ……パンドラ、って、い、今……」
「パンドラ?あのふよふよと浮いてる奴のことか?あいつが一体――」
「あ、あいつって、そんな呼び方してはいけません!呪い殺されますよ!?」
「……パンドラ。人々を呪いし、邪悪な精霊。大昔に呪いを振り撒いて、世界に悲劇と混沌をもたらした大厄災の一つで、始まりの精霊の一人」
「なっ……どうしてそんな奴がここに!?」
「分かりません……大昔に、もう一人の始原の精霊、アテナ様のお力添えを経て封印されたという伝承はありますが、それ以外の事は何も……」
「……つまり、あの野郎がパンドラって奴の封印を解いたってことだろ?やっぱりあいつは、世界の崩壊を望む極悪人だ。一刻も早く倒して、彼女たちをあいつの魔の手から救わなくては!」
合っているようで間違っている、そんな結論を出す勇者一行。なんなら、俺を倒せばナヴィ達が救われるなどという、ただの欲望を言い始めた。
その様子を見ていたパンドラは、珍しく酷くげんなりした表情を見せていた。
「はぁ……感付いてはおったが、やはり儂は、そのように伝わっておるのだな……時の流れというものは、残酷なものじゃの」
パンドラの口から、事の真実を知っている俺達からすれば、彼らの意見が見当違いな事はすぐに分かる。
それでも、これ以上、仲間の事を悪く言われるのは我慢がならなかった。
「……パンドラ。今の俺は何秒持つ?」
「……そうじゃな、15……いや、余裕をもって10秒ってとこかの」
「そうか。アテナ」
「なんでしょうか?」
「燃やすかもしれないが、いいか?」
「心配しなくても大丈夫です。この森は、普通の森ではありませんから」
「分かった、ありがとう」
そうして俺は、構えを取った。
*
ケインが構えの姿勢を取った。そのことに気がついた健也は、聖剣をケインに向ける。
「どうした?図星を付かれて、今更焦ってるのか?見苦しいなぁ?」
「勘違いするな。俺は別に、俺の事をどう言われようが、知ったこっちゃあ無い。でもな……仲間の事を!大切な人達の事を悪く言われるのだけは許さない!それだけだ!」
瞬間、ケインの身体から、常人ではあり得ない程の気迫と魔力が、暴風となって吹き抜ける。
その暴風に、一瞬目を塞がれた健也が、再びその目をケインの方へと向けた時、そこにはすでに目前に迫る、人成らざる姿へと変化したケインが居た。
「な――」
健也は驚きの声を出そうとするも、それよりも早く、龍の腕へと変化したケインの右手が、健也の顔面を握り掴む。
そしてそのまま、速度と勢いに任せ、後頭部から地面に叩き付けられ、引きずられた。
そして、勢いが減速しきる前に、ケインは健也をおもいっきり空中へと投げ飛ばした。
健也が空中に投げ出された直後、ワンテンポ遅れて異変に気がついたムー達が、慌てて健也の姿を追おうと後ろを振り返ろうとするが、それよりも早く、ムー、シュシュ、ウィン、ロックスの四人の身体に、蔦のようなナニカが巻き付いてくる。
その蔦の持ち主――左手を変化させ、四人を捉えたケインは、四人を健也にぶつけるようにして投げ飛ばした。
「がふっ!?」
不意をつかれた上、空中に投げ出されたため避けるという選択肢の無い五人は、ケインの思惑通り、ものの見事にぶつかりあう。
そんな状況でも、なんとか体勢の立て直しを図ろうとする健也だったが、地上のソレを見た瞬間、本能が危険を察知した。
地上に居るケインは、身体を捻り、殴りの姿勢を取る。その、構えた右手の掌に、ケインは炎を産み出し、そのまま拳を握り締めた。
その瞬間、ケインの右腕―龍の腕の鱗が逆立ち、そこから勢いよく炎が吹き出す。
そして、その炎が吹き出す勢いのまま、ケインはその拳を、地面に叩き付けた。
「〝牙炎〟!」
拳を叩き付けた地面から、まるで龍が顋を広げ、獲物を補食するかの如く、無数の炎が吹き荒れる。そして、その全てが、空中に居る健也達に向かっていった。
「守れロックスゥゥゥッ!!」
「――ッ!〝護るも――」
不安定な空中で、健也の叫びを聞いたロックスが、四人を守るためにスキルを発動する。が、炎が届くのが早かった。
燃える炎波が高熱と激痛を与え、五人を包む。
それでもロックスは、スキルをなんとか発動し切り、それ以上の進行を防いだ。
だが、すでに入り込んでいた炎は、閉じ込められた事でより燃え上がり、ついにはスキルの内側で、爆発を起こした。
「グハッ――!?」
「あぐ……っ!?」
「た、隊長!」
「勇者様!?」
内側からの爆発によって、スキルが壊れ、五人が地上に落ちていく。
シュシュが辛うじて浮遊スキルを発動させたが、発動がもう少し遅れていたら、五人は落下の衝撃で、重症ではすまないような怪我を負っていただろう。
「――ァ、が、あぁぁァあアぁぁッッッ!?」
だが、五人に重症を負わせ、元の姿に戻ったケインの方も、無事とは言い難かった。
10秒とは言え、ケインは全ての力を解放した。その反動が、目には見えない体内で起きていた。
神経そのものを直接抉られているかのような激痛。身体を捻り引きちぎられるような激痛。生きたまま咀嚼されているかのような激痛。
常人には耐え難い無数の激痛が、ケインに襲いかかっていた。
「――ッはぁっ、はぁっ、はぁっ……」
それでも、ケインは倒れない。その痛みこそが、自分の覚悟であると言わんばかりに。
そして今度は、二刀を抜き、創烈の剣先を健也に向けた。
「立てよ勇者。お前の敵は、ここに居るぞ」
「――ッ、調子、乗ってんじゃねぇぇッ!!」
健也は立ち上がり、手にした聖剣を振り上げながらケインに向かって突撃する。
ケインと健也、二人の戦いが、幕を開けた。




