350 アテナ ②
アテナは礼儀正しく、そしてアリスの殺気にも動じないような強者かと思いきや、実は天然なだけなのでは?という疑惑が浮上してきたことはさておき、話を進めるために、俺達はアテナの用意したベンチに腰かける。
アテナも再び指をふり、丸型の机と、俺から見て対角線の位置に小さな椅子を作り出すと、そこに座った。
「さてさて、それでは、貴方たちがここへ来た理由を聞かせていただきましょうか」
「単刀直入に言わせてもらう。仲間を助け出すために、力を貸して欲しい」
「お仲間さんのため、ですか?一体、どのお方が……」
「いや、今ここには居ない」
「……詳しく聞かせて貰ってもよろしいですか?」
俺は、アテナにここに来るまでの経緯を話した。
メリアという少々が、メドゥーサになってしまったこと。
その力が暴走し、自身の村や家族、果ては国一つを滅ぼしてしまったこと。
呪いを司るパンドラに解呪を願うも、パンドラの力だけでは解呪出来なかったこと。
そして、メリアを人間からメドゥーサへと変貌させた張本人、ディスクロムによって、肉体を乗っ取られたということ。
俺はアテナに、ディスクロムが語った事を含め、それら全てを包み隠さず話した。下手に嘘を混ぜたり、真実を隠すよりも、その方がいいと判断したからだ。
「なるほど……理解しました。それにしても、まさかこの世界がそのようなことになっていたとは……確かにわたしも、この世界の名を思い出せません」
「気づいて居なかったのか?」
「お恥ずかしながら。違和感自体は感じていたのですが、そこまで深刻なものとは考えていませんでした。せいぜい、不と福の調律が乱れたことが原因、としか……」
「不と福の調律の乱れ、ってのは……」
「うむ。儂が封印されたのが原因じゃな」
前にも聞いていたが、パンドラが不幸を操れるように、アテナは幸福を操れる。
だが、一方が封印され、調整が効かなくなると、割を食うのはその片割れ。
アテナは幸福の値を調節し、調律を計ろうとしたが、上手くいかなかった。アテナの様子を見る限り、そういう事なんだろう。
というより、それ自体も、この世界の異変が原因なのではないかと、今なら感じてしまっていた。
「とにかくだ。儂としてはアテナ、お主にも協力して貰いたい。儂の封印を解いた主の願いを叶えたい、というのもあるが……儂自身、こやつの事を気に入っておるのでな」
「パンドラ……貴方の口から、そんな言葉が聞けるだなんて、思ってもいませんでした」
「じゃろうな。儂とて、今でも驚いておるよ」
パンドラが肩を竦めながら言う。そんなパンドラに、アテナも俺も、驚きをあらわにした。
条件を満たし、封印から解放した俺の事を、少なからず気にしてくれているとは思っていたが、気に入られている、とパンドラの口から聞けたのは、素直に嬉しかった。
「そうですね……ケインさん。一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
「あぁ」
「貴方が成そうとしていることは、裏を返せば、世界から救済と言う名の希望の芽を摘むのと同じことです。それでも貴方は、この道を歩むおつもりですか?」
アテナの言っている事は、正しい。
確かに、もしメリアを取り戻せたとしたら、世界が救われる道が閉ざされ、もう二度と戻れなくなるかもしれない。
だが、それでも。俺の答えは決まっていた。
「俺は――」
アテナの問いに答えようと、口を開いた瞬間、背筋に物凄い寒気を感じた。
それは、アテナも同じだったのか、共に立ち上がり、同じ方向―俺の背後―俺達が通り、すでに閉じた、この空間の入り口の方へと振り向いた。
ピシッ――
そんな音と共に、何も無い虚空に、亀裂が走る。その亀裂は徐々に広がり、やがて、その亀裂から剣先が姿を現した。
「――ッ、そんな、ありえません!精霊の導も無しに、この空間に入り込めるハズが……!?」
アテナが、酷く動揺する。
それもそうだ。この空間は、精霊の導きが無ければ、そもそも見つける事すら出来ない場所。
何の導も断りも無く、この場所に侵入することなど、あってはならない事なのだ。
だが俺も、別の意味で動揺していた。
虚空を割り、現れた剣先。その剣先から放たれる気配に、俺は一人の男を思い出してしまった。
かつて一度だけ、相対した男。異次元の速度で成長し、次に戦えば負けるかも知れないと、本気で思った男。
そして何よりも、今一番会いたくない男。
そんな俺の願いを嘲笑うかのように、剣先は鍵を回すように縦から横へと向きを変えると、暴発するかのような魔力と共に、空間を引き裂いた。
そして、その持ち主が、その姿を現した。
「嗚呼――ようやく見つけたぞ。なぁ?ケイン・アズワード!!」
「――勇者……ッ!」




