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閑話 変わりなき日々を望んで

 その日、俺はそわそわとしながら彼女の到着を待っていた。

 少し大きな街に着いて、ひとしきり買い物を済ませた後、二日くらい自由な時間にしよう、ということになった。

 そこで、何をしようかと考えていた時、彼女からデートをしないか、という誘いが来たのだった。



「お待た、せ……待った?」

「いや、俺も少し前に着いたから、そこまで待ってないぞ」

「そっか……なら、良かった……の、かな?」



 こてん、と可愛らしく首を傾げながら彼女―メリアが俺の隣にやってきた。

 俺の方は、普段に比べたらラフな格好をしている。ただ、メリアの方は、普段よりも随分とオシャレをしてきたのが見て分かる。

 それに、メリアはいつも着けているガントレットを外しており、かわりに前腕を覆い隠すようなふわりとしたものを身に着けていた。



「えっと……似合ってるな。その服」

「ふぇ?……あっ、えへへ……うん。ありがとう」



 うん。可愛い。

 正直、メリアのこんな姿が見られただけで満足しそう……っと、いけないいけない。

 折角のデートなのに、ここで終わるとか前代未聞すぎる。



「そ、それじゃあ、そろそろ行くか。最初は何処にする?」

「えっと……ここ、行ってみたい」

「劇場か……珍しいな。でも、今の時間からやってるのか?まぁ、一先ず行ってみるか」

「うん」



 俺とメリアは手を繋ぎ、一緒になって劇場へと向かう。

 案の定、まだ公演開始には早すぎたものの、かわりに良い席が取れたので、改めて来る事にし、街中をブラブラとすることにした。

 売店でスイーツを買ったり、広間で一緒に食べたり、店頭に並ぶ可愛らしい服に、メリアが目を輝かせていたり……

 そんなふうに過ごしていたら、あっという間に公演の時間が来ていた。


 劇場に入り、先に座っていた人達の前を進ませてもらいながら、予め取っておいた席に座る。勿論、メリアは隣に。

 そして、全ての席が埋まって暫くして、演劇が始まった。


 題目は、「変わりなき日々を望んで」。

 一人の青年と一国の姫。

 身分があまりにも違いすぎる二人が、同じ困難に立ち向かうために手を取り合い、時には理不尽に打ち拉がれながらも、最後には乗り越え、平穏な日々を取り戻す、というもの。

 内容としては、ありきたりと言えなくもないものだったが、彼らの演技は、演技とは思えないほどに熱を持っており、俺もメリアも、他の客人達も、揃って舞台から目を離せずにいた。

 そして、時間はあっという間に過ぎていき、劇も最後の場面へと移っていく。



『……姫様。俺たちは、本当にこの世界を救えたのでしょうか』

『えぇ。この世界に訪れた脅威は去りました。もう誰も、恐怖に震えることはありません』

『ですが、救えなかった命だってありました。目の前で助けを求められたのに、答えられなかった自分が居ます。それなのに、俺は……』

『確かに、今回のことで、多くの犠牲が産まれ、沢山の命が奪われ、それら全てが元に戻ることはありません。だからこそ、残された私たちが、作っていかねばならないのです。誰もが平穏に生きていられる、そんな世界を』

『……本当に、作れるのでしょうか』

『作れますよ。私たち二人なら、きっと』



 そうして二人が手を取り合い、未来を思い合う場面で、劇の幕が下りた。

 観客席から、拍手が溢れる。俺達もまた、拍手を送っていた。


 やがて、少しずつ人が劇場から外へと出ていく。俺達も、人がそれなりに少なくなったタイミングで外に出た。

 外はすでに日が沈もうとしており、空が紅く染まっていた。



「……ねぇ、ケイン」



 夕日が照らす中、人気の少なくなってきた道を一緒に歩いていたメリアが、ふいに名前を呼んでくる。俺は視線をメリアに向けるが、メリアはただ、真っ直ぐと前を向いていた。



「どうした?」

「あの二人……平和な世界、作れた、のかな……?」

「……どうだろうな。作れたかもしれないし、作れなかったのかもしれない。未来は誰も、予想なんて出来ない。……それでも、自分の信念を曲げず、真っ直ぐ突き進めば、未来はきっと変えられる。俺は、そう思っている」

「……そっか」



 メリアはそう呟くと、少しだけ早足になって、俺の前に立つ。

 夕日を背にしたメリアは、とても美しいと、そう思ってしまった。



「……ねぇ、ケイン。もし、この先……私が、私で無くなった時、助けに、来てくれる……?」



 その問いは、メリアが持つ未来への恐怖。

 いつか、自分が自分で無くなってしまうかもしれないという恐怖。

 俺は、そんなメリアの側に歩み寄り、優しくそっと抱き締めた。



「当たり前だ。メリア、お前は俺にとって大切な存在だ。だから、絶対離さない。たとえ離ればなれになったとしても、絶対に会いに行く。お前がお前で無くなっても、絶対に救ってみせる」

「……うん。約束、ね?」

「あぁ、約束だ」



 夕日が沈んでいく。最後の輝きが、メリアの背を照らす。

 俺達はその光に照らされながら、少しだけ、お互いを強く抱き締めあった。



 *



「……ん……」



 目が覚める。重い瞼を開くとそこに、見知った顔が一つ、こちらを覗いてきた。



「おはようじゃ、ご主人よ」

「……あぁ、おはよう。ベイシア」



 覗き込んできたベイシアの顔を見て、朝だと気が付く。

 身体を起こし、軽く伸びをしていると、ベイシアから問いかけられた。



「ご主人、今宵はやけによく眠れておったの。どうしたのじゃ?良い夢でも観たのかの?」

「……あぁ、そうかもしれないな」



 その問いに、俺はさっき見た夢を思い出す。

 それは、ずっと前にあった、メリアと約束した日の事。必ず助けると、そう誓いを立てた日の事。

 それを思い出した俺は、ベイシアに軽く笑みを浮かべながら、そう告げた。



(……そうだ。俺は絶対に、お前を救ってみせる。だから待っていてくれ。メリア)

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