347 支配の終わり、一機の門出
場所は変わり、セイドハール。
普段、賑わっているように見せかけさせられ、内心怯えながら過ごしている彼らにとって、今日という日は不気味で他ならなかった。
何せ、普段は王城に引きこもっているオージェンが、早朝から大量の機巧人形を引き連れ何処かへと行ってしまったからだ。
だからといって、普段の監視が疎かになるかと言われたら、そうではない。オージェンは寧ろ、目に見えて分かる監視を置いていった。
特に、人質を捕らえている王城に関しては、隠す気もないレベルの数を置いていた。
そんな、普段以上の監視を受ける彼らだったが、その終わりは唐突に訪れた。
「――え?」
その呟きが誰のものだったのかはわからない。
だが、目の前にガシャンガシャンと事切れたように落ちてくる、見覚えしかない機械を見て、彼らはなにが起きたのかを理解するより先に、王城へと駆け出していった。
そしてそれは、貴族たちも同じだった。
彼らもまた、監視機が落ちてきたという報せを耳にした途端、貴族の威厳など無視して王城へと向かう。
そして、すでに集まっていた平民たちと合流した後、王城へと突入した。
「このまま我々は一階を捜索する。そちらは―」
「分かっている。こちらは二階を受け持とう」
「ならば私は地下に行こう」
王城の構造を知っている貴族たちを中心として、いくつかのグループに別れ、横たわる機械兵を避けながら捜索を始める。
彼らからすれば、またいつ動き出すかわからないのだ。バラバラになって探すよりも、ある程度纏まって探した方がいいと、そういう判断だった。
そして、捜索をしていた彼らはついに、地下に捕らわれていたシシリィを見つけだした。
あまり栄養が取れていなかったためか、だいぶ弱ってこそいたが、生きていた事に感謝し、そして、助けが来たことに緊張がほどけ、互いに涙を浮かべながら再会を喜びあう。
こうして、長く続いたオージェンの支配は、ひっそりと幕を閉じた。
残された機械兵たちは、一つ残らず破壊され、今後同じような事が起きぬよう、オージェンが残っていた設計図なども、全て処分となった。
セイドハールの民たちは、一体誰がオージェンの支配から解放してくれたのか、それを知ることはなかった。
だが、感謝の心だけは、一生忘れることはなかったという。
*
「感謝。ケイン様。この度は当機を助けていただき、ありがとうございました」
「いや、感謝されるようなことはしてない……というか、出来なかったけどな」
お手本のような姿勢で頭を下げてくるティアに対し、俺は頭を横に振りながらそう答えた。
実際、大口を叩いた割には、最後何も出来なかったしな。
「否定。そんなことはありません。当機に譲渡していただいたこの力が無ければ、当機は皆様を巻き込み、大きな損害を与えていたと思います」
そう言いながら、ティアは虚空に右手を広げ、現れた大砲を手に取った。
あの時、俺はティアに一つのスキルを譲渡した。
そのスキルは「錬成」。使い手もおらず、スキルロールのままずっと燻っていたスキルを、俺を経由してティアに与えたのだ。
……今思えば、あの時はティアが放電していたから、俺を通して錬成を渡そうとした訳だが、ティアは人間では無いのだし、譲渡出来なかった可能性もあったのでは……
まぁ、結果として上手くいった訳だし、今ティアが使った「収納」のスキルも、あの後ティアがスキルロールに魔力を流して、普通に会得出来た事から、あの時の判断は正しかった、と思っておくことにしよう。
ちなみに、他の機巧人形達は、全てティアの収納に保管されている。俺達が持っていても意味が無いし、ティアにとってはある意味家族なのだ。
「それで、ティアはこれからどうするんだ?国に戻る……ってのは流石に無理か」
「その件につきまして、一つ、ケイン様にお願いがございます」
「お願い?」
「ケイン様を、当機のマスターとして登録させていただきたいのです」
ティアが告げた言葉に、思わず言葉を詰まらせ、黙ってしまう。俺とて、ティアが今何を言ったのかくらい理解出来る。
要は、ティアは俺に、自身の所有者になって欲しいと、そう言ってきているのだ。
「……ティア。もしそれを恩義だと思って言っているのなら、俺が出す答えは「断る」だ。お前は、マギアの人々に〝未来〟を託されたんだ。
昨日俺が話したとおり、今俺達は、この世界からつまはじきにされている。俺達の勝手な都合で、その未来を摘むのは、俺が許せない。……まぁ、半分くらいは、ただのエゴかもしれないけどな」
確かに、ティアが仲間になってくれるのは素直に嬉しいし、戦力的に見てもありがたいと思っている。
ただ、それはティアを巻き込み、利用することになってしまうのでは?と、考えてしまっているのも事実。
ティアにとって、真の意味で勝ち取った本当の自由。それを、恩義一つで無下にさせてしまうのは、少しだけ嫌だと思ってしまったのだ。
だがティアは、考えるような時間も、悩むような素振りも見せず、ただ真っ直ぐに、俺を見て答えた。
「返答。確かに、恩義に報いたいと考えていることも間違いではありません。ですがそれ以上に、当機自身が、ケイン様と共に歩みたいと思っているのです。
当機はあの時、自身の〝死〟を感じました。得体の知れないものに侵食され、当機が当機で無くなるような感覚に襲われ、抑えようにも抑えきれず、せめて皆様だけは巻き込まないようにと、そう思っていました。
ですがケイン様は、諦めないでいてくれました。必死になって、当機の元まで来て、手を差し伸べてくださいました。声を、言葉を届けてくださいました。その時に、決めたのです。当機が仕えるべきマスターは、この方だと。当機は、貴方に出会うために、この時代で目覚めたのだと」
「ティア……」
「再願。改めて、お願い申し上げます。貴方を、当機のマスターとして登録させていただけませんでしょうか」
ティアが、深々と頭を下げる。
さっきまでの俺は、断るという選択肢も考えていた。だが、ティアにあそこまで言って貰えたのだ。断る、という考えは、消え去っていた。
「……わかった。それが、ティアの望む道なのなら」
「ありがとうございます」
「それで?俺は何をすればいいんだ?」
「返答。当機の手を握ってください。当機とケイン様の魔力を同調させ、登録させていただきます」
「わかった」
俺はティアの元まで歩み寄り、差し出して来た両手を握る。瞬間、互いの魔力が互いを包み合い、混ざっていくように見えた。
「失念。一つ、言い忘れていました」
「どうした?」
「あの時のケイン様は、格好悪くなどありません。むしろ、カッコ良かったですよ」
「……っ、そう、か……」
ティアの返しに、少しだけ照れくささを感じながらも、魔力は変わらず混ざっていく。そして、その魔力がティアの中へと戻っていくと同時、ティアは俺の手を離し、一歩だけ下がった。
「登録完了。これより機巧人形、個体名ベリュネティア改めティアは、ケイン様をマスターとして認め、所有権を譲渡と相成りました。これからよろしくお願いいたします。マスター」
「あぁ、よろしくな。ティア」
俺が差し伸べた手を、今度はティアが握り返す。
そうしてまた、俺達は歩み始める。
向かうべき場所、もう一人の始原の精霊、アテナの居る場所へと。
これにて三十四章「胎動」編完結となります。
前章と今章、この二章で描きたかったのは、ケイン・アズワードという存在でした。
元々、人間のまま進み、人間のまま終わらせるつもりだったケインが、なぜ〝不明〟となったのか。
それを語ろうとすると、非常に長くなってしまいそうなので、今回は語りません。いつかこの小説が完結した時にでも語りたいと思います。
ティアに関しては、後付けも後付けで産まれた機械……じゃなくて、人物でした。少しネタバレにはなりますが、次章に出てくる彼女よりも、ものすごく後に産まれた子だったりします。
そんなティアですが、今後の活躍にご期待ください。錬成系スキルが弱いわけないんじゃあ。
最後に、いつも読んでくださっている皆様、ブックマークを押してくださっている皆様、感想をくださった皆様、いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
ではまた、三十五章でお会い致しましょう。




