346 ティア
白く輝く電撃波が、爆風のように周囲にあるものを吹き飛ばす。それはイビルの光線も例外ではなく、一瞬のうちにかき消され、その惨状を公に晒した。
やはり、最初に目につくのは、地面に無数に倒れ込んでいる機巧人形たち。
動いている個体もそれなりに見受けられたが、大半は壊れていたり、先の電撃を受けて暫く動けない状態だった。
そんな機巧人形の上に、ナヴィたちの姿があった。
彼女らは立っていたり、倒れていたり、あるいは機巧人形に覆い被さっていたり。様々な状態ではあったが、全員が無事な事は確認出来た。
そんな現状を引き起こした中心地はというと、何も分からなかった。
事が起きた場所だったのもあり、周囲の草木は燃えたり焦げたりしており、灰色の煙が立ち込めていた。
はっきり言って、その中心に居た二人は、無事ではすまないであろう。
それを確信したからか、オージェンはこの惨状を見て、笑いを抑える事が出来なかった。
「くっ、くくくっ、くははっ、クハハハハハッ!ついに……ついにやったぞ!これで、オレの道に転がるゴミが消えた!ゴミを庇った愚かなバカも死んだ!もう誰も!オレを蔑む事はない!もう誰も!オレを止められやしない!クハハハハハ!アーハッハッハ!!」
「……勝手に殺すんじゃねぇよ。勘違い野郎」
「ハッハッ……あぁ?」
気分よく高笑いをしていたオージェンだったが、不意に聞こえてきた声に、思わずそちらの方を見やる。
その場所は、今も煙で見えない爆発の中心。
そこにうっすらと、一つの人影が現れた。
「……チッ、なんだ。死にぞこなったのか。まぁいい、それなら今度こそ確実に息の音を止めてや――」
そこまで声に出して、オージェンは言葉を失った。
ケインが左右で形の違う翼を出現させ、煙を吹き飛ばしたことも驚くことだったが、オージェンにとって、問題はそこではなかった。
それは、ケインの隣に立つ少女。本来なら、立っているハズの無い少女の姿。
その姿を目に映した時、オージェンは酷く動揺し、同時に、酷い怒りをあらわにした。
「なんで……なんでテメェがそこに居る!?テメェは今さっきブッ壊れたハズだろ!?」
「……」
「――ッ、テメェか!テメェが何かしやがったんだな!?」
「別に、俺が何かをしたわけじゃない。ほんの少し、手を貸しただけだ。ティアが、自分の意思で自由になるための、な」
ケインがそう言い切ると、オージェンはギリギリと歯ぎしりをしながら、血管が浮き出そうになるほど全身に力を入れていた。
そんなオージェンの様子を見つつ、ティアは視界を正面に戻す。そこに広がる光景を見て、そっと目を閉じ、再び開く。その目には、覚悟に近い意思が感じられた。
「ケイン様、お願いがあります。彼女らの……いえ、当機の姉妹の亡骸を、こちらに届けて貰えないでしょうか」
「分かった。レイラ!」
「はいはーい!おまかせあれー!」
他の誰よりも早く、ケインが無事なことに気がついていたレイラが、念力で近くに横たわっていた、壊れて動かなくなった機巧人形の中から五体ほどを、ティアの側に移動させる。
ティアは「ありがとうございます」とお礼を言うと、片膝をつくような形で、その場にしゃがみこみ、一体の頬に優しく掌を重ねた。
「謝罪。申し訳ありませんでした。当機が不甲斐ないばかりに、このような事をさせてしまったこと、お詫び致します」
「ティア……」
「ですが、当機は進まねばなりません。当機に生きる力をくれたケイン様の思いを、無下にする訳にはいきません。ですから、使わせていただきます。貴方たちの、意思と共に」
「――ッ、なんだ!?」
ティアが触れていた機巧人形が、淡い輝きを放ち始める。それに続くように、残りの四体も同じく輝き始めた。
そのままティアは立ち上がると、両手を大きく広げた。それに呼応するかのように、光輝く機巧人形たちは分解され、形を変えながら、ティアの両手に集まっていく。
そして、ティアが両手でそれを掴んだ時、弾けるように光が霧散し、その姿を現した。
「――なんだ、それは……っ!」
ティアが手にしていたのは、巨大な大砲。
おおよそ人一人が持てるような大きさではない大砲を、ティアは一人で、それも両手に一つずつ持っていた。
そして、驚くオージェンを他所に、ティアは右手にした大砲の銃口を、オージェンに向ける。
ティアの右腕から取り込まれた魔力が、大筒へと溜まっていく。
その様子に、思わず危機感を覚えたオージェンは、乗っていた機械を操作し、回避しようと試みる。が、ティアの方が早かった。
「――ぐぉっ、がっ、はっ……!?」
大砲から放たれた砲弾が、木々を抉り、空気すらも飲み込み、貫いていく。
オージェン自身はその砲弾を回避出来たが、乗っていた機械の方は間に合わず、大きく破損。
結果、浮遊できるだけの機能を失い、オージェン共々地面へと落下していった。
「――ざけんな……ざっけんじゃねぇ!テメェら寝てねぇでさっさと起きろ!起きて早くブッ壊――」
声を荒げ、叫び散らかすオージェン。だが、一跳びで自身の近くまで移動してきたティアが銃口を向けてきたことで、思わず息を詰まらせた。
そしてまた、ギリギリと苦虫を噛み潰したような顔で、ティアを睨んだ。
「――んだよ……なんなんだよテメェは!造られただけの機械の分際で、人間様にたてつくんじゃねぇ!」
「……」
「大体、テメェを蘇らせたのはオレだ!だったら大人しくオレに従ってりゃあいいんだよ!そうだろ!?あぁ!?」
「返答。確かに、当機を再起動させてくれたのは貴方です」
「だったら――」
「ですが、それとこれとは話が別です。当機にも、選択する権利があります」
「――ッ、だからそれが!気持ち悪いっつってんだろうが!」
オージェンが叫ぶと同時、起き上がった機巧人形たちが一斉にティアへと襲いかかる。
だが、ティアは一向に振り向く素振りを見せない。オージェンはそれを、ティアが気がついていないと考えたが、そうではない。
ティアに迫る機巧人形たちだったが、そうはさせまいとするナヴィたちの手によって、貫かれ、捕らえられ、叩き付けられた。
ティアが振り向かなかったのは、ただ信用していた。それだけのことだった。
「な、なん……」
「貴方と当機が、初めてお互いを認識した時、貴方の目は、輝いていました。ですが、今の貴方にはその輝きはありません。あるのはただ、野心に取り付かれた、濁りきった目です」
「ぅるせぇ!意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ気持ちわりぃ!大体、機械のくせに人様に精神論解いてんじゃ――」
酷く混乱しながらも、変わらぬ態度を取り続けるオージェンだったが、ティアが一歩、また一歩と、銃口を向けたまま近づいてくる様子を見て、ようやくその顔色を青ざめさせ始めた。
先の落下の衝撃で足を負傷し、オージェンはロクに立ち上がることも出来ない。
そのため、手や腰を動かして後ろに下がるも、ティアとの距離を放す事など出来ず、ついには背後を木々に阻まれた状態で、銃口を突き付けられていた。
そして、表情一つ変えず、自身を見下してくるティアに対し、オージェンは冷や汗が止まらなくなっていた。
「お、おいやめろ、来るな!来るんじゃねぇ!」
「……」
「オレは、オレの頭脳は、世界にとって必要な存在なんだぞ!それをこんな、小者みてぇな形で終わらせていい訳がねぇ!」
「……」
「ヒッ――!?」
必死になって訴えかけるオージェンだが、ティアは聞く耳持たず、オージェンの目の前まで歩き続ける。
そしてついに、オージェンと銃口の距離は、ほぼゼロとなった。
「は、はははっ、そうだ。テメェは人を殺した事なんてねぇ。テメェは人の役に立つための機械だ。人を傷つける事なんて出来やしねぇ。そうだろ?なぁ?」
「回答。確かに当機は、これまで一度たりとも、人を殺めた事はありません。ですので、これが最初で最後の――人殺しです」
「や、やめろ……!おい!やめ――」
オージェンの最後の説得も、命乞いも虚しく、ティアは大砲に魔力を流し込み、オージェンを一撃で撃ち抜いた。
胸元から上が消え、ズチャッという音と共に、亡骸が地面に倒れる。誰の目から見ても分かるくらいに、一撃だった。
「……どうだった?」
「……解答。思う所が無いわけではありません。ですが……ですがこれで、良かったのだと思います」
撃ち抜いてから、微動だにしないティアの側に、ケインが歩み寄る。
そして、色々な意味が込められたケインの問いに、ティアは大砲を下ろしながら、そう答えた。
無数の姉妹の、亡骸を背に。
ティアの大砲は、イメージ的にはランチャーやバズーカではなく、逆手で持つタイプのやつです。
イメージしにくい人はス○ラのスピナーを思い浮かべてください。あんな感じで持つやつです。




