338 機巧人形≪マギアドール≫ ②
マギア。
元々は小国であり、主に道具の生産によって発展していった国だ。
マギアの作る道具は好評で、他国の王族や貴族、一般家庭と、多種多様な顧客を獲得し、高い評価を得ていた。
そんなマギアにおいて、生産を支える、国として研究しているものがあった。
それが、ゴーレム。
ゴーレムには、自然に産まれてくる、モンスターとしてのゴーレムと、素材とスキルを用い、人工的に産み出すゴーレムの二種類がある。
マギアでは後者、人造ゴーレムについて研究していた。
事実、マギアのゴーレム技術は素晴らしく、主に力仕事の面で重宝されていた。
だが、それでよしとしないのが人間である。
彼らはよりゴーレムに多様性を持たせるべく研究し、何十年とかけて、その技術力をさらに向上させていった。
やがて、彼らの矛先は、ゴーレムの造形へと向けられる。
当時、マギアのゴーレムはある程度であれば、細かい命令までこなせるようになっていた。だが、そこで弊害となったのが、ゴーレムの造形。
人造ゴーレムは元来、大量の土や岩などと、魔石を用いて生成される。ゆえに、造形に関しても、モンスターのゴーレムとほぼ変わらないものとなる。それは世界の常識であり、マギアでもそれは変わらなかった。
だが、マギアのゴーレム技術は、他とは違う。
マギアの技術力はすでに、鉄を用いたゴーレムを生成する域に至っていた。
土や岩、鉄とでは何が変わるのか。議題としてそれを上げればキリがないが、一番の差は質と量だろう。
例えば、同じ量の土と鉄を用意し、同じサイズや質の魔石でゴーレムを作ったとしよう。
土で作る場合、力はそれなりにあるが脆く、また単純な作業にしか向かない。
だが鉄で作った場合、出力は上昇、強度も十分、さらには細かい命令もこなせたりと、まさに革新的だった。
そんな経緯もあり、彼らはよりコンパクトに、それこそ、人間に近しい造形のゴーレムを造ることに熱量を燃やし始めていた。
だがそれは、かつて無いほどの難儀を彼らに与えることとなった。
小型化による伝導率の低下に始まり、出力の低下、動作性の不備など、様々な問題が彼らに襲いかかったのだ。
それでも、マギアの研究者たちは諦めない。金や銅、アダマンタイトにミスリル、オリハルコンと、希少金属を含めたあらゆる金属を総動員させ、一心不乱に完成に向けて歩み続けた。
そうして、作成を始めてから三十年が経過したある日。ついに、彼らは人型のゴーレムを造り出すことに成功した。
彼らが身を削ってまで造り出したそれは、一種の芸術作品と呼べるようなものであり、もはやゴーレムと呼べるような代物では無かった。
そこで彼らは、それを作る過程で産まれた、金属で作られたゴーレムを機械と改め、その最上位に位置する、人型のゴーレムを〝機巧人形〟と名付けたのだった。
*
「……つまり、機械ってのは、マギアが持つ技術のことなのか」
「肯定します」
「それで、話を聞くかぎりだと、ティアは話の中にあった機巧人形ってことでいいのか?」
「いいえ、違います」
ティアは首を横に振って否定する。
どうやら、ティアは今話してくれた内容とは関係が無いようだ。
「違うのか?てっきりそうかと思ったんだが……」
「当機が造られたのは、今話した時代より先の時代です。当時すでに、12機ほど造られていました」
「12機も造っていたのか……」
「はい」
なんというべきか、当然のように量産していたことに頭を抱える。話の内容的に、一体作るだけでもかなりの労力と、莫大な資金が必要になることは目に見えている。
それなのに、12機も作ったということは、それだけ機巧人形に可能性を見出だしていた、ということなんだろうが……
……待てよ?俺の聞き間違いじゃなければ、確かティアは、マギアについて最初に「かつて存在していた」って言ってなかったか?
「……なぁ、一つ聞いていいか?」
「承諾。なんでしょうか」
「そのマギアって国は、滅んだのか?」
「はい」
一切の迷いもなく、ティアが告げる。
ティアは時折、〝かつて〟や〝当時〟という言葉を使っていた。それは一見すれば、昔のことを指していると捉えられる。
だが、俺がマギアという国や機械について、聞いたことすらないことを考えれば、滅んで無くなった、と解釈する方が妥当だ。
しかし、話を聞いた限り、マギアが滅ぶ理由が見当たらない。
機械、という技術は革新的に聞こえるし、むしろ発展していそうな気がする。それなのに滅んだということは、何かしら別の要因があったと考えるべきなのだろうか。
……いや、そこら辺は考えるよりも、ティアに聞いた方が早いな。
「ティア。どうしてマギアは滅んだんだ?話を聞くかぎり、むしろ発展していそうなもんだったが」
「回答。むしろ、発展し過ぎたのが原因です」
「発展、し過ぎた?」
「はい。そして、滅亡を決定付けたのが当機です」
「ティアが……?」
「解説。まず機械技術ですが、こちらは確かにマギアの発展に貢献しました。しかし、マギアを外から見ている者たちからすれば、その技術をどう扱っているのかなど、知るよしもありません」
「……そうか、兵器運用か」
当時のマギアの民が、どう扱っていたのかは別として、外から見れば、確かにどう扱っているのか分からない。
表向きは国の発展、裏では侵略のための兵器作成……そんな疑惑が浮かんでも仕方がない。
「肯定。元より、ゴーレム技術という他の国よりも優れた技術を持っていた国が、それをさらに強化した技術を持ったとなれば、そのような疑念が出てくるのも必然です。機巧人形という存在も、それに拍車をかけました」
「それで、ティアがどう関わってくるんだ?」
「ケイン様、疑問に思いませんか?」
「疑問はたくさんあるが……どれのことだ?」
「当機のことです」
「ティアの?」
ティア―機巧人形の出生については聞いたし、そこまで疑問は……
……いや待てよ?マギアが滅んだのなら、ティアはどうしてこの時代にいるんだ?
「……もしかして、ティアが生きているのとなにか関係が……?」
「いえ、あながち間違いという訳ではありませんが、違います」
「違うのか……」
「……ねぇ、一ついいかしら?」
「アリス?どうかしたのか?」
「いや、少し疑問に思ったんだけれど……その、機械?ってのは、結局よく分からなかったんだけど、基本的にはゴーレムと一緒ってことよね?……じゃあこの子、どうやって動いているの?」
「どうやってって、そりゃあ……あ」
……そうだ。ティアと普通に接していたから気がつかなかった。
ティア、もとい機械は、元々ゴーレム技術の延長線上にある技術。つまり動くには、創造者の命令が必要なわけだ。
だがティアは、誰かの命令を受けている素振りはないし、近くにその姿も無い。
それどころか、完全に自分で考えて行動しているように見える。それこそ、人間と同じように。
「確信。お気づきになられたようですね」
「……外の機械がどうかは別として、ティア自身は自立している。そういうことか?」
「肯定。命令によって動くではなく、当機の考えを以て行動できる、意思というプログラムを与えられた唯一の機巧人形。それが当機です」




