330 追う者、追われる者
「……どうだ?」
「近くに人の気配はありません。暫くは見つかる心配は無いかと」
「空モだいじょーブだっタ!」
「そうか……」
軽い見回りから戻ったユアとソルシネアから報告を受け、俺は少しだけ安堵した。
これまでは、人間の数十倍は感覚が鋭いメリアが周囲の警戒をしていたが、今、メリアは居ない。
そのため、気配を消し、森の中だろうと素早く動けるユアと、空から見ることができるソルシネアに、偵察役を任せることになった。
俺も、メリアから強化五感を継承してはいるが、俺の場合は目が良くなった、音が聞き取りやすくなったといった、あくまでも人間の範疇からは大きく外れない程度のものだった。
メリアがこれを使いこなしていたのは、メリアがメドゥーサだったからなのだろう。
人気がなく、道など整備されているわけが無い森の中を、ひたすらに進む。
そんな中、俺は考え事をしていた。
考えていたのは、ディスクロムの事。
いくらメリアを取り戻す、と豪語しても、後にも先にもディスクロムをどうにかしなければいけないのは変わらない。
だからこそ、対峙したあの日の出来事を、彼の言葉を、可能な限り思い出している最中だった。
『世界を救う。それが、私が成すべき使命なのですよ』
『この世界には、神が存在していない』
『貴方が彼女と育んでいたのは愛でも友情でも無い!不安定で脆い、簡単に壊せる心だ!』
(……違う、これじゃない。もっと……もっと、思い出さなくちゃいけないことが……)
「……ン……ケイン!」
「――っ!ナ、ナヴィ……?」
「ナ、ナヴィ……?じゃ無いわよ。全く……何を考えてたのか、大体予想は付くけれど……そんな怖い顔されてたら、こっちだって強ばっちゃうじゃない」
「え、あっ……そんな怖い顔してたのか……?」
「えぇ、それはもう。鬼になったかと思ったわよ」
「ん?なんか呼んだか?」
「呼んでないわよ」
「あはは……すまない。変に気を使わせたな」
「えぇ。でも、今一番辛いのが、ケインなのは私たちだって分かってる。だから、少しは私たちにも背負わせなさい。そうすれば、少しは楽になるでしょう?」
ナヴィはそう言うと、小さく微笑んだ。
その微笑みで、少しだけ肩が軽くなった、そんな気がした。
「……そうだな。これは、俺だけの問題じゃな――」
その瞬間、一瞬だけではあるが、視界の端で何かが映った。いや、映ったというよりは、反射した光が見えた、の方が正しいだろうか。
「……ケイン?」
言葉を途中で切り、足を止めたことが気になってか、ナヴィが俺の顔を覗くように伺ってくる。
ウィル達も、俺が足を止めたことに気がつき、俺へと視線を向ける。
「……ナヴィ達は、後から静かに付いてきてくれ」
「え?ちょっ、ケイン!?」
ナヴィ達に後から来るよう指示し、俺は光の見えた方へとゆっくり近づいていく。
やがて、前に進んでいくと、草木の影にそれは居た。
「……女の子?」
そこに居たのは、隠れるようにして眠っている少女だった。
髪の色は空緑色で、近づかなければそこに人が居るとは思えないだろう。そのくらい、周囲とほぼ同化していた。
……ただ、いくつか疑問はある。
第一に、なぜこんな場所で眠っているのか。ここは、言うのも何だが、何もない森の中。普通にモンスターは居るし、数は少ないが動物だっている。
そんなところで眠っているのは、明らかに不自然である。
そして何よりも……この少女、どうにも人間に見えない。
草木に隠れてはいるものの、見た目は美少女、と言って差し支えないのだが、何というか、人間とは違うものだと、直感に近いものがあった。
そんな考えをしているうちに、ナヴィ達も近づいてきていた。
目覚めた時、変に刺激させるのもあれなので、手振りで少しだけ離れた場所に待機させ、俺はその少女に声をかけた。
「……君、こんなところでどうしたんだ?」
「……」
返事が、無い。
死んでいる……とは見えないが、念のため、身体を持ち上げようとして、直後、とてつもない違和感に気がついた。
(――っ!?重い!?)
別に、今の俺が持ち上げられないほど重い訳ではない。
だが、女性の平均……というものは知らないが、それと比べても遥かに重い。それこそ、鉄でも持ち上げているような……
「――異常発生。外部からの干渉を確認」
「――っ!?」
「機巧人形ベリュネティア、再起動します」
「なっ、ぐぁ――っ!?」
「ケイン!?」
「俺は大丈夫だ!それよりも……」
突然目覚めた少女に強く突き飛ばされる。少女はそのまま俺から離れ、近すぎず遠すぎない距離を取った。
そして、俺が突き飛ばされたことを受け、ナヴィ達がこちらに寄ってこようとするが、俺はこちらに来ないように呼び掛ける。
……それよりも、見つけた時といい、持った時といい……そして何よりも、先ほど少女の口から出た、機巧人形という言葉。
やはりこの少女、ただの人間ではないようだ。
少女は、こちらを余程警戒しているのか、強ばった表情でこちらを睨んでいるが……どこか、表情が硬いように見えた。……いや、どちらかと言えば、睨む、という行為自体を初めてやっているような感じに見えた。
「……質問。貴方は、いえ、貴方がたは、一体どちら様ですか?」
少女が再び口を開く。
その声は、年相応の少女のものにも聞こえるが、やはりというか、こちらもどこか人間らしくない。
そして俺は直感した。ここで下手に解答をすることは、危険だということを。
「……俺はケイン。後ろの彼女達は、俺の仲間だ」
「何故ここに?」
「訳あって、今俺達は追われる身になっている。だから、ここに来たのは偶然だし、君を見つけたのも偶然だ」
「敵対する気は?」
「無い。あったらすでに、なにかしら君を傷つける行動を起こしている」
「……認証完了。嘘はついていないようですね」
一先ず、窮地らしきものは乗り越えたらしい。
だが、少女の顔は、未だ警戒の色を見せていた。
「……君は、どうしてこんな所に居るんだ?」
「返答。答えるつもりはありません。そして、今すぐここから離れることを推奨します」
「どうしてだ?」
「それは――」
「――目標、発見しました」
「「――っ!?」」
少女の背後から声が聞こえ、俺と少女は、そちらの方に視線を向ける。
そこに居たのは、五人の少女。
それだけなら、まだ普通と判断するだろう。
だが、問題なのは、その少女達は、目の前に居る少女と髪の色を除き、顔や身長が、全くの同じなのだ。
「目標、機巧人形ベリュネティア」
「これより、任務を遂行します」
そして、その五人は、ベリュネティアと呼ばれた少女めがけて、攻撃を仕掛けてきた。




