328 ケイン・アズワードという存在 ③
「君の中にある、二つのスキル。そのうちの一つの名前は、〝限界突破〟。スキルの内容的に、制限解除が進化したスキルだと思うよ」
「限界突破……」
聞き覚えの無いスキルを、復唱する。
限界突破。
ナーゼが言うには、制限解除の進化スキルのようだ。
「スキルの能力は単純で、成長限界を超える、たったそれだけのスキルだよ」
「えっと……それだけ、ですの?変な言い方になりますけれど、その……名前負けしているような……」
「……いや、そうでもない」
「え?」
「ボクも詳しくは知らないんだけど……ボクたちも含めて、全ての人間には、決まった値までしか成長できない、成長限界って言うのがあるらしいんだ。制限解除は、今その人がいる場所から先……つまり、先の限界値を前借りするスキル、って言えるんだ。対して限界突破は、その限界値の前借りはできない。でも、成長できる限界が存在しない。言うなれば、無限に強くなれるスキルなんだ」
成長限界。
俺も、軽く触れた程度しか知らないことだが、どうやらそれは、亜人を含めた、全ての人間に存在するものらしい。
そして、その限界値を迎えた時、どれだけ鍛練を積もうが、人はそれ以上成長できなくなる。
明確な値などは無く、あくまでもそういったものがある、という程度の認識しかないものだ。
限界突破は、その限界値を超える――つまり、成長限界そのものを無くすスキル。
人という枠に留まること無く成長していける。それは、人間を越えた存在と言えるだろう。
「無限にって……もしかして、あのディスクロムとかいう奴よりも強くなれるってこと!?」
「それはそうだけど……あの身体って、メリアのものだから……」
「え?あっ……ご、ごめん……」
「いや、いいさ。レイラがそう言いたくなる気持ちは分かるからな」
「ケイン……」
不謹慎な発言だったと、レイラがとっさに謝ってくれるが、そのことで特段気を害したりはしていないので、レイラを責めることはせず、なんでもないようなそぶりで許した。
だが、レイラも馬鹿ではない。俺の中に、確かにある焦燥を見抜いているようだ。
……だからって、そんな辛そうな顔をしないでくれ。
お前にそんな顔をされたら、必死に押さえているこの気持ちが、溢れてしまいそうになるのだから。
「……続けるね。ケイン君の中にある、もう一つのスキル。その名は〝絆〟」
「リンク……繋がり、ってことか……?」
「そうだね。このスキルが、いつ発現したのかは分からない。けれど、大体の予想はできる。……六日前、龍王たちと戦ったあの日だと、ボクは思う。多分、限界突破も、同じくらいのタイミングで進化したんじゃないかな……」
絆。こちらも、聞き覚えの無いスキルだ。ナヴィたちも聞いたことがないのか、その首を傾げていた。
俺達は、そのスキルについて知るためにナーゼの答えを待っていたのだが……当の本人は、とても言いづらそうな顔をしていた。
「あっ、もしかして、そのリンク?ってスキルが、あのときイブのつのがはえたり、ナヴィさまのスキルをつかえたりしたりゆうなの?」
「え?あ、うん。そう、だね……」
「それじゃあ、そのスキルをつかいこなせるようになれば……!」
「……私たちの力を、自由に扱えるようになる!」
「確かに……あの時のケインさんは、何かに振り回されているような感じでしたし、それを使いこなすことができれば……」
「我々の力を持った、究極の存在に成り得ると言うわけだな!」
イブの一言で、少し盛り上がりを見せるナヴィたち。俺の今がどんな状態なのか、未だに理解しかねるが、彼女たちにとっては喜ばしいことなのだろう。
だが、そんな僅かに生まれた希望は――
「……逆だよ」
――ナーゼの一言で、否定された。
「……え?」
「イルミス君が言っていたことは正解だよ……でも、皆が想像しているのとは違う……!〝スキルが生まれて、皆の力が発現した〟んじゃない!〝皆の力が暴走して、それを抑えるためにスキルが発現した〟んだ!」
『……』
珍しく声を荒らげて叫ぶナーゼに、思わず全員が息を、言葉を詰まらせる。
ナーゼは息を荒らげ、それを少しだけ整えた後、言葉を続けた。
「……前にも、ケイン君には話したけれど、六日前のあの日、ケイン君は、生死の淵をさ迷う大怪我を負った。身体中に酷い火傷を負って、横腹を抉られて……完全な死が訪れるまで、そう長くはかからなかった。
……でも、ボクたちはそれを認めたく無かった。君が居る世界を、ボクたちは諦めたく無かった。だから、ボクたちは禁薬に手を出した。
アンブロースとルシア君の細胞のおかげで、傷は治った。欠損した身体も戻った。でも、流れ出た血は、すぐには戻ってこない。だから、今度はボクたちの血を君に分けた。
君に、死んで欲しく無かったから、ボクたちは、この二手に全てを賭けた
結果は……言わなくても分かるよね。ボクたちは、賭けに勝った。君を失う運命から、君を取り戻せた。……でも、そんな簡単に、運命が変わるはずが無かったんだ」
そこまで言ったナーゼの口から、続きの言葉のかわりに、息がひゅうひゅうと漏れる。
そこから先を言う勇気が足りない。きっとそれが、ナーゼが言葉を詰まらせている理由なのだろう。
「……ナーゼ」
「……!」
それなら、その背中を押せばいい。他ならぬ、自分が。
たった一言、ナーゼの名を呼ぶ。その一声が、ナーゼの勇気を奮い起たせた。
「……血液には、相性がある。もし、相性の悪い血が混ざったとなれば、その瞬間、流れる血液の一部は機能を失い、身体に害を起こし、最悪死をもたらす。
たった少量の血を入れただけでもそうなるのに、ケイン君には、ボクたち全員の血を分けた。それも、君を失いかけて、動揺して、怒りに興奮して、濃くなったボクたちの血を。
当然、君の血は、ボクたちの血を排除しようと動く。合わない血液同士が混ざりあい、死滅し、例え死に至らないほどの血が身体に流れたとしても、機能を失った血が、身体を中から腐らせていく……君も、そうなるハズだった。
……でも、そうならなかった。運良く、全員が同じ種類の血液をしていた……なんて、そんな単純な話じゃない。物理的に、そうならなかった。
他でもない、直前に君の身体を治した禁薬とスライムの細胞。この二つが、両方の意味で作用してしまったから」
ナーゼが何を言いたいのか、少しだけ見えてきた。
六日前。俺が生死をさ迷っていた時の事は、ナーゼから聞いていた。勿論、アンブロースを使ったことも。
人の蘇生は、簡単な事じゃあない。それを俺自身も知っていたからこそ、特段彼女達を苛むようなことはしなかった。
だが、今ナーゼがその話を出すということは、その行為こそが原因であると言うことに他ならないのだから。
「スライム細胞の再生力。それは、ケイン君の身体に入った血と、元から流れていた血、そのどちらにも作用して、崩壊と再生を繰り返した。混ざらず、壊れ、毒にしかならないハズの血が、それを繰り返し、やがて身体全体に行き渡ってしまった。
そして、あろう事か、ボクたちの血が、君の血と混ざってしまった。アンブロースの効力が、ボクたち全員の血に作用してしまった。
本来混じり合うことのないものが混じり合い、身体中を流れ始めた。……当然だけど、無事で終わるハズがない。
血は、心臓から出て身体中に流れ、栄養を届け、心臓に戻る。そんな一巡を繰り返す。言ってしまえば、血は、ボクたちの力の源なんだ。そんな血を、君は外から摂取した。それも複数、大量に。それも、人間の身体には到底合わない力を有した血を。
結果、当然の如く、ボクたちの力が暴走を始めた。君の身体では受け止めきれない力が、君の身体を急激に成長させ、同時に破壊し始めた。……でも、その崩壊は、突然押さえ込まれた。
ケイン君、前からボクと君が話していたこと、覚えているかな?」
「あぁ……俺のスキルの成長速度が早い、ってやつだろ?」
「うん。この間までは、君はスキルに対する適正が高いんだと、そう考えていた。でも、君の力は、そんなちゃちなものじゃなかった。
環境、状況、状態……様々な変化に対し、己を適応させる力――適応力。それが、君が持つ特異性であり、異常性だ」
「適、応力……」
「君の適応力は、暴走するボクたちの力を押さえ込むため、スキルを産み出した。それが絆。……だいぶ話が逸れてしまったけれど、絆は〝力を無理矢理押さえ込む〟能力。
ケイン君、左手にかかっている枷を外す、そんなイメージをしてみて欲しい」
「えっと……こう、か……?――っ!?」
「……そう、それが今の君の現状。君が今、元の身体、人間としての身体を維持できている状態こそが、絆が機能している状態。そして、ボクたちの力が体外に現れた姿が、君の今の本体なんだ」
俺は、自分の左手から、目が離せなかった。
そこにあったのは、ナーゼと同じ、手首辺りから茶色に染まった左手。
試しに、先程とは逆――左手に枷をかけるようなイメージをしてみると、左手は元の肌色を取り戻していった。
「とはいえ、絆はあくまでも押さえ込むだけ。やがて成長限界に到達してしまえば、そこで抑えは効かなくなる。だから、君の適応力は、もう一手を差し込んだ」
「それが、限界突破……」
「限界突破で限界を無くし、絆で力を、成長を押さえ込む。君の身体が痛みを訴え続けていたのは、それが原因だと、ボクは思う」
「そう、か……」
正直な話、信じられない、信じたくない。そう思わせるような内容だった。
だが、現に俺の身体は変化してしまっている。自分自身で今、それを体感してしまった。認めるしかない。受け入れるしかない。自分自身に起きた変化を。
「ケイン君。こんな話をした後で、これを聞くのは酷なのかも知れないけれど……君は、これからどうしたい?」
「どうって、それは……」
「今の君は、人間という枠から外れた怪物だ。それも、いつ壊れてもおかしくない危険性を持った怪物だ。そんな君を、世界が放っておくハズが無い……いや、元々放ってはくれないか。とにかく、今の君には選択肢がある。前に進むか、ここで足を止めるか……それとも、逃げ出すか」
本当は、ナーゼも俺が出す答えを知っているだろう。それでも、あえてこの質問をした。
もし俺が、今の話を聞いて心が折れてしまっていたのなら、その逃げ道を提示するのが、彼女の役目なのだから。
「俺は――」




