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325 暴走の果てに

頑張った……

(……)



 深い闇に、沈んでいく。

 目を開けられず、声を出せず、匂いも、感触も、何もかもを感じられず。

 ただ、音も無き闇の中へ沈んでいく。



(……)



 沈むそれが、自分の意識であることは、なんとなく理解している。

 ただ、理解しているだけで、どうにかしようとしても、指の一本すら動かせない。



(……)



 だんだんと、考えることすら億劫になってくる。

 思考することを辞めてはいけないことは分かっている。それでも、この間にも、意識を少しずつ手放している。

 もし、この深い闇の中で、全て手放してしまったのなら、自分は、どうなってしまうのだろうか。



(……!)



 未だ残っている意識で、それを思考する。

 きっと、今全てを手放してしまったら、自分はもう、戻れなくなる。

 楽しかった日々に、辛かった日々に、頼れる彼女たちのいる、あの日常に。


 ……それだけは、嫌だ。



(……!)



 嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

 ……そうだ。()はまだ、諦めてはいけない。

 今も油断すれば、意識が飛びそうになる。それでも、俺は、足掻き続ける。指一本たりとも動けなくても、もがき続けてやる。

 一分、一秒でも長く、俺は足掻いてみせる。



(……ン!)



 ふと、声が聞こえた気がした。名前を呼ばれた気がした。

 音など一つもない深淵の中、誰の声かもわからない。もしかしたら、死神でもいるのだろうか?



(ケ……ン!)



 ……いや。死神なんかじゃない。

 この声は、ずっと聞いてきた声だ。

 愛しくて、大切な、彼女たちの声だ。


 気づけば、閉じていたはずの瞼が開いていた。

 動かなかったはずの指が、身体が動いていた。

 そして見たのは、この暗闇に射し込んでくる、小さな一筋の光だった。

 その光は眩しくはないが温かく、それでいて優しい感じがした。そして声も、そこから聞こえてくるようだった。



(ケイン!)


「……あぁ、そうだ。俺はケイン。ケイン・アズワードだ」



 気づけば、光に向かって手を伸ばし、そう言葉にして出していた。

 そんな俺の行動に合わせるかのように、光はより強く、より温かく、暗闇を照らし始める。

 それと同時に、霧でもかかったかのように曇っていた俺の意識も、少しずつハッキリとしていく。


 やがて、小さかった一筋の光は、太陽のような明るさとなり、この暗闇を消し飛ばした。

 そして――



 *



「ゥアゥ……ガ、アァァアァァァッッッ!!」

「うぐっ……ケ、ケイン……!」

「ウぁ……あ…………」

『……っ!』



 ケインが苦しみに満ちた叫び声を上げた瞬間、それまで押さえつけられて尚も暴れていたケインが、突如として大人しくなった。

 それだけではない。ケインの身体中に現れていた変化の数々が、ケインの中に戻っていくようにして収まっていき、元のケインに戻っていった。


 それを見て、ナヴィは恐る恐る重力(グラビティ)を解除する。もし戻って来ていなかったとしたら――今度こそ、打つ手は無い。

 ナヴィたちが、固唾を飲んで見守る中、その時は来た。



「…………う……ぁ……」

「っ、ケイン!」

「…………ナ、ヴィ……?」

「っ!えぇ、そうよ。ナヴィよ!分かる!?」

「あ、あぁ……心配……かけ、たな……」

「ほんとにっ……もうっ……もうっ……!」



 感情をむき出しにして泣き始めたナヴィが、ケインの胸元に倒れ込む。

 本来なら、そっと抱きしめるものなのだろうが、ケインはそれをせず、ほんの少し微笑んだ後、頭を左右に少しだけ動かした。

 なにせ、側にいるのは、ナヴィだけではないのだから。



「ウィル……リザイア……アリス……イルミス……お前、たちも……ありが、とう、な……」

「……っ、本当に、貴方って人は……!」



 喜びの涙を流し、ケインに寄り添うナヴィたち。

 そんなナヴィたちを、遠目から見守る彼女たちもまた、ホッとしたような表情を見せていた。



「よかった……ケインさん、無事元に戻ったみたいですね」

「当然です。これで戻って来なければ、あの方たちは、我が君の側に居る資格など無いということですから」

「っ、うぐっ……」

「大丈夫?無理しない方が……」

「心配なんざ、いらねぇよ……元より、オレサマたちゃあ、体調の問題なんざねぇんだからな……」



 ケインが戻ってきたことで、同じく収まりを見せたガラルたちが起き上がる。

 大丈夫、と口では言っていたものの、その顔色は、暗いままだった。



「くそっ……!なにが従魔だ、情けねぇ……主人の感情一つすら、受け止めきれねぇだなんて……くそっ……!」

「ガラル君……皆も……」



 ガラルは、血が流れるほど強く、己の拳を握り締める。ベイシアたちも、ガラルと同じ気持ちらしく、俯いたままだった。


 ナーゼには、彼らにどう言えばいいのか、分からなかった。

 彼らが感じていた痛みは、ケインに共有させられた痛み。その痛みがどれほどのものかは、彼らの様子を見ていたナーゼには痛いほど分かってしまう。

 だからこそ、なんと言えばいいのか、どう慰めればいいのか、その答えが出てこなかった。


 だが、その答えを出してくれる相手は、すぐ近くにいた。



「そうじゃの、お主らはまだまだ未熟だ」

「……パンドラ、様……?」

「儂は魔力でしか繋がっておらんかったからの。お主らのような暴走はせんかった。が、儂に流れ込んできたものは、お主らと同じ。故に、お主らが抱くその気持ちは、痛いほどに理解しておる」

『……』

「だからこそ、強さを求めよ。なに、強さというものは、なにも体だけで決まるものではない。それは、他でもないお主らが良く知っておるのではないか?」

『……!』



 その言葉で、ガラルたちはハッとした。自分たちは、どうしてここにいるのかを。


 ガラルは、ケインの諦めない心に強く惹かれたから。

 ソルシネアは、モンスターだとかは関係無く、怪我をしていた自分を手当てしてくれた、その優しさに惹かれたから。

 ……あと、単純にソルシネアの好みだったから。()()()の主人としての。

 ライアーとルシアは同じだ。自分とその仲間たちの住み処を取り返してくれた。その恩に報いるために。

 ベイシアは……命乞いで仲間になったが故に、経緯に関しては良い思い出はない。だが、その後のことに関しては、強く覚えている。

 ケインは、ベイシアを一人の仲間として見てくれた。下に見下すだとか、使い潰すようなことはせず、〝大切な仲間の一人〟として扱ってくれた。

 その慈悲にも近い心に、ベイシアは、すぐに信頼を置き、密かに忠誠を誓っていた。


 それぞれが、仲間になった経緯は違う。

 けれど、全員が共通して言えるのは、ケインが持つ〝心〟に惹かれたということ。

 強さは、肉体だけではない。その事を、パンドラは改めて思い出させてくれたのだ。



「……あぁ、そうだな。その通りだ。こんな事で卑屈になってちゃあ、恥ずかしいよな」

「……そうじゃの。まぁ、簡単な話ではないのじゃが……」

「んでもまっ、問題ないっしょ?ウチらなら。ねっ?」

「……そうかもしれんの」

「キュッ!」

「のー♪」



 暗かった顔に、元気が戻り始めたガラルたち。

 その様子を微笑ましく見ていたパンドラに、側にいたナーゼが話しかけた。



「……パンドラ様、ありがとうございます」

「む?別に感謝されるようなことではない。仲間として、同じ主を持つものとして、少々渇を入れてやったに過ぎぬからの」

「そうですか……ボクは、どう言えば良いのか、どう答えてあげれば良いのか、分かりませんでした。なんと言いますか、その……」

「精霊よ、この世で最も身近にある凶器とはなにか、答えてみよ」

「……へ?え、えっと……ナイフ、とかでしょうか?」

「ハズレだ。答えは〝言葉〟だ」

「言葉、ですか……?」

「そう。言葉とは、誰でも簡単に口に出せる。それ故に、最も身近で、最も簡単に、他人を傷つけることができる。先の男などが、分かりやすい例だな」

「……」

「なに、儂は難しいことを言いたいのではない。結局のところ、投げる言葉に正解なんぞ存在しない。相手がどのような意図でその言葉を発したのか、その者がどう受け取り、どう解釈するのかなんぞ、到底分かりはせぬ。だが、言葉にして伝えぬ事が、逆に相手に深い傷を負わせることもある。それを、覚えておくがよい」

「……はい。パンドラ様のお言葉、しっかりと聞き受けまいたぁっ!?」

「ったく……お主、堅苦しいの。悪い気はせぬが、少しばかり砕けたところで、なにも文句は言わぬよ」

「う、うぅ……だからって、デコピンは……」

「少しは気が晴れたであろう?はっはっはっ!」



 額を擦るナーゼに、悪気の無い笑いを浮かべるパンドラ。

 ナーゼも、そんなパンドラを怒る気には慣れなかった。


 一方のこちらも、泣いたことで少し落ち着いたのか、残る涙を拭い、改めてケインと向き合っていた。



「ケイン、身体の方は大丈夫なの?」

「……いや、だめ、だ……上手く、力が、入、らない……うぐっ……!?」

「ケイン!?」

「悪い……少しだけ、休ませて、く、れ……」



 そこで、ケインは再び意識を失った。

 ナヴィたちは、心配そうにケインを見つめるが、今度は、暴走する心配は無いだろう。

 そんなナヴィたちの側に、ユアが現れた。



「皆様、申し訳ありませんが、今すぐこの場を離れた方がよろしいかと」

「……え?」

「ここは、先ほどの町よりそれほど離れてはおりません。ましてや、先の戦いの様子は、少なからず町から見えるでしょう。であれば、この場に留まり続けるのは危険かと思われます」

「……そう、ね。一先ず、ここを去りましょう。ユア、イルミス、お願いできるかしら?」

「承知致しました」

「わかったわ」



 ドラゴンの姿に戻ったイルミスに乗り、ユアがその巨大な気配を消す。

 これだけの気配を消すのには、膨大な魔力と集中力が必要ではあるが、この場を離れるまでと思えば、苦ではなかった。


 そうして、ナヴィたちは、その場を去っていった。

 多大な犠牲と、大きすぎる存在(もの)を失った、この場所を。

ということで、今年ラスト更新です。

皆様、よいお年を。

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