324 怪物と天使と愛しき人よ ②
「グラゥルゥゥ……!」
「おやおや……そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。私、殺るのは好きですが、我が君と殺り合うのだけは御免ですので……ねっ!!」
「グッ!?グルラァァッ!!」
「――っ!?イビル!」
イビルが一瞬、強い殺気を放った瞬間、ケインが飛び出し、イビルに突っ込んだ。
ナヴィたちは、咄嗟にイビルの心配をするが、イビルはケインの一撃を回避していた。
「私は問題ありません。ですがやはり、殺気に反応する辺り、私の憶測は正解のようですね」
(……それに、先ほどまでよりも、明らかに動きが早い……元より手早く終わらせるつもりでしたが、悠長にしていられる時間は無さそうですね)
イビルは、撫でるように自分の頬に触れる。そこには、うっすらとではあるが、切り傷が付いていた。
イビルとて、今のケインを見誤ったつもりはない。だが、ケインはイビルの想像よりも、ほんの少しだけ早く動いた。
それが、イビルの頬を掠める結果となったのだ。
「ヴルヴァァァァッッ!!」
「――ふっ!」
ケインは咆哮し、イビルに隙を与えんと襲いかかる。が、イビルはすでにその速度を見切ったのか、その攻撃を軽くいなした。
だが、ケインは即座に踏み込み、体をイビルに向けると、そのまま地面を蹴ってイビルに向けて突撃する。
イビルも、ケインのその対応速度に一瞬驚愕を見せたものの、すぐに対応し、受け流していく。
そんな攻防が、たった十数秒の間に、何十回と行われた。
(くっ……捕らえるだけなら簡単ですが、それでは意味がない……であれば!)
「ラッ――グァッ!?」
突然、イビルの姿が消え、ケインの振るった腕が空を切る。ケインは片足で地面を抉るようにして静止すると、睨むようにして空を見上げた。
イビルが取った一手。それは、空へと退くこと。今のケインの速度を、対処できない訳ではないが、優位性を得る一手として、イビルは空を選択したのだ。
「どうしました?私はこちらですよ?」
「グ、ルヴァァッ!」
ケインが踏み込み、空にいるイビル目掛けて突撃する。しかし、浮遊している的にその攻撃が当たる訳もなく、簡単に躱されてしまった。
「ガアァッ!!」
「無駄です」
それならば、と、ケインは振り向き様に弾丸を放つ。それをイビルは、光線で相殺していった。
「……極四弾……」
「やっぱり、そうですのね……」
ケインとイビルの撃ち合いを見ていたナヴィが、ボソッと呟く。
ナヴィとて、自身のスキルが分からないほど鈍くない。なぜ、自分のスキルをケインが扱っているのか、その疑問が口から出るのをグッと堪え、イビルが作る一瞬の隙を見守っていた。
イビルと撃ち合っていたケインだが、飛ぶ力のないケインが中に浮いていられる時間は、ほんの僅かしか無い。
やがてケインは、イビルと撃ち合いながらも、地面にその足を下ろすことになった。
その瞬間を、逃さぬイビルではない。
イビルは、撃ち合っている光線とは別に、ケインの逃げ道を塞ぐように光線を放つ。
ケインもそれを理解し、退こうと試みるが、優位はイビルにある。
退けば撃ち合っている光線に襲われ、対抗しようとすれば、今以上に動けなくなる。
イビルの狙いは、まさにその状況だった。
空中という、最も無防備な状況に攻撃を叩き込み、その動きを制限する。動きさえ制限してしまえば、ナヴィの重力で動きを止めることができる。
その狙いは的中し、今まさに、完全に動きを封じることに成功した。
――そのハズだった。
「ウ……ガアァァァァァッッ!!」
『な――っ!?』
光線がケインの周囲を囲む、その直前、ケインが苦しみに満ちた咆哮を上げる。
そして、一際強く地面を蹴ると、その勢いのまま跳躍し、イビルよりも高く空に飛んだ。
イビルも、空に逃げることを考えなかった訳ではない。しかし、本当にやるとは思っていなかった。
空に逃げたところで、状況は変わらないと、そう確信していたからだ。
しかし、それだけでは終わらなかった。
「うぁッ、ガ、ウぅああァっ……!?」
「っ、ガラル君!?」
『――っ!?』
「なんっ……でもねぇよ!テメェらは、そっちに集中、しやがれッ……!!」
「……えぇ、本当に、よそ見している余裕など無いようですね……」
「えっ……んなっ!?」
イビルが睨む先を、ナヴィたちも追うようにして見る。そこにあるのは、飛び上がった体勢のまま、少しだけ身体を丸めたケインの姿。
その、苦しそうな表情を見せるケインの背から、魔力が炎のように溢れる。それは、左右に延びていき、まるで翼のような形で燃える。
そして、その魔力が霧散した時、ナヴィたちは、またも言葉を失った。
左にあるは、吸血鬼を思わせる、血濡れた暗闇のような翼。
右にあるは、純白無垢で、穢れのない美しさを放つ羽で象られた翼。
左右非対称、大きさも形も違う、それこそ歪と呼ぶべき姿をしたケインが、そこに居た。
「……吸血鬼の翼に、それに……」
「天使の翼、ですか……」
(我が君の中に、私が有る。その事実に大変感激を覚え、歓喜のあまり今にも舞い踊ってしまいそうになっているのですが……タイミングとしては、最悪と言わざるを得ませんね……)
イビルの顔に、少しばかりの焦りが見える。
先までの手は、空を飛べる、という優位性があってのものだった。が、それを失った今、もうその手は使えない。
そして、次の手を考える暇を与えんと、ケインはイビルに向けて攻撃を仕掛けた。
「ウル、ガァッ!!」
「くっ……!」
イビルは、ケインの攻撃を躱す。だが、ケインはすぐに体勢を変え、再びイビルに向かっていく。
イビルも、次々と迫ってくるケインの攻撃をいなし、受け流し、さばいていく。そして、さばきながらケインの動きを観察していた時、それに気がついた。
(成る程。いえ、当然と言えば当然ですが、我が君は、まだ飛行することに慣れていないようですね。体勢を変える時、あれは恐らく、補助としてアリスさんの空歩を使っていらっしゃるご様子。であれば、隙を作るチャンスはある……!)
イビルは待つ。タイムリミットが迫りつつある状況で、そのたった一瞬を掴むために。
そして、その時は訪れた。
「グラァァッッ!!」
(――今っ!!)
ケインが、イビルの斜め後ろで空中を蹴り、迫り来る。
イビルは、変わらずケインの攻撃をいなす素振りを見せかけ――ケインの右腕を掴み、一本背負いで、地面に向かって投げ飛ばした。
ケインも、突然の反撃に体勢を崩した。
その瞬間を狙えぬほど、ナヴィは鈍感ではない。
「〝重力〟ッ!!」
「ガッ――!?」
一瞬のうちに位置を指定し、押し潰すような重力をケインにぶつける。
空中で体勢を立て直そうとしていたケインは、その重力に巻き込まれ、一瞬で地面に叩き付けられた。
「よしっ、皆!いくわよ!」
「「えぇ!」」「はい!」「うむ!」
「ゥアッ、ガッ、アァッ……!」
ケインは、自身に近づいてくるナヴィたちの気配を察知するも、重力に押さえつけられ、身動きが取れない。
それならば、と言わんばかりに、ケインは極四弾を無差別に打ち出した。
「我に任せよ!はっ!」
迫り来る極四弾に、リザイアが二丁の早打ちを決め込む。ヴァルドレイクの電弾と極四弾がぶつかり合い、無数の爆発が起きた。
「よし、これなら――」
「ガッ、アァァアァッッ!!」
「何――っ!?」
極四弾を撃ち落とし、ケインに近づいていったナヴィたち。
だが、突如として、ケインの周囲を暴風が吹き荒れ始めた。
「これはっ……嵐!?」
「グ、アァッ、ガッ……!」
「嘘っ……!?」
暴風に阻まれ、思うように前に進めないナヴィたち。そんな中、ナヴィはケインの方を見て、驚愕で目を広げた。
重力で立ち上がれないハズのケインが、少しずつ、その身体を起き上がらせていたのだ。
重力は、再設定するのに僅かにラグがある。また、魔力の消費も激しいため、連発もできない。
そのためナヴィは、身動きが取れず、人が潰れない程度に強い重力をかけている。だと言うのに、ケインはその重力に反発せんと、起き上がり始めていたのだ。
普通なら、絶望してもおかしくはないだろう。
だが、ナヴィたちはその姿を見て、むしろ覚悟を決めたような顔つきになる。
それまで、うまく前に進めなかった足を一歩、また一歩と前に出す。
そんな彼女たちを後押しするかのように、背後から、強烈な風が吹き荒れた。
「〝嵐〟!」
ユアの放った嵐が、ケインの嵐とぶつかる。二つの嵐は、互いを巻き込み合い、ほんの一瞬、その風を完全に抑え込んだ。
「今です!」
『――ケインッ!!』
「ガッ……!?」
ユアの叫びに合わせ、ナヴィたちが一気に飛び出す。
奇しくもそれは、ケインが身体を震わせながらも立ち上がったのと同時であった。
そして、迫るナヴィたちを敵と見なし、攻撃しようとするよりも早く、ナヴィたちは、自らも重力の中へと飛び込んでいった。
勿論、ナヴィたちも重力の影響を受ける。
だが、入る直前にジャンプを入れたことで、ケインに覆い被さるような形となり、そのままケインに抱き付き、押し倒した。
「うぐっ……!?ケ、ケイン……!!」
「グァッ、ガァァッ!」
自分から飛び込んだとはいえ、強く地面に叩き付けられ、身体に激痛が走る。
だが、今の彼女たちにとっては、そんなことは些細なことだった。
「ケイン!貴方はずっと、私たちのことを第一に考えてくれた!過去に悩んでいた時も!今に苦しむ時も!明日に怯えていた時も!それが、どれだけ嬉しかったことか!」
「ケイン!貴様が居たから、我は過去の痛みと向き合えた!だから、今度は我が、その痛みから救う番だっ!」
「貴方が居なければ、私は、今も価値の無い孤独な存在でした!でもっ、そうじゃないと教えてくれたのは!他でもない、貴方なんです!」
「ケインが生きてるって信じてたから!わたしは、わたしを保っていられた!貴方の中にも、きっとまだあるでしょう!?誰かを思う、大切な心が!」
「あの日、貴方が手を差し伸べてくれなければ!わたしを受け入れてくれなければ!わたしは、今も矛盾に苦しんでいました!だから、今度はわたしが受け入れる番です!貴方の苦しみも!これからの運命も!」
『だからケイン!戻ってきて!(我)(私)((わたし))(私)たちが愛する貴方に!!』
「グオ、ガ、アァアァァァァアァァッッ!!」
ケインが吼えた瞬間、魔力が炎のように溢れ出し、一瞬で彼らを包み込んだ。
誰も寄せ付けないほどに熱く、高く、激しく。
年内もう一話、出せたらいいなぁ……




