323 怪物と天使と愛しき人よ ①
「二度と意識が戻ってこないって……それってどういうこと!?」
「それは――うぐぁ……っ!?」
「……鬼よ、無茶をするでない。ここからは儂が引き継ごう」
「すま、ねぇ……ぐっ!」
パンドラが、辛そうな表情をしたまま、話を続けようとするガラルを宥める。
ガラルはパンドラの申し出を受け、話を任せることにした。
「それで、パンドラ。ケインが戻ってこないってどういう……」
「それについて語るより前に一つ。お主ら、こやつらの状態に見覚えはないか?」
「ガラルたちの……?えっと……」
「……あっ、ケイン君が龍王の炎で倒れた時と同じ……!」
「いかにも。儂とケインとは〝互いの魔力〟で繋がっておる。だが、従属という関係上、一方的ではあるが、こやつらはケインの〝魂〟と繋がっておる。
魂で繋がっておるということは、言うなれば運命共同体。ケインが死ねばこやつらも死に、ケインが病めばこやつらも病む。従属とは、そういうものだ」
パンドラの言葉に、ガラルたち以外の全員が黙り込む。
ケインを含めた、この場にいる全員、従魔契約というものを〝そういうものだ〟という、あまりにもフワッとした認識をしていた。
だが、今目の前で苦しむガラルたちを見て、パンドラの言葉を受けて、自分たちの認識が甘すぎたことを思い知らされた。
「話を戻すが、今こやつらが苦しんでおるのは、主であるケインの意識がこやつらに伝播しておるのが原因であろう」
「伝播……?」
「ケインの生命が危機に晒されれば、同じように生命が危険に晒される。意識が暴走すれば、魂を通じて伝播し、同様に暴走する。
儂もケインと繋がってこそおるが、儂の格が大きいのと、魂ではなく魔力で繋がっているぶん、影響は微量ですんでおる。が、こやつらの場合は違う。暴走の意識が、魂を介して伝播を始めておるのだ」
「……じゃあ、このまま放っておいたら……!」
「こやつらの意識は飛び、あやつと同じようになるだろうな」
『……っ!』
ナヴィたちの顔が引きつり、青ざめる。
ただでさえ、今のケインは見ていられないほどに暴走している。そこに、ガラルたちも加わったとなれば……考えるだけでも恐ろしい。
そんな中、一人冷静に思考していたイビルが、気がついたように顔を上げた。
「……なるほど。だから、今ならまだ間に合うと、そういうわけですか」
「……え?」
イビルが発したそれに、思わず目を丸めながら振り向くナヴィ。他の面々も同じように、顔を上げ、イビルの方に顔を向けた。
「左様。やはり、最初に気付くのはお主だったか」
「えっと……どういうこと、ですか?」
「もし、我が君がすでに飲まれているのなら、それらも同じように暴走しているハズです。ならば、今そこに居らっしゃるのは、いったい誰なのでしょうか?」
「……あっ!」
イビルの言葉で、ナヴィはようやくそれに気がついた。
ユア、アリス、イルミス、ナーゼ、ビシャヌも、ナヴィに続くように気がついたようだ。
「えっと……結局、どういうことですの?」
「……もし、ケインの心がすでに堕ちきっているのなら、ガラルたちも、ケインと同じように暴走しているハズ。でも、今のガラルたちには自我がある!つまり、ケインの心は、まだ完全に堕ちきっていないということよ!」
『――ッ!!』
ガラルたちの自我がある――それ即ち、ケインの意識が、まだケインの中に残っているという証明に他ならない。
そして、意識が残っているのなら、呼び起こすこともできる……ということでもあった。
「正確に言えば、今、あやつの意識は、心の底に沈んだ状態……言わば無意識の状態だ。故に侵食が遅れており、故に危うい状態でもある。無意識とは、心が最も無防備になる時。早う意識を呼び戻さねば、一瞬で食われてしまうぞ」
「で、でもっ……どうやってよびもどすんですか?……あ、まえみたいに、ちょくせつよびもどすんですか?」
「いや、今の状態で心に入り込んだりすれば、それこそ儂も飲み込まれる。故に、自力で目覚めてもらう必要がある。ケインに呼び掛け、自らよ意思で目覚めてもらうのだ」
*
「……なんて軽々しく言ってくれましたけれど、あまりにも無謀すぎやしませんの!?」
「そうね……それに、わたしたちにしか出来ないって言ってくれるし……」
「しかし、他に手が無いなら、やる他あるまい」
「ひとまず呼び止めはできましたけれど、一体どうすれば……」
パンドラに言われるがまま、指名された五人――ケインと恋仲へと進展した五人が、ケインと対峙する。
だが、変わり果てたケインを目の前にして、五人は思うように足が動かなかった。
このまま放置すれば、二度とケインと会えなくなる。それを分かっていても、ケインの放つ気迫に圧され、動けずにいた。
だが、その硬直した空気を破るが如く、五人の背後から声が聞こえてきた。
「……はぁ、仕方ありませんね」
「イビル……?」
イビルは五人の合間を縫うように前に出ると、ケインと対峙する。ケインも訝しんでいるのか、イビルを前にしても動こうとしなかった。
「今から、私が囮となって我が君を引き付けます。貴方たちは、隙を見て我が君を拘束し、呼び戻してください」
「囮って……いったい何をする気ですの?」
「恐らくですが、今の我が君は〝敵対心〟に強く反応しているご様子。であれば、殺気に強く反応すると見て間違いないでしょう。ですが、貴方たちは、我が君に殺気を向けられない。ならば、私が適任と言えるでしょう」
「……大丈夫、なのかしら?貴方とて、ケインのことを慕って……」
「勿論、我が君に殺気を向けるなど、本来したくなどありません。ですが、我が君が戻ってこないことの方が、私にとって最悪になると、そう判断しただけのことです。まぁ、今の我が君も魅力的ではありますけれど」
「……何故だ?頼もしく聞こえるのに、悪寒が止まらぬのだが……?」
「リザイア……気にしたら負けよ」
美しく、けれど不気味な笑みを浮かべるイビルに、酷く心配そうな顔をするナヴィたち。
そんな五人のことなど露知らず、イビルはケインと対峙した。
「さぁ、我が君、踊りましょう!私と貴方で、一時ばかりの死愛を!!」




