321 暴走 ②
黒い眼球に青白い瞳、片方だけの角と、怪物は更なる変化を遂げる。
その姿を見て、冒険者たちは一歩後ずさった。
「なんだよ……なんなんだよコイツは!?」
「お、落ち着け!ちょっと見た目が変わったくらいでなにかが変わる訳じゃ」
「あるから焦ってんだろ!?」
「お前ら、何言い争ってんだ!来るぞ!」
彼らの内の二人が小言で言い争っている間にも、怪物はゆらりとした動きで近づいて来る。
その二人も、そのことは分かっていた。分かっているからこそ、平常心では居られなかった。
そしてついに、怪物が地を蹴った。
「っ、来る――ッ!?」
怪物の右手が、一人の冒険者の顔を掴む。普通、掴まれたくらいではならない頭が、ミシミシと音を立てる。
だが怪物は、そこで彼の頭を潰さず、そのまま他の冒険者に向けて放り投げた。
放り投げられた、その先に居た冒険者たちは、投げ飛ばされた彼の身体を受け止めようとはせず、回避した。
しかし怪物にとって、回避の有無はどうでも良かった。結局のところ、彼らの意識は、視線は、一瞬だけとはいえ、その一人に向けられた。
その一瞬がなければ、彼らは少しだけ長く生きられただろう。
そのことに彼らが気づいた時には、すでに一人、怪物の手によって、身体を二つに引き裂かれていた。
「クソッ、がっ!!」
冒険者のうちの一人が、回避している体制のまま、炎系のスキルを放つ。しかし、怪物は無駄のない動きでそれを回避する。
そして怪物は、その冒険者の方へと身体を向けると、掌を広げながら、左腕を引いた。
瞬間、バチバチッという音と共に、左手が放電を始める。そして、数秒と経たずして電撃を左手に溜め込むと、そのまま拳を握り締め、地面を蹴った。
「カフ――ッ!?」
電撃を纏った拳が、冒険者の腹部を捉える。
だが、それだけで終わるハズがない。
冒険者の身体に、溜め込まれた電撃が流れ、まるで身体を貫通したかのように、彼の背中から一閃となって放電した。
その電撃は、彼の背後にいた、別の冒険者に向かって飛来していく。そして、その冒険者は避ける暇もなく、電撃を食らうのを許してしまった。
「なっ――ぁばっ!?」
「あがっ――あばばっ!?」
電撃を浴びた二人の身体を、電撃が走る。
その電撃は、外や地面に漏電すること無く、彼らの身体に暫し帯電し続け、そして連鎖するように放電と帯電を繰り返した。
そうして暫くした頃、一人目の身体から、ようやく電気が抜けきった。彼の身体は、着ていたであろう服ごと焼け焦げていた。
だが、それはあくまで外傷の話。身体の内部については、言うのもおぞましい状態になっていた。
電撃に打たれ、次々と倒れていく冒険者たち。
そんな彼らを尻目に、怪物は次なる標的に狙いを定め、歩き始めた。
その身に、次なる変化を起こしながら。
*
「なに……あれ……!?」
戦慄したような声色で、ナヴィが呟く。
ウィルたちも概ね同じような心情らしく、唖然とした表情を見せていた。
「う、美しい……」
……まぁ、若干一名、別の感情を抱いていたのだが、今のナヴィたちに、それを気に止めるほどの余裕は無かった。
これまで、ケインと共に旅をしてきた彼女たちだからこそ、今目の前で起きている蹂躙と惨劇に、酷く戦慄していた。
だが、それ以上に――
「さっきの左手、あれは、間違いなくドリアードの能力……それに、今のって……」
「……あぁ、我が〝電撃〟だろう。だが何故だ?何故ケインが、我がスキルを扱える?何故、我と同じ角が、ケインにある?」
ナヴィたちにとって、最も分からないのはそこだった。
ケインは、普通の人間である。人間は、魔族のような角が無ければ、鳥類のような羽も無く、爬虫類が持つ鱗も無い。
だが、今のケインには、あるハズの無いものがある。それも、彼女たちが持つ特徴を。
特徴だけではない。先程ケインが使った電撃は、リザイアの持つスキルであり、ケインはそのスキルを持っていない。
どうして、持つハズのない特徴やスキルを、ケインが扱っているのか、それが彼女たちを困惑させていた。
だが、六人だけ……否、五体と一人だけが、この危機に気付きつつあった。
そして、その危機は五体の身体に、今まさに現れようとしていた。
「――ッ!?」
「……ガラル?」
「ぅぐ……!?」
「きぅっ……!?」
「あぅ……」
「ベイシア!?ルシアまで!?」
「これっ……ちょっちヤバめ、かも……!」
最初に異変が起きたのは、ガラル。
そこからベイシア、ソルシネア、ライアー、ルシアと、順々に異変が起き始めた。
全員、まるで胸を締め付けられるかのような痛みに襲われ、次第に息も荒くなっていく。
普段であれば、こういう時にも興奮していそうなソルシネアですら、今回ばかりは苦しんでいた。
(なんだ?この痛みは――まさかッ!?)
強まる痛みと、同時に来る衝動を、必死に抑えながら思考していたガラルは、一つの仮説を見出だす。
そして、そうであって欲しくないと願いながら、自身の主を――ケインの方を見た。
(彼らの症状……そして、儂に入ってくるこの魔力……もしや、ケインの奴は……!?)
時を同じくして、パンドラもガラルと同じく、ケインの方を見る。
そして二人は、このまま行けば、この先に何が待っているのかを確信し、焦燥で表情を歪ませた。
「「――ッ、ベイシアッ!!」」
「ぬぉっ……!?」
ガラルとパンドラ、二人からほぼ同時に名指しをされ、思わず身体を跳ねさせるベイシア。
だが、ベイシアは二人が何故自分の名を呼んだのか、理解していた。ベイシアも、遅れながら、二人と同じ結論に至ったからだ。
そして、それを確認するより早く、二人に名指しされた。それは、ベイシアにとって、その結論が間違いでないという、何よりの証拠になった。
「くっ、ぬぅぅッ!!」
ベイシアは、激しくなる痛みと、襲い来る衝動をはね除け、糸を放つ。
その糸は、自身を含めたガラルたち従魔全員の手足、胴体を縛り、動けなくした。
「ちょっ、ベイシア!?何をやって――」
「少し、黙って聞けッ!!」
『――っ!?』
ガラルの怒声に、ナヴィたちの視線はベイシアからガラルに移る。
ガラルは、なんとも言えない苦しそうな表情を見せながら、ナヴィたちに話し始めた。
「いいか!?一度しか言わねぇから、よく聞け!今のアイツは、意識を失っている!もしこのまま放置していたらっ、二度とケインの意識は戻ってこなくなるぞ!」
『な――ッ!?』
ガラルは、再びケインの方を見る。
そこには、人化していない鬼人と同じ、額に朱色に染まった角を生やしたケインが、そこに居た。




