318 タイムオーバー
ここ一ヶ月くらい前から、例のタワーディフェンスにドハマりしてました
やっぱ人外は最高だぜ!
感情が揺さぶられた、ほんの僅かな隙を突いた、背後からの奇襲。
これに反応できるのは、どこまでも冷静に判断できる者くらいだろう。だが、反応できたとしても、対象ができるかと言われたら、それはまた別の話。
背後という、最も対象の難しい位置を、感情が乱れた瞬間を狙って攻撃されては、誰であろうと対象することはできない。
元々殺気に鋭く、反応や行動の早いユアや、実力のあるイルミスやイビルさえも、完璧に対応するのは難しいと言わしめるこの作戦。
いくらディスクロムと言えど、これを所見で捌くのは困難……そう、思っていた。
『……なっ!?』
ほんの一瞬、あと数センチでユアの刃が届く、その瞬間、ディスクロムは口角を上げた。
そして、気づいた時には、ユア達の攻撃は、髪が変化した蛇が全て受け止めていた。
「ふっ……私を激情させ、その隙を突いての奇襲……作戦は悪くありませんでしたが、その程度では、私は殺せませんよっ――!」
「「ぐっ!?」」
ディスクロムは蛇を操り、ユア達をこちらに向けて投げ飛ばす。かなり強く投げられたのか、全員上手く受け身を取れず、地面を転がった。
「ユア、お前ら、大丈夫か!?」
「いつつ……えぇ、大丈夫よ」
「申し訳ありません主様。失敗しました」
「いや、気にしなくていい。くそっ……」
俺は焦っていた。
ディスクロムが見せたあの動き。あれは恐らく、メドゥーサ本来の動き。
メドゥーサは、鋭利な感覚だけでなく、並みの人間の数倍はあろう身体能力を持ち合わせたモンスター。
しかし、メリアという少女は、その身体能力を戦いに使って来なかった。だが、ディスクロムは違う。
ディスクロムは、メドゥーサの力を引き出し、戦い初めている。それは、ドラゴンや天使と並ぶ、世界最強に近しい敵になりつつあるということ。
そう、メリアの体だから、等と言っている余裕が、次第に無くなってきているのだ。
「ふふっ……それにしても、策があるのなら、もう少し隠す努力をするべきでしたね」
「んだと……!?」
「貴方方が時間を稼ごうとしていたのは知っていました。ですので、それを逆に利用させて貰うことにしました。わざわざ語る理由の無い私の過去を話したのも、その為です」
「どういう、意味だ……!」
「では質問しましょう。貴方たちは何から逃げて、ここまで来たのですか?」
『――っ!?』
その一言で、全員がディスクロムの意図を読み取った。
メリアがディスクロムに乗っ取られる前、まだ目の前の少女がメリアだった時。
俺達は――
「まさか……町の奴らが……!?」
「えぇ、来ていますよ。それも、十人やそこらの数ではありません。数百人くらいはいるでしょうね」
数百人。その数字に、僅かに戦慄を覚えた。
別に、その人数を相手にするのに臆したわけではない。問題なのは、この短時間で、その人数が集まってきたことだ。
元より、メドゥーサはSランクモンスター。その強さは、今こうして体感しているからよく分かる。
そして、短時間で数百人という集合速度。そこから、世界がどれだけメドゥーサを、メリアを敵視しているかが、嫌というほど分からされたのだ。
「ふふっ……貴方方は、私を追い詰めようとしていたようですが、逆に追い詰められてしまったようですね。これ以上は、手を出さなくても良さげですが……念には念を――っ!」
「「っ、がっ!?」」
「なっ――」
「よそ見している暇があるとでも?」
「ぐぅっ!?」
ディスクロムは、一瞬で距離を積めると、ウィルを、アリスを、ソルシネアを、ナーゼを、仲間達を、次々と攻撃していく。
その攻撃自体は、致命傷にはならないもの。しかし、「逃げ」の一手を確実に潰しに来ていた。
「させません!」
「おっと」
「チィッ、逃げんな!」
「……どうやら、悪知恵だけは働くようですね」
「ふっ、賢いと言ってほしいね」
イビルがそう呟いたのも無理はない。
ディスクロムは、レイラとイルミス、ガラル、イビルは狙わず、他の面々を狙った。
つまり、逃げる際に足手まといになりそうだと判断した相手だけを狙って攻撃を仕掛けたのだ。
「ぐっ、やってくれましたわね……!」
「……おや?すぐに立てるような柔な攻撃では無かったと思いますが……」
「けほっ、けほっ……ボクたちを、舐めないで貰いたいね……いっつっ……」
「侮ってなどいませんよ。まぁ、立てたところで、何も変わりませんけれどね」
ディスクロムの攻撃を、なんとか耐えたウィル達が立ち上がる。が、立っているのがやっと。
次に攻撃を受ければ、今度こそ動けなくなってしまうだろう。
恐らく、ディスクロムも分かっている。だが、ディスクロムは一向に仕掛けようとしなかった。
……否、仕掛ける意味が無かった。
元より、ディスクロムの狙いは戦闘不能にさせるのではなく、動きを制限させること。
今のウィル達の状態は、まさしくディスクロムの狙い通りなのだ。
「さて……そろそろ彼らも到着するでしょうし、ここらで私は退散させて頂くとしましょう」
「させ、るか……!メリアを、返せ……!」
「……はぁ、貴方もしつこいですね……私に何度も言わせないでください。貴方が彼女と育んでいたのは愛でも友情でも無い!不安定で脆い、簡単に壊せる心だ!」
「黙れ……」
「私の器となるだけの存在!私のために死ぬだけの無価値な存在!それに心を与え、簡単に壊せるようにしたのは君なんだよ!ケイン・アズワード!」
「黙れ黙れ、黙れぇぇぇぇぇッ!!!」
ほぼ、無意識だった。
その瞬間、肉体がメリアのものであることも完全に忘れ、天華を抜き、火炎波斬を放っていた。
その行動に、ディスクロムは少しばかり目を見開いたが、すぐに体を横に剃らし、回避する。
「ふむ、貴方には攻撃する覚悟が無いと思いましたが、やればでき――」
ディスクロムの言葉は、そこで途切れた。
ナヴィ達もその目を見開き、言葉を失っていた。
ディスクロムの身体から、鮮血が飛ぶ。
右肩辺りの服が破け、そこから見える肌には僅かながら、けれど深い切り傷が生まれていた。
そしてその側に、創烈を振り上げるようにして立つ自分がいた。
――自分でも、どう動いたのか分からない。だが、あれだけ余裕を見せていたディスクロムに、一撃を与えたという事実が、そこにはあった。
「き……貴様ァッ!!!」
「が――っ!?」
瞬間、ディスクロムが激昂し、蛇で俺の体を締め上げる。
首を絞められ、牙こそ立たれなかったが、腕も絞められた上で噛みつかれた。
俺は、創烈を掴む手を強く握る。が、首と手首をさらに強く絞められ、手から創烈を離してしまった。
「よくも……よくもやってくれたな……!この私を、神を傷をつけるなど、許しておけぬ!」
「かっ――ぁっ――!?」
「ケイン・アズワード!貴様はここで始末する!神の肉体を傷つけたことを、後悔しながら逝くといい!」
『ケインッ!!』
息が苦しい。視界がぼやける。意識が飛びそうになる。
仲間の声が聞こえるような気がするが、耳に上手く入ってこない。
そんな俺を、怒りの形相で睨むディスクロムは、右腕を上げる。そして、手刀の形を取ると、そのまま振り下ろしてきた。
だが、ディスクロムの手刀が俺を引き裂こうとする直前、俺の鞄から、小さな毛玉が飛び出し、右腕に噛みついた。
「ぐぁうっ!!!」
「ぅぐぁっ!?なんだコイツ……!?」
「コ、ダ――マ……?」
「くわぅぅぅっ!!!」
そこで俺は、俺の魔法鞄の中によく隠れているコダマが、ディスクロムの腕に噛みついたことを、霞み始めた視界と思考の中で理解した。
「このっ、子狐ごときが図に乗――ん?」
「くぁうっ……!」
ディスクロムは、噛みついたコダマを振り払おうとする。が、どうしてかは分からないが、ディスクロムはその動きを止め、自信を睨み付けるコダマのことを見た。
そして、何かに気がついたような表情を見せた後、再び狂喜に満ちたような笑みを浮かべた。
「そうか……そうかそうか!貴様もか!くくくっ、あははははっ!……ハッ!!」
「がっ――!?」
「ぎゅうっ!?!?」
「ケイン!コダマ!」
ディスクロムは高笑いをした後、コダマを噛みつかれたまま捕まえると、そのまま俺に向けて叩きつけた。
その際、拘束を解かれたため、コダマが潰れるようなことは無かったが、変わりに、強く地面に叩きつけられた。
「――かっ、ぁ――っ」
「きゅ……きゅあ……!」
「うぐっ……まさか、この私が二度も傷つけられるなどと……本当ならば、今すぐにでも殺してしまいたいですが、状況があまりよろしくないようですね……」
「かはっ……させ、る、か――っ!?」
「五月蝿いですね。折角命拾いしたんですから、大人しく黙っていなさい。まぁ、数分程度の命拾いですがねっ!」
「――っぁ――!?」
ディスクロムに踏みつけられ、罵倒され、コダマ共々蹴り飛ばされる。小さく何度も叩きつけられながら、地面を転がっていく。
その際、無意識に取って居たのか、俺の手には創烈が戻ってきていた。だが、もはや振るえるだけの力が入ってこない。
――身体が痛い。飛びかけの意識が、それだけを繰り返し認識し続ける。
呼吸が上手くいかない。視界も、聴力も、身体を動かすことも、全てが上手くいかない。
「それでは、今度こそさようなら。貴方の大切は、私が全部塗り潰して、壊して、利用させて貰いますよ。この世界のために、ね……」
「……メ、リ…………ア………………」
ディスクロムの言葉を最後に聞き、メリアの名を最後に呟き、俺の意識は、そこで途絶えた。




