316 顕現 ③
『――この世界で、まだ無事な者たちよ。どうか、私の言葉を聞いてくれ』
「――っ!?」
男性にも女性にも聞こえる声が、突然、頭の中で響くように語りかけてきた。
私は周囲を見渡したが、そこにあるのは依然変わらぬ光景。声の主らしき人影もない。
そんな私の行動を他所に、声は言葉を続けた。
『時間が無い故、手短に伝える。今この世界は、崩壊を始めている。世界を想像した神、そして、世界を支える柱となる名前が失われつつあるからだ』
淡々と、声が語ったその内容に、私は思わず絶句した。
世界が崩壊?神様?名前?
突然そんなことを言われても、素直に受け入れるには時間も、余裕も、何もかもが足りない。
だが、現実、目の前に映る光景は、世界の崩壊そのものだ。
だから、嫌でもそれが事実であると、受け入れざるを得なかった。
『この声が届いた者たちも、今は無事かもしれないが、やがてこの崩壊に飲み込まれ、消えていくだろう。だからこそ、これを私の最後の仕事と……神の奇跡とする』
「なっ……!?」
その言葉が告げられた途端、身体を光のようなものが包み始める。その暖かな光が、身体全体を包み込むと同時、頭の中に、何かが流れ込んでくる。
そして、その内容を理解するより早く、再び声が聞こえてきた。
『今から君たちを、この世界の外……つまり、異世界へと飛ばす。そこで生きていくための知識、そして、私の持つ知識の一部を、君たちに与えよう。そして、伝えて欲しいのだ。この世界の仕組み、その全てを』
光が、より強く発光する。
視界が真っ白に染まり、身体が浮いたように軽くなる。
『他の世界への干渉は禁忌とされているが……私は、何も残すこと無く消える方が恐ろしい。これは、君たちを救うための行為だが、同時に、私の最後の我が儘でもある。……頼んだぞ。我が世界に生まれし、愛しき子供たちよ……』
その言葉を最後に、その声は聞こえなくなった。
そして私は――
*
「――この世界に飛ばされた私は、我が神からの願いを叶えるため、行動に移しました。ですが、そこで私は知ったのです。この世界はすでに、あるべき名も、いるべき神も失っていることに!」
それは、ディスクロムが歩んだであろう歴史。
にわかには信じがたい話だが、嘘をついているようにも思えない。現実味、なんて言葉でも表せないような不気味な感覚に、思わず身体が畏縮したように動けなくなっていた。
「成る程、お主の人生は理解した。じゃが、聞く限りはお主、元々はただの人間であろう?今のような力や術は、持ち合わせて居ないように思えるんじゃがのぅ?」
「ふふふ……それこそ、神が与えてくれた知識の賜物ですよ。神の知識により、私は、強き肉体へと生まれ変わる、転生の術を得た!……そしてもう一つ、私には与えられた知識があるのです。ケイン・アズワード。貴方にとっても、因縁深いものの、ね」
「なに……?」
「異界より、勇者を召喚する術ですよ」
『なっ……!?』
勇者。それは、数度に渡って関わってきたもの。
一度目は、レイラと出会ったあの檻の中で、勇者に纏わる話を。
二度目は、エクシティで、自身を勇者だと名乗る男と対峙した。
そしてそれが、目の前に居るディスクロムによってもたらされたものなのだとすれば……
「なんで、そんなことを……何故、勇者を呼ぶ必要があった!」
「先ほどから言っているでしょう?全ては私が神になるため。勇者は、そのために必要不可欠な駒なのです」
「なんだと……?」
「当時、私は神の知識を以て、神になろうとしました。ですが、知識だけでは神になり得ない。そんな結論にしかたどり着けなかった。ですが、そこに勇者という強き肉体と魂を持つ者が加われば、不可能が可能になるという真実にたどり着くことができたのです!」
ディスクロムの顔に、狂気が走る。
酷く恐ろしいその顔は、メリアは絶対に見せないであろう、そんな表情をしていた。
「私は、私の肉体を作り替える傍ら、勇者を呼び出すための陣を作成。そして、私があえて暴虐の限りを尽くす背後で、それを世に放ちました。私が呼んでも良かったのですが、なんせ魔力の効率が悪い陣しか作れなかったのでね」
「っ……!つまり貴方は、更なる犠牲が出ることを知ってて、勇者を呼ばせようとしたってこと……!?」
「えぇ、そうですよ。多少の犠牲くらい、何も問題ありません。私が神になれば、全ては救われるのですから」
「なによそれ……!そんなの、神でもなんでもない!ただの殺人鬼よ!」
「お好きに吠えればいいですよ。吠えたところで、なにも変わりはしませんからね」
「うっ、ぐぅぅ……!」
アリスが感情的になるが、ディスクロムは飄々とした態度を変えず、笑顔を張り付けている。
……悔しいが、奴の言うとおり。それは、過去の出来事。つまり、変えようのない事実なのだ。
だが、次に奴が口にしたのは、俺達が思っていたものとは違っていた。
「そして、大いなる犠牲のもと、勇者が呼ばれ、数刻の時が流れ、ついに私はその時を迎えたのです。私は、ずっと待っていた。勇者が私を殺してくれる、その日を!」




