306 生死の狭間 ③
「禁薬って……どういうこと!?」
ユアの答えに対し、ナヴィが声を上げる。他の面々も、声にこそ出していないものの、その顔には不安の色が浮かんでいた。
そんな中、口を開いたのは……アリスだ。
「アンブロースは、人間が持つ再生機能を活性化させる薬。その効力は、欠損した臓器ですら、瞬く間に再生させてしまうという、とんでもない代物よ」
「ふむ……つまりその再生能力が問題、ということか」
「……いいえ、違うわ」
リザイアが言った一言に、皆が納得しかけたところに、アリスが首を振りながら否定をいれる。
「確かに、人体の再生自体も危惧されている要因ではあるわ。でも、本当に危険視されているのは、その再生方法、そして、再生後よ」
「再生、方法……ただ再生するだけでは無いということか?」
「再生後って……再生した後も、なにかあるのね?」
「えぇ。アンブロースは、再生機能を活性化させる際、細胞を直接刺激させるの。それは、傷口に塩を塗り込むようなもの。それが、再生している間ずっと続く。大半の場合、この激痛だけで、再生する前にショック死するわ」
「ひぇっ……!?」
「もし万が一、この激痛に耐え切って再生したとしても……むしろここからが、アンブロースの恐ろしいところよ。体を再生させる際、刺激を与える他に、莫大なエネルギーを半強制的に消費するの。それこそ、他の細胞が死滅するほどに」
「……つまり、アンブロースを使用すれば失った体が再生するかわりに、元々あった身体が死ぬということか!?」
「えぇ。それが、アンブロースが禁薬に指定されている理由よ」
あまりの内容に、思わず絶句するナヴィたち。
もう少し分かりやすく言い換えるとすれば、臓器や肉体を再生するかわりに、他の臓器や肉体を死滅させる。
それは、再生などではなく、ただ他の部分を犠牲にして、失った部分を作り直しているだけ。
激痛に耐えられたとしても、身体には失っていたもの以上の後遺症が残る。
それはまさしく、禁薬と呼ぶに相応しいだろう。
ナヴィたちの視線が、ナーゼに向かう。
ナーゼを背負うメリアも、目線こそケインに向けたままだが、明らかに不安げな顔をしていた。
だが、ナーゼは一切の動揺を見せなかった。
「……確かに、アンブロースは禁薬だよ。でもそれは、素人が扱っているから、そう呼ばれてしまっているだけなんだ」
「し、素人って……」
「そもそもこれは、人体に直接使用するものじゃない。触媒を介して使わないといけない代物なんだ。……まぁ、あくまでもボクの仮説に過ぎないけれどね」
「……仮に、その仮説が正しいとして、触媒に一体何を使うつもりなのかしら?」
「コレだよ」
「……それは」
「そう、スライムの細胞だ」
スライムの細胞を触媒に使おうとするナーゼに、ナヴィたちは困惑をあらわにする。
そもそも、自分の知識が間違いだと言われたアリスも、信頼しているとはいえ、未だにナーゼの言う仮説を疑っていた。
「……なぜ、スライムの細胞なのかしら?」
「スライムは、他の生物と比べれば、力の無いモンスターでしかない。でも、身体の一部が無くなったとしても、そこから再生できるほどの再生能力がある。さっき、同じような説明を受けなかったかな?」
「確かに……」
「スライムの再生能力は、他のどの生物よりも優れているんだ。その中でも、ルシア君の再生能力は、ボクが見てきたどのスライムよりも高い。アンブロースの触媒として使うなら、これ以上のものは無い。そう断言できるね」
「……」
ユアの腕の中でぐったりとしているルシアが、僅かに体を震わせる。褒められて、少し嬉しいのだろう。
ナーゼはそんなルシアを見て少しだけ笑顔を見せると、すぐに真剣な顔に戻した。
「……でも、さっきも言った通り、これはあくまでも仮説、確証があるわけじゃない。つまり……一種の賭けだ」
『……』
「心配なのは分かってる。不安なのも知ってる。でも、今すぐケインの体を元に戻すには、これしか方法が無い。だから、一生のお願いだ!ボクに賭けて欲しい!」
ナーゼが、仲間たちに頭を下げる。
……メリアの背中に張り付きながらという、なんとも情けなく、頼み込む側の態度とは思えない姿勢ではあったが。
暫し、周囲に沈黙が流れる。
全員、ナーゼのことは信頼している。だが、先の説明を聞いていたため、本当にそれが正解なのか、本当にそれでケインが救えるのか、心配の方が勝り、どう答えればいいのか分からなくなっていた。
そんな中、沈黙も破ったのは――他でもない、アリスだった。
「ナーゼ」
「……アリス君?」
「貴方は、ケインのことをどう思っているのかしら?」
「へ?えっ、どうって……」
「……」
無言で自身を見つめてくるアリスを見て、ナーゼはアリスが何を聞こうとしているのか、理解した。
故に、ナーゼはほんの少しだけ悩み、そして、言葉にした。
「……恩人だよ。ただエイエルの病を治すことしか頭になかったボクの目を、エイエルに向けさせてくれた。ボクの友達の願いを聞き入れ、エイエルを……ボクを、本当の意味で救ってくれた、大切な人だ」
「……そう」
「だから!今度はボクがっ――!?」
ナーゼの言葉を遮断するかのように、アリスがナーゼの口に人差し指を置く。ナーゼも予想外だったのか、思わず口を止め、アリスの顔を見た。
その顔は、無愛想ながら――どこか、満足げだった。
「わたしだって、ケインを失いたくない。だから、絶対に成功させなさい」
「ア、アリス君……」
「勘違いしないでちょうだい。わたしは、それを使うことを許したんじゃない。貴方の覚悟を信じることにしただけよ」
「ありがとう……メリア!」
「……んっ!」
ナーゼは一言お礼を言うと、改めてケインと向き合う。不安そうな顔をしていたメリアも、アリス同様、ナーゼを信じ、再生措置を続ける。
ナーゼは一度、大きな深呼吸をすると、手にした試験管を、ケインに近づけた。
(……絶対に、成功させる……!信じろ、ボク自身を!ボクを信じてくれた、仲間たちを!)
ナーゼは左手に持った試験管の中身――スライムの細胞を、ケインの抉れた部分に、馴染ませるように移植する。そしてその上に、アンブロースを垂らした。
その瞬間、アンブロースがその効力を発揮する。
ぐちゃり、そんな音を立てながら、失われた部分が、先程よりも早く再生されていく。
(スライムの持つ細胞分裂による再生能力、それをより早く、よりスムーズに行わさせる再生の力!)
アリスたちが見守る中、メリアとナーゼは一瞬すらも油断せず、再生を続ける。
(あの日誓った約束!今度こそ、絶対に――っ!)
メリアとナーゼ、二人の魔力がより強く結び付き、さらに輝きを増す。
そして――
『……』
「……ふぅ……うん、成功だ!」
ケインの身体は、他の細胞を殺すことなく、再生したのだった。




