304 龍帝 ③
『ガハッ……あっ、クソが……!』
「……貴方は、それしか言えないのですか?」
『うる、せっ……かはっ……!』
似たような悪態をつく邪龍に対し、呆れたような声を漏らすイルミス。
邪龍は言い返そうとするも、首元を軽く抉られたため、言葉にするよりも先に激痛が走り、遮られてしまう。
その姿を近くで見ていた天龍は、邪龍に改めて徹底を提案することにした。
『くっ……邪龍、やはりここは一度引いて体制を――』
『っるせぇ!俺に、口出しすんじゃねぇっ!』
『なっ……!?わたしは貴方のためを思っ――』
『喧嘩してる場合か!?来るぞっ!』
『『――っ!』』
天龍の提案を、無下に扱う邪龍。その扱いに頭にきた天龍が、邪龍に詰め寄ろうとするが、緋龍が警告を叫んだことで、三体は一斉にその場から散った。
そして、三体がいた場所に、イルミスの竜の息吹が通過する。その炎は着弾点の植物を一瞬で焼きつくし、三つのクレーターのような焦土を産み出した。
『くそっ……!なぜだ!なぜだなぜだなぜだ!どうして思い通りにならん!なぜその力を俺たちに向ける!なぜだ、聖龍!』
「……貴方たちには、大切にしているものがない」
『はぁ?』
「貴方たちは、人の心を知らない。いえ、知ろうともしない」
『んなもん、知る必要なんざねぇだろっ!』
「わたしはそうは思わない。わたしは、この愛おしい心を、もっと知りたい。大切な人を、守るために!」
その瞬間、イルミスの魔力が輝きを放つ。
様々な色を見せながら、その魔力は、やがて一つの姿を形作る。
『はっ……?』
『なん、だよそれ……っ!?』
『こ、これは……』
イルミスの背後に現れたのは、一体のドラゴン。実体はない、魔力でできた存在にも関わらず、圧倒的な存在感を放ち続けている。
そして、そのドラゴンの周囲を、無数の龍が飛行している。
もし、状況をなにも知らない人が見れば、その神秘的な光景に、思わず目を奪われていたことだろう。
だが、状況を知る当事者たちからすれば、その光景すらも、恐怖としか思えない。そのくらい、邪龍たちの目の前に現れたドラゴンは、存在感を放っていた。
だが、存在感を放っているのは、そのドラゴンだけではない。
そのドラゴンの前にいる彼女も、違った意味で存在感を放っていた。
「……わたしはイルミス!ただのイルミス!聖龍としてじゃない!一人の恋する龍として、わたしはわたしの道を行く!」
イルミスの瞳が、深紅に染まる。
髪は靡くように広がり、その毛先が、瞳と同じように赤く染まる。
さらに、イルミスを包む魔力は黄金に変化し、掲げた右手に集約していく。
それに呼応するかのように、背後のドラゴンもまた、その口元に魔力を溜め込む。周囲の龍たちも、また然り。
「これが、わたしの想い!これが、わたしの全て!汝、我が行く道を照らす一閃と成れ!〝龍帝〟!!」
その瞬間、ドラゴンと龍、その全ての口元に集約した魔力がブレスとなり、イルミスの掲げる魔力に向けて放たれる。
そのブレスを受けた魔力は膨れ上がり、そして、無数の光線となって放たれた。
『『『なっ――』』』
邪龍たちは、放たれた光線を躱す。しかし、光線はまるで意思を持つかのように三体を追う。
気がつけば、三体は再び一ヵ所へと集められていた。
『クソがっ……!なんだこれは!?』
『――っ、まさか!?緋龍!』
『あぁっ!?――っ、チィッ!?』
邪龍が悪態をつく中、唯一それに気がついた天龍が、緋龍に向けて叫ぶ。それを受け、緋龍も気がつく。
なぜ天龍は、緋龍だけに声をかけたのか。それは天龍の中で、邪龍はすでに、信用に値する存在では無くなっていたから。
ただ、それだけである。
『ぐあっ……くっ!?』
『がぁっ……クソッ!』
「……」
『なっ――貴様らなにを――ッ!?』
緋龍と天龍は、己が傷つくことを躊躇わず、光線に向かって飛び込んでいく。
二体は光線によって身体を焼くような痛みを受ける。だが、光線の包囲網から抜け出すことができた。――否、包囲網から見逃された。
なぜなら最初から、イルミスの狙いはただ一体、邪龍ヴェルドラッヘなのだから。
そして、取り残された邪龍は、光線に完全に包囲されたことで、ようやく気がつくことができた。
――まだ、龍帝は放たれてすらいない。
『聖龍ゥゥゥゥゥゥッ!!!!』
邪龍は叫ぶ。
怒り、焦り、様々な感情を乗せて。
――だが、たとえ謝罪の言葉を乗せたとしても、イルミスにはもう、届かない。
「……さようなら、ヴェルドラッヘ」
イルミスが、誰にも聞こえないような声で呟く。その瞬間、膨れ上がった魔力がうねり、一点へと集約し、そして、放たれた。
邪龍は、それ以上言葉を発する暇も、思考をする暇も無く、その光に飲み込まれる。
その光は、圧倒的な熱量を誇り、邪龍の身体を瞬く間に焼き消していく。
やがて、光は収まり……邪龍であったもの、その残りカスと、朽ちた灰だけがそこにあった。
*
「あれが、イルミスさんの本当の力……」
『前に見た時も、相当なものだったけど……いや、それだけ彼女が、彼のことを思っている、ということか』
イルミスの龍帝を見て、イビルは思わず言葉を漏らす。
煌龍は、以前よりも強くなったその力を見て、少しだけ笑顔になっていた。
『……さて、ワタシはそろそろ行くとしよう』
「……どこへ向かうつもりですか?」
『地龍のところさ。これ以上は、もう見なくても分かりきっているからね』
「そうですか」
『……あぁ、そうだ。えぇっと……』
「……イビルです」
『イビル、少しだけ、触れさせてもらうよ』
「はい?いや、突然なにを――ッ!?」
唐突なことに、困惑を見せるイビルを余所にして、煌龍はイビルの頭に右前足を乗せる。
その瞬間、イビルは自分の中に、ナニかが入り込んできた感覚に襲われた。
「……これ、は」
『ワタシからの餞別だ。それは、今のワタシにはもう必要のないものだ。だから、君にあげよう。君なら、その力を使いこなせる……いや、使いこなす以上のことができるだろう。では、今度こそ行くとしよう。君も、彼らの元に戻るといい』
そう言い残すと、煌龍はその場から飛び去っていく。残されたイビルも、少しだけ考えた後、地上へ向かって降りていった。
*
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
龍帝のエネルギーを撃ち果たし、背後に現れたドラゴンや龍たちも消えたその場所で、イルミスは息を荒げていた。
龍帝の威力は凄まじい。だがその反面、イルミスに返ってくる反動も凄まじいものだった。
本来であれば、飛ぶことすらままならないような状態ではあったが、イルミスは翼を広げ、飛んでいた。
まだ、戦う相手が、残っているのだから。
そんな絶好のチャンスを前にして、緋龍と天龍は、なぜか仕掛けようとしない。
否、仕掛けようにも、先の一撃を目の当たりにしたことで、二体の心に、僅かながら恐怖心が芽生えていた。そのため、動こうにも動けずにいた。
だが、動かなければ、彼らに生きる道は無い。そのことを、いち早く理解していた天龍が、その翼を広げた。
『……緋龍、わたしが殿を勤めます。貴方は、ここから逃げてください』
『なにを、言って、やがる……!』
『このままでは、わたしたちは、ただやられるだけです!』
『ざっけんな!そんなの、飲めるわけね――』
『ファヴニエラ!』
『――ッ、クソがっ……!』
緋龍は身体を翻し、天龍とイルミスを背にしてその場から離脱する。その後ろ姿を、天龍もイルミスも追わず、見向きもしない。
そして、緋龍の身体が、イルミスの視界から消えるより早く、天龍はイルミスに向けて攻撃を仕掛けた。
『うぉぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!』
「っ……!」
天龍が雄叫びをあげながら、イルミスに向かって突っ込んでいく。だがイルミスは、未だに動ける状態ではない。
そして、あわやイルミスがやられる――その時、空から無数の光が降り注いできた。
『なぁっ、が、はっ……』
その光は、ボロボロだった天龍の身体を貫き、無慈悲に地面に叩き落とす。
そして、光を放った正体―イビルは、イルミスの元へと降りてきた。
「……全く、あれだけ息巻いていらっしゃったのに、一体取り逃がしてしまうなんて……ねぇ?」
「……っ」
「とはいえ、面白いものも見られましたし、収穫が無いわけでもなかったので、良しとしましょうか」
『――』
「……あら、まだ生きてたのですか?」
『ぁ、が、ぁ……』
地面に叩き落とされながらも、最後の抵抗にとブレスを構える天龍だったが、それを察知したイビルによって、その目論見は失敗に終わる。
再び無数の光を受け、天龍はその意識を、今度こそ手放した。
「イルミスさん、動けますか?」
「……少し、なら」
「なら、戻りますよ。我が君のところへ」
そう言うと、イビルはイルミスに自分の肩を貸す。その行動に、イルミスは思わず目を見開くも、素直に厚意に甘え、そのまま身体を預けることにした。
*
「イルミス!」
イビルが、イルミスを支えながら降りてきた時、ナヴィはすぐに二人の元へと向かった。
イビルは地上に降りると、そのままイルミスを地面に座らせ、ナヴィに任せることにした。
「問題ありません。ただ疲弊しているだけです。それより、ケイン様は……」
「それは……」
ナヴィは、イルミスを支えながら、身体をそちらに向ける。そこには……
「駄目……このままじゃ……!」
苦悶に顔を歪ませる、ナーゼの姿があった。




