30 継承
予想外だった。
コイツ…ケインから「ナヴィならできる」って聞いたときは、どうせ無理だろうと思っていた。
だがあの嬢ちゃん…10分耐えきるどころか、それより前に、スキルロールを使用不可能にしちまった。
使用不可能になったということは、スキルロールを制御するのではなく、スキルロールそのものを支配した。ととらえるのが妥当だろう。
俺の目には、合格を告げた事で、喜びを分かち合っている三人の若者の姿が映る。
その中でも嬢ちゃん…ナヴィだったか?ナヴィは一際照れくさそうにしている。
なぁ、見ているか?お前の意思を、思いを、願いを。受け継ぐに相応しい奴が見つかったぞ。
俺は、お前から預かったコイツを、お前のようには扱えなかった。
でも、ようやくお前の残したものが、新しい世代に受け継がれる。
そしたら、俺もそっちへ行くぜ。サリー…
***
「さて、心の準備は良いか?嬢ちゃん」
「えぇ、大丈夫よ」
「それじゃあ、俺の手を握ってくれ」
言われるがまま、ナヴィは店主の手をとる。
すると、二人の周りに光の風が渦巻き始めた。
「汝に託す、我の力「影の槍」を。継承」
店主が言葉を発し、光の風が店主を包む。
その風は、今度はナヴィの方へ。
風が止む寸前、一つの声がした。
「ありがとう。君達に出会えたこと、嬉しく思うよ。お礼に、俺からのささやかなプレゼントをあげよう。さようなら。君達に、良き未来がありますように…」
その声は、まるで消える寸前の人が、なんとかふり絞って伝えたように聞こえた。
瞬間、風は少し離れていた俺達をも巻き込み…
気付けば、俺達は店の前に立っていた。
「あ、あれ…?ここって…」
「店の、外、だね…」
「一体どうして…」
俺は、店を開けようとした。
が、どれだけ力をいれてもびくともしない。
まるで、誰も入れないようにしているかのように。
「ナヴィ、スキルの方は?」
「待ってね…うん、ちゃんと継承しているわ」
「そうか…夢では無いのなら、さっきの言葉は…っ!?」
俺は目を疑った。
なぜなら、俺が持っていた魔法鞄に、店に残っていたであろうスキルロールと、店の売り上げとおぼしき金貨が大量に追加されていたのだ。
「どういう、こと?」
どうやら、メリアも同じような感じらしい。
これが、店主が言った「プレゼント」なのだろうか…
だとしても、これはやりすぎではないだろうか。
「ねぇ、ケイン。もしかしたらあの店主、ゴーストとか精霊とかの類だったんじゃない?」
「ゴーストや精霊?」
「えぇ、もしかしたら影の槍を託すためにここにいて、私に託す事ができたから、この世から消えた…とか」
なるほど、ナヴィの説は十分ありえる。
思えば、あれだけの血の跡が残っていたのに、店主は妙に若々しかった。
それに、暴走を止めるとなれば、片腕を失った状態ではほぼ不可能。最悪、もっと大きな怪我をしてもおかしくないというのに。
そうだとしたら、店主は今頃…
俺は何も言わず、その場で目をつむり、頭を下げた。
メリアとナヴィもそれに続く。
―ありがとう。そして、さようなら。
その言葉は、風と共に天高く登っていった。
***
「さて、依頼完了を報告しないとな」
「そうね…ギルドに入るのは少し気に食わないけど」
「ほん、と…視線、が、怖い…」
「うーん…なら、先に宿に戻ってる?」
「それはそれで嫌」
「同じ、く」
即答ですか。
まぁ、もうすぐギルドに着くから、先に戻る意味も無いか。
それに、二人だけにした方がなんか危ない気がするし。
そんなこんなで数分後、俺達はギルドへ辿り着いた。
中に入れば、また騒がしくなる。
俺達が初めて来たときとおんなじような事を言うやつもいれば、少し怖がってるようなやつもいる。
まぁ、大したことは無いんだろうけどさぁ…
「あ、ケイン様。お帰りなさいませ」
「あぁ、依頼を達成してきたので報告にと」
メリアに、ロッドグリズリーの魔石を出してもらう。
「確認致します…確かに、ロッドグリズリーのものですね。依頼達成です。それでは……」
「ギルドカードですよね」
受付嬢が言うより先に、ギルドカードを提示する。
受付嬢も、当たり前のようにギルドカードを受け取り、処理をしていく。
時間にして10秒。処理が終わったギルドカードを返してもらう。
「それでは、報酬はあちらでお受け取りください。お疲れ様でした」
「あぁ」
指示された方へ行き、ロッドグリズリー討伐の報酬を受け取る。
昔だったら大金なのだが、今では小銭程度に思えてしまう辺り、少しお金に毒されてる気がしないでもない。
「終わった、の?」
「あぁ、報酬は受け取ったし、宿に戻ろうか」
「さんせーい。やっぱりここは居心地良くないわ…」
「同じ、く…」
やっぱり、視線が鬱陶しかったんだなぁ…
そう思いながら、出口に向かおうとした瞬間
ドンッ!
力任せに戸を開いたような音がギルド内に響き渡った。
ギルドに一瞬の静寂が走るが、お構いなしと言った感じで、音を出したとされる帳本人達…鎧を着込んだ兵らしき者達が続々と列をなしていく。
その列は、なぜか俺達の前で止まった。
「者共、ご苦労」
外から男の声がしたと思えば、声の主が二人の兵を連れギルドに入り込む。
見せつけんばかりのギラギラとした服。
甘やかされたように太ったような体。
不快としか言い表しにくいような顔。
どこかの貴族の坊っちゃんとしか思えないような男が、一体なんのようだ?
そう思っていたのだが、その男はなぜか真っ直ぐに俺達の方…正確には、メリアとナヴィの方へ向かってくる。
「ふぅん。コイツらがアレの言ってた上玉かぁ」
男はメリアとナヴィを、なめ回すようにジロジロと見つめる。
見られてないとはいえ、俺ですら背筋がゾッとした。
「フヒッ…最高じゃないかぁ…」
笑い方も気持ち悪い…
背後にいるため見えてはないが、二人の嫌がる表情が手に取るように分かる。
ほんと、なんなんだコイツ…
だが、この男は止まらない。
「フヒヒッ、お前達二人は、このボクの妃にしてやろう!光栄に思うがいい!」




