さn ビャ zEろ
『死ね、人間!』
ケイン目掛け、黒いブレスが迫り来る。
先ほどの咆哮の影響は、各々個人差がある。ガラルのように、すぐに持ち直す者もいれば、ウィルのように、持ち直すのに時間がかかる者もいた。
そしてケインは、前者だった。
(――っ、マズい!)
ケインの体は、硬直から持ち直し、迫り来るブレスを見た後、即座に回避しようと試みる。
今の距離であれば、完全に回避することは出来なくても、直撃だけは免れる。仮に貰ったとしても、中心からは外れるので、被害は最小限で抑えられる。
ケインのこれまでの経験が、無意識のうちにそう判断し、行動に移したのだ。
とはいえ、蒼龍にトドメを刺そうと駆け出していたのなら、恐らく間に合わなかっただろう。
そういった意味では、咆哮による制止は、ケインにとっては救いだったとも言えた。
――だが、
「――っ!?」
ケインの体は、再びその動きを止めてしまう。
まるで、石にでもなってしまったかのように。
*
「――うっ!?」
メリアは、突然放たれた咆哮に、思わず息を飲んだ。そして、他の仲間と同じように、体がすくみ、思うように動かなくなってしまった。
しかし、幸いと言ってもいいのか、メリアは地上の面子としては遠い位置に居たため、硬直が解けるまでの時間は短かった。
だが、メリアの場合、そこでは終わらなかった。
「……え?」
突然、メリアの視界が、めまいを起こしたかのようにぐにゃりと歪む。
色の識別がはっきりとせず、また、距離感や形状も掴めない。
しかし、それだけでは終わらない。
「ぇあっ、ぐぅっ!?」
めまいの次は、頭痛が襲いかかってくる。
まるで頭を両側からえぐられるような痛みが、頭全体を包み込む。
そして――
『――』
「――っ!?」
それは、突然メリアに語りかけてきた。
勿論、メリアはその声の主を知らない。どこかで見たこともなければ、聞いたこともない。
けれどその声は、メリアの不安と恐怖を一気に増大させてきた。
そして、声が聞こえた瞬間、ほんの一瞬ではあるが、めまいが収まる。
そのたった一瞬で、メリアは無意識のうちに、ケインの姿をその目に映す。
――否、ケインの姿を見てしまった。
「ぇ、あっ……!?」
メリアがケインを視線に捉えた瞬間、再び視界が歪む。そして、ほんの一瞬、メリアは意識を刈り取られた。
――その一瞬に、それは表に現れた。
メリアの―否、それの口元が、僅かに上がる。
そして視線の先―ケインに向けて、無理矢理覚醒させた目を使った。
その瞬間、ケインの動きが止まる。
それは、目が機能したことを確認すると、白い歯を僅かに見せるような笑みを浮かべながら、メリアに意識を手渡す。
意識の戻ったメリアが、自分がやったと、そう錯覚するように……
*
(なんっ、だこれ、は……っ!?)
ケインは、突然体が動かなくなったことに困惑する。
それは、ほんの一瞬のことではあった。しかし、生死を左右するこの状況において、この硬直はあまりにも致命的だった。
例え、今から回避したとしても、限りなくブレスの中心に近い場所で、ブレスを受けることになる。
それは、限りなく〝死〟に近い行為だ。
だからこそ、ケインは考える。どうすればいいのか、何をすれば、生存できる可能性があるのかを。
そして、ブレスが目前に迫る中、硬直が解けた瞬間、ケインは覚悟を決めた。
(……やるしかない!)
ケインは、手にしていた二刀に、一気に魔力を流し込む。ケインの魔力を受け、それぞれの刀身が強い輝きを放つ。
(双炎斬!)
天華と創烈、二刀の刀身が炎を纏う。
その炎は、普段のそれよりも強く、激しく燃え上がる。
「うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁっっ!!!」
迫り来るブレスに向け、ケインは二刀を振るう。
――だが、ケイン渾身の双炎斬も、龍王が放つブレスの前では灯火当然。
当然の如く、ケインはブレスの炎に飲み込まれた。
「ぐっ!?うっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
ケインの体が、高熱の炎を受ける。一瞬のうちに火傷を負うも、痛みすら感じる暇もない。
――だからこそ、ケインは残った魔力の全てを使い、最後の切り札を切った。
「〝反撃〟ッ!!」
受けた攻撃をいなし、相手に返す。それが、反撃の能力。
故にケインは、この一手に全てを賭けた。
受けたのは、最強の存在からの一撃。
込めたのは、今ケインが持てる全ての魔力。
反撃で返す力は双炎斬に流れ、それまでブレスに飲まれていた炎が、息を吹き替えす。
己の主を生かすために、それらはその身をかける。焼けつくような炎に耐え、流れ込む強大な力に耐え、その身に纏った炎を燃え上がらせる。
そして、閃光と共に、大爆発が巻き起こった。
*
「「「きゃあぁぁっ!?」」」
『『『ぐぅぅっ!?』』』
とてつもない熱量を含んだ爆風が、メリア達を襲う。
爆発は主に上空へ向かっているため、メリア達には実害はほとんど無かったものの、余波で吹き飛ばされてしまう。
邪龍は爆発のほぼ真上にいたため、爆発の衝撃をもろに受け、二体の龍王と共に吹っ飛んでいた。
「……っ、そんな……」
爆発が止み、耳や視界が正常に戻りつつある状況で、ナヴィはその惨状の一端を垣間見る。
爆発が起きた範囲、そこに含まれていた草木は一つ残らず焦土と化し、かなりの火の粉が飛び散ったのか、火事になるほどでは無いにしろ、周囲はところどころ燃えている。
そして、爆発の側に居た蒼龍は、跡形もなく消え去っていた。
――こんな状況で、生きているとは思えない。
誰しもがそう思い、メリア達は次々と顔を青ざめさせる。
しかし、爆発によって上がっていた煙が晴れ始めた時、その中心に、小さな人影が現れた。
「っ!ケイン!?」
レイラのその言葉に反応し、絶望しかけていたメリア達が揃って同じ一点を見つめる。
まだ煙も強く、はっきりとした姿は見えない。
それでも、確かにそこに人影があった。
メリア達は安堵した。
そして、今度こそ絶望した。
「――ぇっ……?」
煙が晴れ、ケインの姿が見える。
服や防具は、そのほとんどが焼け落ち、僅かに残っているのみ。
露出した肌、その上半身を中心に、痛々しい火傷の痕が全身に広がっている。
ケインの両手はだらんと下がっており、その足元の地面にに、二刀が突き刺さっていた。
そして、何よりも――右の腹部、そのほんの一部が――消滅していた。
「あ、やっ、いぁ……っ!」
叫びにならない声が漏れる。
息をすることすら忘れ、ただ唖然となる。
「嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
メリアの叫びに呼応するかのように。
ケインの体は、まるで糸が切れた人形のように、その場に倒れ込んだ。
300 絶望




