298 天上の挑戦 その2
『ぐぁっ!くっ、このっ!』
「うぐっ……!ご主人様よ、そろそろ持たぬぞ!」
「分かった!」
身体中に傷を負わせたのが災いしてか、より暴れだす蒼龍。ライアーの力で優位に立てているとはいえ、流石のベイシアでも限界が近づいてきていた。
ケイン達はそれを受け、さらに数回、蒼龍の身体に傷を付けると、蒼龍から一斉に距離を取った。
『かはっ……ようやく諦めましたか……!』
「諦めた?いいや、違うね……ウィル!」
「えぇ!」
『……は?』
蒼龍が頭を上げ、ウィルの居る方向を見る。
―そこには、巨大な水の塊があった。
巨大、といっても、何10メートルという大きさではなく、せいぜい3メートル程度の大きさだ。
だが、蒼龍が言葉を洩らしたのは、それが原因ではない。
ケインがウィルの名を叫んだ時、蒼龍がウィルを視界に捉えた時、ウィルは、その水の塊を収縮させていた。
何故、と蒼龍は一瞬だけ疑問に思った。が、すぐに余裕の態度を見せた。
『なにかと思えば、ただの水ではないですか。まさか、そんな水程度でわたしを倒せるなどと思ってるわけではないでしょうね、ぇっ!?』
「邪魔はさせない!」
「ふむ、効いとるようだな」
蒼龍がウィル目掛けて攻撃を仕掛けようとしたその時、ケイン達が負わせた傷口に、一本の矢が突き刺さる。
その瞬間、僅かな時間ではあるが、蒼龍の身体が一切の言うことを聞かなくなった。
その矢の正体は、パンドラの呪いによって強化された、ナーゼの麻痺矢。
元々、格こそ違えど同じ精霊族である二人の相性は凄まじく良く、蒼龍相手に、本来ならほぼ無効と言っても差し支えないであろう麻痺の効果も、今回に至っては致命的なものへと昇華していた。
そして、痺れが抜ける前に、ウィルの準備が整った。
「行きますわ!〝水泡〟!」
ウィルが、圧縮された水球を蒼龍に向けて投げ飛ばす。しかし、水球が届くより先に、蒼龍が痺れから解放された。
(くっ、もう一度ブレス……いや間に合わない!ならばっ!)
蒼龍はブレスを吐くのを止め、大口を開く。そして、近づいてきた水球を噛み砕くように、口を閉じた。
その瞬間、蒼龍の口の中で、水球が爆発した。
『ボグォヴァッ!?』
爆発した水球から、洪水のように大量の水が溢れ出る。それは、閉じたばかりの口を一瞬で膨れ上がらせ、閉じていられなくした。
しかし、水の勢いはまだ収まらない。
溢れ出た水のうち、内部へと向かった水は喉から鼻腔へと侵入し、浸水させていく。そして、収まり切らなくなった水が、鼻から吹き出ていった。
ウィルの新技〝水泡〟。
水刃はまだしも、攻撃性の低い水系統のスキルでは、ケイン達と共に戦っていくにはあまりにも力不足だと感じたウィルが生み出した、新しいスキル。
大量の水を水質操作で圧縮し、水の爆弾を生成。それが他の物質とぶつかることで水球が暴発し、圧縮されていた水が一斉に溢れ出る、という仕組みになっている。
水は、その質量と勢いによって、時に災害を引き起こす。洪水がその例だ。
そして、水泡が持つ破壊力は、それを優に越えていた。それこそ、町にあるような家程度なら、簡単に消し飛ばせるほどに。
とはいえ、水泡にも弱点は存在する。
まず、貯める動作が非常に長いこと。大量の水を圧縮する関係上、その大量の水を生み出すのに時間を有する。これが最初にして最大の問題である。
そしてもう一つ、弾速があまり早くないことが上げられる。これに関しては、質量の問題であるため、解決させるのは簡単ではない。
しかし、それらの弱点を加味したとしても、余りある破壊力を持っている。ウィルにとって、切り札とも呼べるスキルになっていた。
『けほっ、かはっ……小癪な真似を……!』
しかし、本来なら蒼龍にぶつけるだけのつもりで放った水泡だったが、思いがけず大きなダメージを負わせることに成功した。
だからこそ、ウィルは次なる名を呼んだ。
「リザイア!」
「ふっ、任されよ!」
『っ、なんだそれは!?』
リザイアが持つヴァルドレイクが、キュイイィという音を鳴らしながら放電する。
そのエネルギーは、これまでの比にならないほどに強大で、蒼龍も思わず声をあげた。
「完全充填」
そして、溜めきったヴァルドレイクの銃口を、蒼龍に向ける。
そして、そのトリガーを引いた。
「天罰と成れ!極限雷鳴轟覇弾!」
銃口から放たれたソレは、周囲の音を全て奪い去る。リザイアも、撃った反動で大きく後ろに吹き飛ばされる。
そして、誰の目にも止まらぬ速さとなった雷弾は、蒼龍の身体を焼き、えぐるようにして貫いた。
だが、それだけでは終わらない。
『なっ、ガッ、アバがガバッ!?』
雷弾を撃ち込まれた蒼龍の身体が、電撃によって包まれる。
その高圧の電撃は、蒼龍の身体を内部から焼いていく。流石の蒼龍も、内部から攻撃されては太刀打ちできず、踠き苦しんでいた。
蒼龍はそんな状態でも、電気を外に逃がそうと、尻尾を地面に突き立てる。
しかし、先の水泡によって、体内に大量の水を入れてしまったがために、蒼龍の身体から電気がなかなか抜けない。
それどころか、ケイン達がつけた傷口から血液に侵入し、余計に広がっていく。
そして、ようやく放電が収まりかけた時には、蒼龍の体内はボロボロになっていた。
『がっ……おの、れぇ……っ!』
「っあー……どうだ龍王!これが我が天罰の雷、極限雷鳴轟覇弾なり!」
『かはっ、ぁっ……!?』
これまで、流暢に言葉を返していた蒼龍だったが、痛みで言葉を上手く出すことができない。
……まぁ、龍の姿で、実際に声を出しているわけでは無いのだが。
「……しかし、我が攻撃を受けて尚生きているとはな」
「ですが、そう長くは持たないでしょう」
高圧の電撃を放った反動で、熱を持ったヴァルドレイクを軽く冷ましながら、ビシャヌが冷静に分析する。
事実、蒼龍は生きていること自体が奇跡と言ってもいい状態だった。
「なら、動かれる前にトドメを――」
そう言いながら、ケインが一歩踏み出した、その時――
『『『ガァァァァァァァッッッ!!!』』』
天を貫くような咆哮が、空から放たれた。




