297 天上の挑戦 その1
「おっしゃあ!いくぜぇぇぇっ!」
最初に駆け出したのはガラル。愛用の金棒を手に、蒼龍の懐目掛けて飛び込んでいく。
だが、地に落ちれど、敵は龍王。そう簡単にはいかない。
『ふんっ!』
「うぉっと!?」
蒼龍はおもむろに上げた前足を、ガラル目掛けて振り下ろす。力自慢のガラルとあれど、流石にマズいと判断したのか、急停止しそのまま回避する。
「ふぃー、あぶねぇあぶねぇ」
『所詮人間、この程度――グァッ!?』
「いまです!」
『チッ……!?舐めるなっ!』
ガラルの回避を見て、余裕そうに語ろうとした蒼龍だったが、直後にイブの爆炎が直撃。そして、蒼龍が怯んだ隙に、ケインとユア、アリスが追撃を仕掛ける。
だが、蒼龍もただではやられない。
ボロボロになった翼を、体を覆うように閉じ、三人の攻撃を受け止める。
そして、そのまま勢いよく翼を広げ、三人を飛ばしつつ、強風で他の追撃を阻んだ。
「っ、と……流石は龍王なだけはある」
『数だけは立派な貴方たちに言われる筋合いはありませんがねっ!』
「させっかよっ!」
蒼龍が尻尾を使ったなぎ払いを繰り出すが、そこに鬼人としての姿を解放したガラルが割り込む。そして、迫り来る尻尾を鷲掴みにした。
「ぐぅぅぅぅぅっ!?」
『……何っ!?』
「はっ!どうよ龍王サン?」
『貴様……ッ!』
足を地面にめり込ませ、踏ん張りを見せるガラル。その踏ん張りが功を奏し、蒼龍の攻撃を止めることに成功した。
しかし、あくまでも尻尾によるなぎ払いを止めただけに過ぎない。蒼龍は体勢を変えると、そのままガラルを前足で踏み潰そうとする。
だが、蒼龍の目線の裏に、一つの影が現れる。
「隙ありじゃ!」
『なっ……!?』
蒼龍の背後から、重なりあった糸がまるで投網のように広がり、蒼龍を捕える。
振り下ろそうとした前足は糸に絡まり、体も一方行に引っ張られる。
その先に居るのは、アラクネとしての姿を解放したベイシアである。
『ぐっ……ですが、この程度で止まると思わないで欲しいですねっ!』
「っ……!そのくらい、承知の上じゃ!」
「だから、『ベーちんが勝つ』!」
『何っ!?』
ベイシアの糸を引きちぎろうと、蒼龍が動く。
アラクネも力がある方のモンスターではあるが、ドラゴンと比べればその比は歴然。そのため、ベイシアが一方的に引っ張られる形になる――はずだった。
しかし、いくら蒼龍が動いても、中々引きちぎれない。それどころか、動くことすらままならない。
蒼龍にとって、アラクネに力比べで負けるなど、前代未聞の出来事であった。
ただ、これはベイシアの力が蒼龍を上回ったが故の出来事ではない。むしろ、ベイシアには蒼龍を引き留めるだけの力はない。
では何故引き留められているのか。
その答えは、ライアーの〝言葉遊び〟である。
言葉遊びの能力の一つ〝逆説〟。
結論を逆転させる能力であり、今回の場合、ベイシアと蒼龍との力関係を逆転させたのだ。
しかし、言葉遊びとて万能ではない。特に今回のような、大規模に対して機能させようとすれば、莫大な魔力を消費するのは目に見えていた。
だがそれでも、今動きを押さえておくことに、意味があった。
「ケーちん、皆!イマっしょ!」
「任せろ!」
「付与、〝鋭利〟」
『ぐぁっ!?』
動きが止まったのを見て、ケイン達が再び蒼龍に攻撃を仕掛ける。そして、糸の合間から見える胴体目掛けて、各々の武器を突き刺した。
ユアの概念付与によって鋭さを増した武器は、スムーズに入り、そして抜ける。
ケイン達は、それを何度も繰り返し、蒼龍の体に刺し傷を作っていった。
*
一方空では、二人と三体が互いに削りあいをしていた。
『くっ、このっ、ちょこまかと!』
「ふふふっ、どうされましたか?先程より動きが鈍っていますよ?ふふふっ」
『聖龍!この裏切りもんがぁ!』
「その言葉、そっくりそのままお返しします!」
天龍が噛みつきを仕掛けるも、イビルはぬるりと躱す。緋龍がブレスを吐くも、イルミスがそれを相殺する。
まさに一進一退、と見えるだろうが、その実、イルミス達の方が優勢だった。
というのも、イルミス達は徹底して防御に専念していた。それは、自分たちに三体の注意を引かせるため。
ケイン達が蒼龍を倒すまでの時間稼ぎをするためである。
実際、緋龍と天龍は地上の光景に目もくれることなく、イルミスとイビルを狙っていた。
だが一体だけ、邪龍だけは、二人の行動に少しずつ違和感を覚えていた。
(こいつら、全っ然攻撃を仕掛けてこねぇ。仕掛けたとしても、虫が止まった程度のヌルい攻撃。何を狙ってやがる?)
邪龍は他の二体と同様、頭に血が上りやすい性格ではある。しかし、怒りとは、ある一定値を越えると、途端に冷静になる。
その証拠に、邪龍は先程から大した攻撃を仕掛けておらず、僅かに考え込むような姿勢を見せていた。
勿論、そのことにイビルが気付かないはずがない。
邪龍に考える時間を与えまいと、可能な限り、邪龍に集中して気を散らせる攻撃していた。
それを受け、天龍は、イビルが自分に関心がないと誤解をしているのだった。
『無視をしないでいただきたいですね!』
「おや、そう思うのなら黙って攻撃したらどうですか?先に言ってしまっては、何も得られず躱されるだけですよ?」
『くっ……!』
『人の姿を取るなんぞ、弱者に成り下がったも同然!聖龍!貴様に龍王としての威厳は無いのか!』
「威厳なんて必要ありません!」
緋龍にとって、人間とは弱者である。
己と違い、群れねば何もできない人間が、なぜ世界に蔓延っているのか、理解ができなかった。
故に、人の姿へと成っているイルミスに、多大な怒りを覚えているのだった。
(聖龍、貴様は何故敵対する?何故我らを理解しない?何故だ?)
邪龍は考える。
何故二人は、大きな攻撃を仕掛けてこないのか。
何故、聖龍が自分たちに賛同しなかったのか。
暫しの長考の後、邪龍は、忘れかけていた存在に目をつけた。
(……そうか、あの人間か。あの人間が、聖龍を誑かしたのだ。そうに違いない!)
それは、回答としては的外れもいいとこではある。しかし、邪龍はケインの存在に気がついてしまった。
(あの人間さえ消せば、聖龍は考え直すだろう。なに、相手は人間。あの天使さえどうにかしてしまえば、簡単に消せる。さて、どうするか……)
傲慢で、邪悪な思考が邪龍の頭を巡る。
その矛先が向けられていることを、ケインはまだ知らない。




