296 天使と龍王
「この場で全員、殺してしまうとしましょう!」
そう言いながら、イビルは大量の光線を放つ。
今度は先の不意打ちとは違い、単純な数の暴力。しかも、わざと散らすことで、回避しづらくするという徹底ぶり。
そんな攻撃に対し、龍王達はブレスで応戦する。光線とブレスはぶつかり合い、大爆発を引き起こした。
「……チッ」
『はっ!卑怯な手ぇ使わなきゃ、所詮はこの程――チィッ!?』
「あら?龍王と名乗っていたので大層お偉いお方なのかと思いましたのに、たかが虫けらの拳一つを全力で回避するなんて、王を名乗っているのが恥ずかしいと思いませんかねぇ?うふふ」
『テメッ!?』
イビルの攻撃を防ぎ、挑発しようとする緋龍だったが、言い終わるよりも先に、イビルは躊躇なく殴りかかる。
そして、その拳を緋龍が回避するや否や、イビルはこれ見よがしにと煽り散らかした。
緋龍は、イビルの挑発にあっさりと乗っかり、我を忘れ、今にも突撃しようとしている。しかし、残りの二体は全く乗って来な……
「やっぱり蜥蜴は臆病なんですよねぇ。図体と態度だけ大きくなった所で所詮は蜥蜴ですし、さっさと尻尾切って逃げたらどうなんですか?ねぇ、蜥蜴さん?」
『『貴様ァ!』』
……前言撤回、簡単に乗っかった。
まぁ、あれだけ蜥蜴呼びを連呼されたらそうなるだろう。
そんなイビルの挑発を受け、再びイビルと龍王達の撃ち合いが始まる。まだ激しさこそ無いが、小規模の爆発がイビルと三体の間で巻き起こる。
流石に、あそこに割り込む勇気は無いな……
「……ケインさん」
「イルミス?」
ふと声をかけられ、振り返る。そこには、イルミスがいた。その目を見て、イルミスが何を言おうとしているのか、察しがついた。
「……行ってこい。こっちはなんとかする」
「良いのですか?」
「一つ言っておくが、今この状況はお前のせいじゃない。例え原因がそうであったとしても、俺達は仲間として、絶対に見捨てはしない」
「……ありがとうございます」
イルミスは翼を広げ、イビル達の元へと向かう。その姿を見ながら、俺は目の前の敵に視線を向けた。
「さて……待たせたな」
『人間、まさかとは思いますが、貴方がただけでわたしに挑もうと?これまた、舐められたものですねぇ!』
蒼龍の口から、青いブレスが放たれるが、それを軽々しく回避する。
イビルの一撃で翼にダメージを負ったものの、それは空中というアドバンテージを失っただけ。
ドラゴンはSランクモンスター。その力は、鬼人やアラクネの比ではない。
――だがそれでも、避けられない、負けられない戦いと言うものはある。
「行くぞお前ら!敵は蒼龍!力の全てを持って、必ず討つぞ!」
『おおっ!』
俺の号令の元、全員が一斉に蒼龍へと向かう。
強大な力を持つものへの挑戦が、今始まった。
*
「あははっ!いいわいいわ!凄くいい!」
『ッ、なんなんだコイツ!?』
「あっはははっ♪」
空中では、イビルと三体の龍王が相対する。
しかし、それを戦いと呼べるかと言われると、そうではない。
その原因は、イビルにある。
イビルは殆ど攻撃を仕掛けず、龍王たちの行動に合わせ、ひたすら回避し続けていた。
龍王がブレスを吐けば、それを光線で撃ち落とす。掴みかかろうとすれば、体格差を利用しのらりくらりと躱す。
そして、龍王の意識がイビルのみに向いた瞬間、その意識の外から、見るからに威力の無い光線を撃ち込む。
勿論、その程度の威力では大したダメージにはならない。が、イビルにとってはそんなことはどうでもよかった。
「さぁさぁ、もっと踊りましょう!その仮面が剥がれ落ちるまで、永遠に!」
イビルが笑顔で叫ぶ。
きっと、こんな場面でなければ、何人かはイビルの笑顔に見惚れていたかもしれない。だが、今この状況に限って言えば、不気味そのものでしかない。
それは龍王たちも同じなようで、イビルの異質さに困惑を見せていた。
『くっ、この――ッ!?』
天龍はブレスを吐こうとするも、下から迫り来るものに気がつき、とっさに回避する。
そして、先ほどまで天龍がいた場所に向けて、圧縮された炎が一線、天龍の翼を掠めながら天へと昇っていった。
その様子を見ながら、イビルは自分の側に来た、炎を放った犯人―イルミスに声をかけた。
「あら、もしかしてですけれど、わたしの獲物を横取りするつもりでしたか?」
「いいえ、うっかり手が滑ってしまっただけです」
「嗚呼、成る程。手が滑ったのなら仕方ありませんね」
イビルの問に、ただ手が滑っただけと答えるイルミス。その答えをうけ、イビルは何かをすることなく、再び龍王たちへと目線を戻した。
『聖龍!貴様、そこにいるのが何なのか分かってるのか!?天使だぞ!?』
「えぇ、分かっていますよ。それがどうかしましたか?」
『なっ……!?貴様も知っているだろう!?そこにいるのは滅ぶべき害虫だ!その隣に立つということは、我々を裏切るということだぞ!?』
「裏切るもなにも、わたしは貴方たちの味方になったつもりも事実もありません。それより、人間を虐殺して支配するつもりでいる貴方たちの方が、滅ぶべき害虫では無いですか?」
『……もういい。どうやら俺の見込み違いだったようだ。貴様こそ、最も龍王に相応しくない!今ここで死ぬがい――いっ!?』
「あら失敬。手が滑ってしまいました」
『ッ、貴様らぁ!』
イルミスから己こそが害虫であると言われ、邪龍が最後まで言うより早く、イビルが光線を放つ。イビルは手が滑ったと言うが、明らかに脳天を狙っていた。
それを理解しているからか、邪龍はイルミスの言葉に、イビルの態度に激怒した。
「ではイルミスさん。どうか、わたしの邪魔だけはしないでくださいね?もし邪魔をしたら……殺してしまうかもしれませんよ?」
「そちらこそ、間違えてわたしを攻撃しないでくださいね?反撃してしまいそうになりますから」
イルミスとイビルは、互いに関わらないようにと言い合い、別れる。
だが、その言葉とは裏腹に、内心では互いに相手を理解しあっていた。
(イビル……やはり彼女は恐ろしいですね。ケインさんたちが蒼龍を倒す時間を稼ぐために、わざと弱い攻撃で注意を引くなんて……普通、思い付きません。それに……彼女は本気を出していない。本気を出していないのに、彼らを手玉に取るなんて……味方であることが、唯一の救いですね。敵であったらと思うと……ゾッとします)
(どうやら、彼女はわたしの考えを理解しているようですね。嗚呼、流石は我が君に選ばれし者です。そして、そんな彼女を選んだ我が君は、やはり素晴らしいお方!嗚呼、胸が高まって来ました!嗚呼、今すぐにでも彼らを殺して我が君の元へと……いえ、いけません。今は彼らで遊んでいなければいけません。それが、我が君の為なのですから!)
かくして、聖龍と天使、龍王三体の戦いの幕が、改めて上がる。
この戦いの果てに待つもの、それを知ることなく。




