288 歪、異質、狂乱
体調を崩したり、リメイクを楽しんだり、また体調を崩したりしてました。
イビル。そう名乗った少女は、美しく、そして不気味な笑顔を向けている。
四肢を縛られ、自由を奪われ、それでもなお笑顔を見せるイビルに、俺は底知れぬ恐怖を覚えた。
「邪悪、ね……俺は、お前がどんな奴かは知らないが、俺はお前が恐ろしいと感じたよ」
「あら、いい褒め言葉をどうもありがとうございます」
「……それと、俺の名前はケインだ」
「あら、それは失礼」
恐怖を感じたことを伝えたというのに、嫌な顔をするどころか、むしろ喜ぶイビル。
昔、歪や忌み子などと呼ばれていたらしいが、その片鱗が、すでに現れているように見えた。
「……それで、ここはどこだ。そして、お前はどうして縛られている?」
「ここは、わたしの精神世界。わたしを縛るためだけにある空間。この鎖でわたしの魔力を吸い上げ、この空間……そして、わたし自身を封じる為の糧としているのです」
「……」
「おや、この答えでは満足しませんでしたか?」
「この空間については分かった。……だが、お前がなぜ拘束されているかの理由が、お前が何をしたのかが分かっていない」
「あぁなるほど。つまり貴方は、わたしが過去に何をして、どうして封印されているのかが知りたいと、そういうことですね。ではお答えしましょう。何もしていませんよ?」
「――っ!?」
イビルの言葉に、一瞬顔が歪む。
何もしていない。それが本当だとすれば、イビルは無実の罪でこのような状況になっているとも推測できる。
が、両手で数えるかどうかくらいしか会話していない俺ですら、それはあり得ないと感じてしまう。
ますます、イビルの事が理解出来なくなってきていた。
「おや、納得していないようですね?まぁ、無理もないでしょう。ですが、これが現実というものなのです」
「……だとしても、ここまで厳重にするか?」
「貴方もそう思ってくれますか。そうですよね、たかが一人殺したくらいでこんな仕打ちをするなんて、おかしいですよね?」
「……はい?」
……今こいつ、なんて言った?
一人、殺した?
つまりイビルは、殺人を犯したと?
……いや、まだ正当防衛で偶然殺ってしまった可能性も無くは――
「嗚呼、今思い出しても吐き気がします。わたしに向かって正義だの助け合いだの、くだらない事を口にしていたので、殺して黙らせただけだと言うのに……あぁでも、死に際のあの顔と、絶望の混じった声は美しかったですねぇ……うふふっ」
――いや、違う。イビルは、間違いなく自分の意思で人を殺った。
それに、邪悪の名の通り、こいつは狂ってる。普通の感性を持つ奴は、人殺しを何でもないと言ったり、人の死に際を美しいなどと言って、恍惚とした表情をしたりしない。
悪意と善意が裏返った存在、それがイビルだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「嗚呼、あのような顔を見れるのであれば、もっと早くに殺しておけば良かったですね……あのような偽善だらけの者たちと同族であること自体も嫌でしたし……」
「同族……ってことは、お前は……」
「えぇ。お察しの通り、わたしは天族ですよ。まぁ、こんな状態ですし、証拠も何も見せられませんがね」
なんとなく察してはいたが、やはりイビルは天使らしい。
しかし、俺の知る天使は、かつて世界を支配しようとした天使と、イルミスが語ったかつての天使の二つだけ。
イビルは、どちらかと言えば前者であり、そうであれば全滅時に巻き込まれていそうなものである。
しかし、イビルの話を聞く限り、イビルが封印されたのは、天使達が後者の性格をしていた時のように聞こえる。
つまり、イビルを封印したことで、何かがあったのだろう。もしかしたら、その何かをイビルは知っているのかもしれない。
「嗚呼、そうです。わたしも幾つか貴方に聞いても良いですか?」
「あぁ、構わない」
「ありがとうございます。ではまず一つ、貴方は、どうしてこの空間に居るのですか?」
「……それは、俺の方が知りたい」
「おや?貴方も知らないのですか?」
「あぁ。仲間と共に、天族の里に来た所までは覚えているんだが、その後を覚えていない」
「仲間……」
イビルの顔が僅かに歪んだように見えた。
……多分、仲間という言葉もあまり好いていないのだろう。
「まぁ、分からないということが分かりましたし、詮索するのは止めておきましょう」
「すまないな」
「いえいえ、なにせ人と話したのもあの時以来ですし……それも加味して、二つ目に行きましょう。わたしの本体が居る場所には、誰も近づけさせないように、見張りやその他諸々が居ると思うのですが、どうやったのですか?」
……来た。
この質問の答えに対するイビルの反応で、天族の反乱、その真実を掴めるかもしれない。
俺は僅かに生唾を飲み込むと、その答えを口にした。
「……天族は滅んだ。二百年前にな」
「……え?」
それまで恍惚としていたイビルだったが、滅んだという言葉を聞き、一瞬目を見開いた。
「そうですか……滅んだのですか……あぁ、なんということでしょう……」
イビルが俯きながら、どこか悲しそうな声を上げる。
傍目からすれば、同族の死を悲しんでいるようにも見える。だが、そうではない事を俺は知っている。
「嗚呼、残念です。非常に残念です。彼らの部様に死に逝く様を見ることが出来なかったなんて……きっと、とてつもなく美しかったのでしょうねぇ……」
……思っていた通り、イビルが悲しんでいたのは、同族の死などではなかった。
イビルにとって、他人の命など、どうでもよいものでしかないのだ。
「ケインさん……でしたっけ?あの塵どもは、どのように死んだのですか?」
「詳しく知っている訳ではないが、突然人が変わったように暴れ始め、それを人々が力を合わせて滅ぼした……らしい」
「人が、変わったように……」
そう呟いた瞬間、イビルはとてつもなく不気味な笑みを浮かべた。笑顔と呼ぶにはあまりにも不気味で、深淵を思わせるような笑みを。
「素晴らしい!わたしの置き土産はどうやら成功したようです。嗚呼……やはり見てみたかったですねぇ……あの偽善者たちの死に様を……うふふ……」
「置き、土産……?」
「えぇ、特別に教えてあげましょう。わたしが残した置き土産の正体を。うふふ……」




