287 無人の空間
「それにしても、ほんと不気味ですわね……」
「えぇ……」
無人の里を歩き始めてまだ数分しか経っていないにも関わらず、そんな言葉が漏れる。
それもそのはず、ほぼ全ての建物が半壊または植物に侵食されており、そこら中に、壊された家具や食器が朽ち残されていた。
ケイン達は、二百年という年月が経っているということを、改めて思い知らされることになったのだ。
「……酷いものだな」
「パンドラ様?どうかされましたか?」
「いやなに、儂が知るこの場所は、生気に満ち溢れた空間であった。だが今は、生気はほとんど無く、どこも腐敗しておる。二百年も閉ざされておったのだし、当然といえば当然ではあるが……一体、何があったのやら……」
パンドラは頭を悩ませながら、ふらふらふよふよと周囲を探る。アテナの気配を知らないケイン達は、その様子をただ見ていることしか出来なかった。
「イルミス、なにか覚えてないの?」
「いえ……わたしが天使の殲滅に参加したのは、暴動が起きてから少し経ってからなので、当時の事までは……でも、そうですね。うろ覚えではありますが、何人かは天使の皆さんを、元に戻そうとしていたような気がします」
「元に戻す……?それって、誰かに操られてたってことかしら?」
「まぁ、可能性としてはあるであろう。だが、所詮は可能性。当事者でなければ、原因は分からぬだろう」
天族の反乱、その考察をしながら、メリア達は捜索を続ける。そして、とある場所に着いた時、パンドラの表情が変化した。
「……むっ?」
「パンドラ?もしかして……!」
「うむ、見つけたぞ。あやつの残滓だ」
パンドラはそう言うと、その場所めがけて飛ぶ。メリア達も、その後を追った。
パンドラを追い、たどり着いた所には、小さな祠のようなものがあった。
「これは……?」
「恐らく、あやつのために天族が作ったものであろうな。偶然か、それとも必然か……この場所に、あやつの気配が残ったようだ」
パンドラは祠に手を置くと、探るような素振りを見せた後、なにかを掴み、その手に納めた。
「うむ、これであやつの気配は覚えた。さて、もうここに用は無いし、戻るとす――」
「パンドラ様?どうかしましたか?」
「……おい、お主ら。ケインはどこだ?」
『――っ!?』
その言葉を受け、メリア達は周囲を見渡し、顔を青ざめさせた。
パンドラの言うとおり、メリア達の近くに、ケインの姿はどこにもない。
普通であれば、ケインを見失うことなど無いハズのメリアやユアですら、パンドラに諭されるまで、ケインが居なくなっていたことに気がつかなかったのだ。
「メリア、なにか分からない!?」
「……駄目、気配感じない……」
「そんな……!?」
「でも……違う気配なら……」
「それってどこから!?」
「あっち」
メリアが指差した方角目掛け、ユアとアリスが即座に飛び出し、メリア達もその後を追う。
そして、指差した方角から、メリアの感じ取った気配の正体も、メリア達目掛けて駆けてきていた。
「くぅ!」
「コダマ!?」
「――っ!?」
突然現れたコダマに、思わず反応するアリス。
しかし、近頃コダマがよくケインの魔法鞄に入っていることを思い出すと、すぐに屈み、コダマと向き合った。
「コダマ、ケインはどこ!?」
「くぅ!くっくぅ!」
「あっちね!案内出来るかしら!?」
「くぅ!」
コダマは鳴くと、来た道を戻るようにして駆け始める。メリア達もその後を追う中、パンドラはコダマを見つめていた。
(あの狐、儂の記憶が正しければ……)
「パンドラさま?どうかしたの?」
「――はっ!い、いや、何でもない。あやつを追うぞ、魔族の娘よ」
「は、はい!」
(……そうだ、今はケインを見つける方が先。あやつの正体については、後で考えても遅くはない)
遅れたパンドラ達も合流し、メリア達はコダマの後を追う。
そして、たどり着いた先にあったのは、何の変哲もない、ただの岩肌であった。
「……って、どこにも居ないじゃない!」
「コダマ、本当にここに居るの?」
「くぅ!」
「えっ、そこには何も『――!?』」
コダマが突然岩肌目掛けて飛び込んだかと思えば、コダマは岩肌に飲み込まれ、姿を消した。
それを見たユアが、コダマが消えた場所に手を置くと、その手は岩に触れること無く、岩の中へと入り込んだ。
「……どうやら、岩肌に偽装された空間があるようです」
「……行こう」
「そうね」
「私が先行します。皆様、着いてきてください」
ユアの先行の元、メリア達も岩の中へと入っていく。そこには、どこに続いているのかも分からない、ただ下へと下るだけの一本道があった。
慎重に、かつ素早く降りていくメリア達。そして、大きく開けた場所に出た時、探していた人物を見つけた。
「くぅ……」
「ケイン!?」
先にたどり着いていたコダマの側に、ケインは居た。ケインは地面に横たわっており、メリア達が駆け寄っても動く気配が無かった。
「ケイン……!ケイン……!」
「駄目、反応が無いわ!」
「……脈はあるから、大丈夫だと思うけど……でも、どうして……」
「……お、おい」
「何よガラル!今はそれどころじゃ……な……」
メリア達の呼び掛けに、一切応じないケイン。
そんな心配をするメリア達を他所に、ガラルは思わず声を洩らし、それを指差す。
ガラルの呟きに反応したアリスが、ガラルの指差した方向を、少し苛立ちながら見る。
その瞬間、アリスは思わず苛立った言葉も表情も、全て失ってしまった。
*
「うぅっ……ここは……?」
どこか殺風景な白い空間で、頭の痛みと共に、ケインは目覚めた。
立ち上がり、辺りを見回すが、やはりなにかがあるわけでもなく、静寂だけが周りを包んでいた。
「そもそも、どうやってここに……」
ケインはなにか思い出せないかと、思考を巡らせる。
思い出せたのは、パンドラの手引きのもと、天族の里に来たこと。そして、いつの間にかメリア達と別れ、あの空間に来て、そして――
「っ!そうだ、あれは――」
「……ふふっ、ようこそ」
「――っ!?誰だ!」
ケイン以外誰も居ないはずの空間から、知らない女性の声が響く。
ケインはその声を聞いた瞬間、一気に警戒を強め、天華と創烈に手を置いた。
「あら、そんなに警戒しなくてもいいのに」
「……どこだ。どこから話しかけている!」
「ふふっ、貴方の目の前から、ですよ」
「なっ――」
ケインが瞬きをした、たった一瞬。
その一瞬のうちに、それはケインの目の前に現れた。
目の前に現れたのは、ほんの僅かに黒が混じった白の長い髪と、青紫色の眼をした少女。
その少女の手足は、身動き一つ取ることすら難しい程に、いくつもの拘束具によって封じ込められている。
それだけには留まらず、少女の体は一本の柱に張り付けられており、さらにその柱と少女を拘束するかのように、無数の鎖が巻き付き、張っていた。
「お前は、一体……!?」
「名前ですか?そんなもの、当の昔に捨てました。なので、名前はありませんよ。……あぁでも、いくつか呼ばれていた名前がありましたね……」
拘束されているはずの少女は、なんの苦しみすら無いような笑顔で、ケインを見つめる。
その少女の笑顔に、ケインは底知れない恐怖を感じ取った。
*
そして、同時刻。
メリア達は、目の前にあるそれから、目を離せなくなっていた。
特にイルミスは、あり得ないものを見るような目で、それを見つめていた。
「そんな……あり得ません……!」
この場所には、紫色の水晶が無数に存在しており、その中でも一際巨大な水晶が一つ、ケインが倒れていた目の前に存在していた。
「どう、して……!?」
そして、一人の少女とおぼしき存在が、その巨大な水晶の中にあった。
その少女が誰なのか、メリア達には分からない。
だが、一つだけ、確かなことがある。
それは、水晶の中の少女には、羽があるということだ。
「どうして……どうして天使が、こんな所に……!?」
*
「悪魔、忌み子、面汚し、異端者、歪……あぁ、いいことを思い付きました。これらを組み合わせて、名前にすればいいんですよ。そうですね……では、イビル、なんてのはどうでしょうか?……あぁ、自分で言うのもあれですけれど、素晴らしい名前になりました。そうは思いませんか?人間さん?」




