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283 思惑と懸念

「そういえば、どうやって元の場所に戻るんだ?入ってきた所まで戻ればいいのか?」

「ううん、あれは、ここに来るために、使うための扉。出口は、また別だよ」

「んじゃ、その出口ってドコなん?」

「出口は、ぼくが作るの……ほいっと」



 ノームが軽く手を動かすと、砂が一斉に積み上がり、門のような形になる。そして、真っ白い空間らしきものが、その門の中に現れた。



「ここ、通れば帰れるよ。出る場所は、少し違うけど」

「……大丈夫なの?これ」

「大丈夫、だよ」

「ならいいけど……」

「なに?アーちんシンパイなの?ウケ――」

「あ?」

「あっ、はい。ごめんなさい」

「何やってんだお前ら……」



 謎の漫才をしていた二人を横目に、俺は門へと近づき、真っ白な空間に手を伸ばす。すると、手はその空間に吸い込まれるように入っていく。

 そんな感触を覚えた後、試しに手を引いてみると、無事に戻ってきた。



「お前ら、先に行っちまうぞ?」

「あっ、待って!」

「ったく……じゃあ行くとしますか」



 俺達は、四人同時に真っ白な空間に足を踏み入れる。

 視界が、白一色に染まり、体に形容しがたい感触が襲ってくる。

 少しして、空間を抜けた俺の視界に映ったのは、浮いているのか、立っているのか分からない空間。そして、炎を纏った半裸の青年と、とても小さな少女だった。



「……あれ?」

「ん?おぉ、来たか!」

「あぁ、ノームのとこにいたんだー。ってことは、後はウィンディーネだけだね!」

「えっと、ここは……?」

「……ごめん。君と、少し話があったから……君だけを、ここに連れてきた」



 俺の横から、ノームが現れ、二人の元へと向かう。ノームの言葉通り、アリス達の姿は無い。

 戸惑う俺の元に、炎の青年が近づいてきた。



「へぇ……テメェがケインか。いい面構えしてんじゃねぇか!」

「えっと……」

「おっと、ワリィワリィ。オレサマはサラマンダーってんだ!よろしくな!」

「えっと、よろしく?」

「おう!」



 サラマンダーと名乗った青年の手を取る。なんというか、ガラルと物凄く仲良くなれそうな感じがするな……

 などと思っていると、今度は小さな少女の方が近づいてくる。



「はーい!わたしはーシルフちゃんでーっす!よっろしっくねー!」

「え、あ……よ、よろしく……?」



 シルフを名乗る少女は、元気に挨拶してくる。

 元気なのはいいが、少し元気すぎる気もするが、まぁ良いだろう。



「……そ、それで、どうして俺だけをここに連れてきたんだ?」

「それなんだけど、もう少しだけ、待ってて。まだ一人、来てないから」

「にしてもおっせぇなぁ……難易度ミスって怒られてんじゃねぇのか?」

「そう言うサラマンダーは、一番最初に終わってるよね?恥ずかしくないの?」

「別に?やりきって負けたからな!」

「あぁ、うん、そう……」

「……あら、ワタシが最後みたいね」



 サラマンダーの答えに、シルフが呆れたような声を洩らした時、この空間に新たな人物が現れる。

 レース状のワンピースに身を包んだ、青髪の女性だ。



「ふぅん……貴方がケインね。ワタシはウィンディーネ、よろしく」

「……あぁ、よろしく」



 前二人があれだっただけに、少しだけ身構えたのだが、ウィンディーネは至って普通に接してきた。

 ……いやまぁ、そっちの方がありがたいが。



「うん、皆、揃ったね。じゃあ、最初に……」

「ねぇノーム、後はわたしたちに任せてくれないかな?」

「……そうだね。ぼくが話したら、時間、かかっちゃうだろうし……お願い」

「うん!じゃあまずはわたしから!……ごめんなさい!」

「……はい?」



 ノームの言葉を遮ってまで役目を譲ってもらったかと思えば、いきなり謝罪から入ってくるシルフ。思わず、ぽかんとしてしまう。



「まぁ、どうしてって思うよね?その理由なんだけど、実は……さっき受けてもらった試練、全くもって無意味なんだよね」

「……は?」



 今こいつ、なんて言った?

 え?あんなに苦労した試練が無意味?

 じゃあ、俺達は一体なんのためにあの試練を受けたんだ?



「シルフ、全くは、言い過ぎ。……それでも、半分くらい、だけど……」

「あ、そうだった!ごめんね?」



 ノームが訂正を入れてくるが、それでも半分は無意味らしい。

 いや本当に、なぜあんな試練を?



「先に、無意味な方の理由を説明するね。ねぇ、君はどうやってこの神殿にたどり着いたの?」

「……森に入って、誰かに呼ばれた気がして……気がついたら着いていた」

「それ!それこそが、試練が無意味な理由だよ」

「えっと……どういうことだ?」

「君が聞いた声、それは、パンドラ様のものだからなんだよ」

「なっ!?」



 シルフから知らされたのは、霧の中で聞いた声の正体。その声の主は、パンドラだと言うのだ。



「正確には、パンドラ様の意思、ですけれどね」

「あぁー!それ今わたしが言おうとしたのにぃー!ぶぅー!」

「えっと……」

「あぁ、ごめんなさい。少し逸れたわね」

「逸らしたのウィンディーネでしょ!」

「はいはい、シルフもごめんなさいね」

「ぶぅー……」

「……シルフ、拗ねちゃった」



 小さな頬をぷっくりと膨らませるシルフ。

 その様子を見て、ウィンディーネが少し頭をかかえながら首を僅かに振った。



「しょうがないわね……責任を取って、ワタシが引き継ぐわ」

「……仲良いんだな」

「そうかしら?」

「少なくとも、俺にはそう見える」

「そう……じゃあ、続けるわよ」



 ウィンディーネの頬が少しだけ緩む。

 よくよく見ると、さっきまで拗ねていたシルフも頬を赤くしていた。



「貴方が声を聞いたのは、霧の中に入ってから、そうよね?」

「あぁ」

「あの霧は、まぁ簡単に言うと、パンドラ様の一部のようなものなのよ。封印される際に、封印しきれなかった余剰……とでも言いましょうか」

「……あれが余剰ってことは、大部分が封印できなかったということか?」

「いいえ?封印されなかったのは一厘にも満たないわよ?」

「……あれで一厘もないのか……」



 確か、霧に入る前にソルシネアに確認させた時、かなりの範囲に広がっていたらしい。

 それで一厘以下ということは、やはりパンドラはとてつもない存在であると言える。



「まぁ、パンドラ様が封印されることを飲んでくださったというのに、封印しきれなかった人間も人間ですけれど」

「ん?封印されることを飲んだ?」

「それは、ワタシの口から言うわけにはいかないから、パンドラ様に直接聞きなさい。ただ、一つだけ言うなら、パンドラ様を封印するなんて、人間ごときに出来はしないわ」



 ウィンディーネの話を聞く限り、どうやらパンドラは自ら望んで封印されたらしい。

 その理由を簿かしてくる辺り、話しづらい内容なのだろう。



「話を戻すけれど、あの霧はパンドラの一部。パンドラ様の意思が、ほんの少しだけ存在しているの。それは、言葉を交わしたり、なにかを見ることは出来ない。けれど、霧に触れた者の心に触れ、心に語りかけることはできるの」

「心に、触れる……」

「えぇ。パンドラ様は貴方の心に触れ、強く引かれた。だからこそ、この神殿まで貴方を導いたのよ」

「そうだったのか……」

「そして、パンドラ様が貴方を導いたということは、貴方はパンドラ様に選ばれたということ。それなのに、ワタシたちの勝手な行動で追い出した、なんてことになったら、パンドラ様にどう思われるか……貴方なら分かるんじゃないかしら?」

「……まぁ、理解できるな」



 要するに、上の命令を無視して勝手に話を進め、そのうえで失敗するようなものだ。

 そりゃあ、無意味と言うのも納得ではある。



「だが、無意味と分かっていても試練を行った理由があるんだろ?」

「えぇ。さっき、パンドラ様は霧に触れた者の心に触れることができる、と言ったでしょう?実は、触れた者の心を、パンドラ様を通じてワタシたちも知ることができるの。……それで、一つだけ、どうしても無視できないものがあった。だから、試練を行ったの。そして、その心の持ち主は、貴方なのよ」

「俺……?」



 俺は、思い当たる節が無いか考えてみる。

 ……まぁ、残念なことに、そこそこ思い当たるのが悲しいところなのだが。



「……まぁ、これについてはワタシより適任者がいるし、交代するわね」

「あぁーっ、やーっとオレサマの出番か。もうちょっと短くなんねぇのか?」

「これでも、結構簡単にしたつもりなのだけど?」

「んまぁいいや。んでケイン、テメェ、力を求めてたりしねぇか?」

「力を?」

「そうだ。強くなりたいだとか、そういった感じのことだよ」



 サラマンダーの言葉を受け、再び考えてみる。

 確かに、強くなりたいと願ったことは何度もあるし、今だってそう思っている。だが、どうしてそれが、試練を行う理由になるのか検討がつかない。



「……力を求めることは、悪いことなのか?」

「別に、力を求めることは悪いことじゃねぇ。ただし、求めすぎは良くねぇってだけだ。テメェには、力を求めすぎている節があんだよ」

「……」

「なぁケイン。力ってのは、なんだと思う?」

「なんだ、と言われてもな……」

「ざっくりでいい、テメェの思う力ってのはどういうものだ?」

「……単純な強さ、努力の証、その人が持つ象徴。それが力だと、俺は思う」



 少し考え、頭の中に浮かんだ言葉を、とりあえず並べてみる。

 その答えに納得したのかはわからないが、サラマンダーは頷いていた。



「なるほど、確かにその通りだ。テメェの言うことも正しい。だが、オレサマはこう思っている。他人との()だ」

「他人との、差?」

「そうだ。さっきテメェが言った通り、力ってのは、個人が持つ強さの象徴みてぇなもんだ。力がある奴ほど強いとされるし、その逆もまた然り。力には優劣があり、力のねぇ奴は力のある奴に敵わねぇ。当たり前のことだと思うかも知れねぇが、それは違う」

「……」

「力が無ければ、なにかを変えることは出来ねぇ。だが、真に力がある奴は、その力をどう振るおうが止まらねぇ。暴力、権力、強奪、殺人、支配。悪とされる行為ですら、力がある奴は許される。例え抗ったところで、無意味に、無様に散るだけだ。やがて、力のねぇ奴は抗うことすら諦め、ただ従うだけの人形に成り下がる」

「……」

「結局のところ、力ってのは使いようだ。力のある奴がどう振る舞うかで、その力の良し悪しが変わる。力のねぇ奴が力を手にした瞬間、変貌しちまうことだってある。そしてケイン、テメェには、その片鱗が見える」

「っ、俺は、そんなことをするつもりはない!」

「ならケイン、テメェはなぜ力を求める。どうして強くなりたいと願う」

「俺はあいつらを、大切な仲間を守りたい!……でも、イルミスやガラルみたいに、俺の助けが無くても強い奴だっている。それでも、あいつらは俺を信じてくれる。共に居たいと言ってくれる。だから、俺はあいつらを守れるだけの強さが欲しい!俺が力を求めるのは、そう言う理由だ!」



 仲間とはいえ、劣等感が無いわけじゃない。嫉妬心が無いわけじゃない。だが、そんな俺を信じてくれるのも、大切な仲間達なのだ。

 だからこそ、俺は力が欲しい。前じゃなくてもいい。せめて、横に並び立てるだけの強さが。

 俺の答えに、どんな印象を受けたのかはわからない。だが、サラマンダーはニカッとした笑みを浮かべた。



「それでいい。だからこそ、今から言うことを忘れんな」

「サラマンダー……」

「ケイン、テメェは必ず力を手に入れる。だが、その力に飲まれんな。力に飲まれれば、テメェはその時点で人で無くなる。人の心を失った奴は、ただの怪物だ。そこらにいるモンスターと何ら変わらねぇ。だから、絶対に力に飲まれんじゃねぇぞ?」

「……分かった」

「まっ、テメェの場合、飲まれそうになったら止めてくれる奴らがいんだろ?いいか?この先何があろうと、ソイツらの信頼を裏切んじゃね。分かったな?」

「あぁ」



 俺は強く頷く。その返答に納得したのか、サラマンダーは再び笑った。



「うし!言いたいことは言った!んじゃま、オレサマらはそろそろ眠らせて貰うぜ」

「眠、る……?」

「まぁ、簡単に言うと、消滅するってことかな」

「なっ!?」



 なんでもないような表情で呟いたシルフの言葉に、思わず反応してしまう。

 だが、四人は変わらぬ表情でいた。



「ふふっ、大丈夫よ。貴方が思っているようなことでは無いわ。ただ、パンドラ様を守るのにずっと力を使っていたから……魔力だったり、色々なものを補充するために、一度世界に溶け込むだけよ」

「そ、そうなのか?」

「まっ、そういうこった。つーわけで餞別だ。受け取りな!」



 サラマンダーの炎の一部が赤い光となり、俺の中へと入ってくる。

 それだけではない。シルフからは緑の光が、ノームからは黄色い光が、ウィンディーネからは青い光が、それぞれ俺の中へと入って来た。



「……これは?」

「それ、ぼくたちに残ってる、力の一部。大したことは出来ないけれど、きっと、使う時が来るから」

「いいのか?だってさっき……」

「いいのいいの!それは、迷惑をかけちゃったお詫びみたいなものだから!それに、ノームも言ったでしょ?絶対必要になるって!」

「……分かった。ありがたく受け取っておく」

「えぇ。……それじゃあ貴方を、貴方の仲間の元へ戻すわ。ケイン、最後に一つだけ……パンドラ様を、どうかよろしくね?」

「……あぁ。元気でな」

「おぅ!」



 四人に挨拶をすると、空間に光が満ちていく。

 最後に、四人の方を見ると、四人とも笑顔を見せてくれた。

 やがて、視界の全てが光に包まれ、そして――



『……ケイン!』



 ――大切な仲間達と、再会することができた。



「もうっ、心配したのよ?ケインだけ居なくなっちゃうし!」

「そーそー!オカゲでジョーダン言えなかったジャン!」

「うぅ……」

「悪い悪い。……少し、話をしていたんだ」

「話って誰と……ってあぁ、そういうことね……」



 どうやらかなり心配されていたらしく、即座にアリスとライアー、ルシアが寄ってきた。

 メリア達も、寄っては来なかったが、ホッとした表情を見せてくれていた。



「……ところでケインさん、ここは何処なんでしょうか……最初に居た場所とは、雰囲気が随分と違うようですし……」

「それに、出口が見つからないの。あったのは、あの変な祭壇くらいで……って、ケイン?」



 イルミスが言う通り、俺達が試練に向かう時に居た部屋とは違う場所に居た。

 そして、ナヴィが指し示した場所には、確かに祭壇らしきものがあった。俺は、そこに強く引かれた。

 霧の中でパンドラの声を聞いた時のように、俺には、そこにパンドラが居るという確信があった。


 俺は、祭壇に立つ。そこには、一つ台座がポツンとあるだけで、他には何もない。

 俺は、その台座に手を伸ばす。そして、その手が祭壇に触れた瞬間、光が祭壇から放たれた。



「なっ、これは……!?」

「すごい、きれい……」

「きゃー!」



 光は、まるで虹のようにあらゆる色へと変化し、部屋を照らす。

 そして、光に呼応するかのように、周囲から虹色の魔力が、台座の元へと集約し始める。

 その魔力はやがて形を変え、人の半分程の大きさの、紫色の水晶となった。

 そして俺は、その水晶に――触れた。



「――っ!」



 水晶に触れた瞬間、弾けるように、水晶から闇色の魔力が放たれる。

 放たれた魔力が渦巻き、水晶を包む。


 やがて、水晶は魔力を取り込み、姿を変える。

 どこまでも深い、闇色の長い髪を靡かせ、黒と紫、金を主とした、ゴシックドレスに身を包んだ少女へと。

 閉じた眼が開かれ、少女の髪と同じ、底の知れない、今にも吸い込まれそうな闇色の瞳が、俺を見つめる。

 そして、少女が口を開いた。



「待っていたぞ、ケイン・アズワード」

「……お前が、パンドラ……」

「いかにも。儂こそが、全ての始まり。そして、全ての終焉。闇の精霊、パンドラである」

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