281 灼熱の拳
赤い扉の先、灼熱の炎吹き出る洞窟で、四人と一人が対峙する。
一つはメリア達。そしてもう一つは、炎を体に纏わせた、半裸の竜人族の青年の姿をした炎の精霊サラマンダーである。
「んぁ?んだよ、ケインは居ねぇのか……」
「なんだ?オレらじゃダメだとでも言いてぇのか?あ?」
「いや、わりぃわりぃ。単に、ケインとやらの顔を拝みたかっただけだ。気分を害しちまったのなら、すまんかったな」
「それで、サラマンダーさん。試練と言うのは……」
「んぁ、そうだったな。まぁ、オレサマはアイツらとは違って、メンドクセェこと考えんのは嫌いなんでな。一番分かりやすい方法で行かせてもらうぜ」
「分かり、やすい?」
「喧嘩だよ、ケ ン カ。シンプルで分かりやすいだろ?」
「喧嘩、ですか……」
「別にオレサマを倒せとは言わねぇ。テメェら全員で、オレサマに挑め。そして認めさせろ。テメェらの力、覚悟、その全てをな!」
サラマンダーは歯を見せ笑うと、一跳びで四人と距離を取る。
「ついでだ。先攻はテメェらにくれてやるよ」
「それは、いつでも良いってことか?」
「あぁ、いつでもいいぜ?」
「なら、遠慮なく――ッ!」
サラマンダーが答えた瞬間、ガラルが強く踏み込み、一瞬で距離を詰めると、そのまま殴りかかる。
しかし、サラマンダーは読んでいたかのように手を置くと、そこめがけて飛んできたガラルの拳を軽々と受け止め、掴んだ。
「なるほど、いい拳じゃねぇか」
「テメェも、いい反応してんなっ!」
ガラルは、捕まれた拳を引きつつ、膝蹴りを入れにかかる。が、サラマンダーはそれすら読んでいたかのように手を離すと、反対の手でガラルの膝を押さえ付けた。
「チィッ!」
「どうした?この程度――」
「――な訳ねぇだろっ!」
「――っ!」
ガラルが唐突に姿勢を下げる。そして、ガラルの身体があった場所に、一回り大きな拳が現れた。
サラマンダーも想定していなかったのか、直ぐに手を離し、再び距離を取ってなんとか回避した。
「ふぃー……あぶねぇあぶねぇ」
「ごめんなさい、ガラルさん」
「いぃや、アイツの反応が良かっただけだ」
ガラルの横に、龍の力を解放したイルミスが並び立つ。
それを見たサラマンダーは、怯むこと無く不敵な笑みを浮かべた。
「ほぉーん、なるほどなるほど……赤髪のテメェはオーガ、そっちのピンクの嬢ちゃんはドラゴンだろ?」
「「――ッ!?」」
「おっ、やっぱりそうか!いやぁ、人間しちゃあ妙な気配がすると思ったぜ!」
ガラルとイルミス、それにメリアも、驚きをあらわにする。
ソルシネアはともかく、二人は人化によって姿や気配を人間と同等にしている。だが、サラマンダーはそれを見破ってきたのだ。
「……おいサラマンダー、テメェは一つだけ間違えてるぜ?」
「間違い?なんだそれは?」
「オレはオーガじゃねぇ……鬼人だっ!」
ガラルは少し不満そうに叫び、鬼人としての姿を見せると、再びサラマンダーに向けて拳を放つ。先程よりも早く、鋭い攻撃。
しかし、サラマンダーは読んでいたかのように体を反らすと、逆にガラルが進む場所に自身の拳を置いた。
「おぐっ!?」
「そりゃあすまねぇ。なんせっ、オレサマたちが自由だった時代に、鬼人なんて居なかったんでな」
「がっ――くっ!?」
サラマンダーは怯んだガラルを、強烈な回転蹴りでイルミスの元に送り返す。
が、ガラルは素早く受け身の姿勢を取ると、そのまま体制を整え着地した。
「ガラ、ル!大丈、夫?」
「いつつ……この程度で心配されるほど、オレは柔じゃえねぇ……と言いてぇとこだが、あの反射神経、流石に面倒だな」
「んぁ?緑の嬢ちゃんはヒーラーか……メンドクセェから、先に潰させて貰うゼッ!」
「「「――っ!」」」
「――へッ?」
ガラルの傷を素早く手当てしたメリアを見て、サラマンダーが拳のような形をした火球を放つ。
メリアたちは、それに素早く反応し、距離を取るため散乱する……が、唯一反応の遅れたソルシネアは、そのまま火球の餌食になった。
「こんっの、テメェ!」
「おっと、仲間の心配はしなくて大丈夫なのか?」
「あ?アイツに心配なんざいらねぇよ!どうせ喜んでんだからなっ!」
「――は?喜ぶ?」
サラマンダーは、被弾したソルシネアの方を見る。煙でよく見えないが、そこには、五体満足で体をうねらせているソルシネアがいた。
「あぁ……うん、なるほどっ!?」
「スキだらけだぜ?サラマンダーさんよぉ!」
「くっ……!」
一瞬とはいえ、ソルシネアに呆気に取られた隙をついて、ガラルがサラマンダーに一撃叩き込む。そのまま二発目を繰り出すガラルだったが、サラマンダーは三度距離をとってそれを回避した。
しかし、今度は背後から、サラマンダーに迫る者がいた。イルミスである。
「はっ!」
「ぐぅっ!?」
跳躍したばかりで体制を変えられないところに、イルミスの拳がサラマンダーの背中を捉える。
しかし、サラマンダーも咄嗟に体を無理矢理捻ることで、吹っ飛ぶ方向を変え、ガラルからの追撃の回避を試みる。その行動は功を奏し、ガラルからの追撃を免れることができた。
「がぁぁっ、イッテェ……!だがこれだよなぁ!喧嘩ってのはよぉ!」
「……」
「……んぁ?ドラゴンの嬢ちゃん、なんか言いたいことでもあんのか?」
「いえ、先程貴方が言ったことを考えていたのですが……」
「さっき?オレサマ、なんか言ったか?」
「はい。まるで、今貴方たちは自由じゃない、とでも言いたそうなものでしたが……」
「そりゃそうだろ。オレサマたちは、半分死んでるようなモンだしな」
『――っ!?』
「それって、どういう――」
「詳しく聞きたきゃ、パンドラサマに直接聞くんだなっ!」
「くぅっ!?」
イルミスの言葉を遮るように、サラマンダーの拳が迫る。イルミスは咄嗟に腕を交差させ、その拳を受け止めた。
だが、かなりの力を乗せた攻撃は、イルミスでさえ受けきることはできず、そのまま衝撃で遠くに後退させられてしまった。
「イルミス!」
「他人の心配をしてる場合か?」
「なっ――ぐぉっ!?」
先程の意趣返しと言わんばかりに、イルミスに気を取られたガラルに向けて、強烈な一撃が叩き込まれる。
イルミスと違い、咄嗟の防御ができなかったガラルは、そのまま殴り飛ばされ、地面に強く叩きつけられた。
「がっ、はっ!?」
「ガラ、ル!」
「させるかっ!」
「ホッ!」
「――っ、邪魔すんな!」
ガラルの元へ、メリアが駆けつけようとする。サラマンダーは、そうはさせまいとメリア目掛けて走り始める。
しかし、その進路を塞ぐかのように、ソルシネアが間に入ってくる。そのおかげか、メリアはガラルの元へすぐに来ることができた。
「かはっ、あんのやろぅ……!」
「あっ、無茶、ダメ……!」
「無茶なんか、してねぇ、よ!」
「いいや、嬢ちゃんの言うことは聞いといた方がいいぜ?」
ソルシネアを瞬殺で地に伏せたサラマンダーが、ろくに回復もせず立ち上がったガラルに向けて言い放つ。
しかし、ガラルはそんなことお構い無しと言わんばかりに一歩踏み出した。
「おいおい……いくら何でも、その状態でオレサマと戦うのは無理があるってもんだ」
「うるせぇ!……こちとら久々なんだよ。ご主人サマと出会って以来の、久々の死を感じる戦いなんだよ!――この程度でリタイアなんざ、まっぴら御免だね」
そう言って、ガラルは脱力したかのように、腕をだらんと下げる。
その行動に、サラマンダーは思わず首を傾げた。
「んぁ?力を抜いてどうするつもりだ?」
「……悪いが、コイツを使うのは初めてなんでな。オレにもどうなんのかわかんねぇ」
「はぁ?初めて使う技で、オレサマを倒せるとでも?」
「あぁ――んじゃいくぜ?〝激震〟」




